フォロワーツ神殿 3
扉の向こう側は、寝室だった。
他の場所と同じように真っ白な壁と床、そして真っ白な寝台に真っ白なシーツ、そして、
「これは、水晶か何かですかね?」
僕は、寝台の上に横たわる8歳くらいの子供の形をした透明な物体を見ながらつぶやいた。完全な透明でなければ村の子供が入り込んで居眠りでもしているのかと思えるくらいに精巧に出来ている。髪の毛は肩に少しかかるくらいで眠っているような表情をしているから性別がわかりにくい。幼児なので体型で判別も出来そうにない。
誰からも返事がないので二人の方に視線を向けると、松田さんは真顔でラズリィーは困惑したような表情をしていた。
「あの?どうかしたの?」
さすがに松田さんは大人な分、復旧力が高いらしくすぐにいつものような穏やかな笑顔で、
「ごめんごめん。予想外すぎたから驚いちゃったよ。及川くんは3領土の違いくらいは知ってるのかな?」
「一応、概要程度は聞いてると思います」
今、その質問が出てくる意味がまったくわからないけどね。
「灰の領地の中央の塔に、原始種族が眠っている話は?」
「知ってます」
「そう、それが今目の前にいるっぽいよ」
「え?」
「やっぱり!?」
僕よりもラズリィーの驚きの声の方が大きかった。
「うん。1人だけ知り合いの原始種族がいるけれど、休眠状態だとこういう形態をとってるからほぼ間違いないね」
「話には聞いたことあったけど、本当にいるんですね!」
ラズリィーの驚きっぷりからして、原始種族が実在することは伝説に近いような曖昧な存在だったようだ。講義でもいるらしい、という曖昧な表現が多様されていた。
「起きて活動している個体に遭遇することが珍しいからね。活動期も一般には混乱を避けるために告知しないし、塔の中にはかなりの人数が眠っていると聞いているよ」
「それは、お知り合いの原始種族の方から?」
「そうだよ。きちんと目覚めていればこちらと同じような形態にもなれるから、町ですれ違っても普通は気がつかないくらいじゃないかな」
「すごい!」
今にも頭上にキャーッと擬音が表示されそうな程、ラズリィーは興奮している。
逆に、僕はどこか冷めた気持ちになっている。
松田さんの人脈、凄すぎ。
僕は、改めて寝台の上の原始種族を見つめる。
じっとみつめていても呼吸しているようには見えない。眠っているというよりは停止しているような感じだ。体内は完全に透明で寝台が透けて見えている。見つめているだけでは置物にしか見えない。
「触ったら駄目なんですかね?」
「俺も眠っている所を触ったことはないからどうだろう。こちらが話していても目覚めないくらいだから深く眠っている状態なのだろうけれど」
「どうして黒の領地にいるのかも謎ですね」
「そうだねえ。一応、触ってみてもいいか確認してみようか。起きていれば出てくれると思うんだけど」
そう言って松田さんはポケットから携帯電話を取り出した。
今の言い回しだと、知り合いの原始種族に電話をかけるつもりのようだ。って、携帯電話持ってるのかよ!原始種族!
僕の心の中のツッコミのせいか、
「さすがにここまで地下だと電波入ってないから一旦、上に行ってかけてくるね」
と、松田さんが言って階段を上っていった。
「電波って」
「ああ、落ち人の人は何故かそういう表現するよね」
「あ、本当にこっちでも電波立ってるわけじゃないんだ?」
「電波立ってるっていうのがどういう状態かは知らないけど、ああいう通信機器は念話の応用を利用してるから、地下だってことよりも、この封印されていた部屋のせいで相手に念話が届かないんじゃないかな?」
「へー。じゃあ、携帯なくても通話出来るの?」
「個人の相性と魔力保有量で出来る人と出来ない人がいるわね。不思議と落ち人の人は通信機器を使う人が多いわ。行き来出来るくらいだから魔力保有量には問題ないと思うんだけど」
「ああ・・・、それは使い慣れてるからじゃないかな?日本ではほとんどの人が携帯電話持ってるし」
「そうなんだ。生活習慣の違いかしら」
そんな世間話をしていると松田さんが戻ってきた。
「触ってもいいらしいけど、魔力や生命力をごっそり引き抜かれる可能性があるから気をつけてねって言われちゃったよ」
「魔力はともかく、生命力は危険じゃないですか?」
「ふぶきさん、魔力も一気に枯渇すれば危険には違いないわよ?」
「ええ・・・そうなんだ。どうしようか」
「うーん、直接触って根こそぎ持っていかれたら危ないし、間接的に魔力を流してみたらどうだろう?」
そういって松田さんが手の平を上に向けた。そこに、昨夜、実篤さんが周囲に纏っていたような空気の揺らぎが出来上がる。ぼんやりと生命力と暖かみを感じるところから、土の能力なのはわかった。
「じゃあ、わたしも」
「ラズさんはダメだよ!」
「そうだよ。巫女姫に無茶をさせられないよ」
「最近、調子がとても良いから少しくらい平気だと思うんだけど」
「ダーメ!」
「無茶をするなら及川くんを連れて王都まで帰るからね?」
「ええっ松田さんズルイわっ・・・もうっあきらめます」
僕と松田さんに反対されて不承不承、頷いてくれた。
松田さんがそっと原始種族に魔力を向ける。なんとなくだけれど、手の平に留まっていた魔力が原始種族に向かって流れていくのがわかった。
しかし、
「目覚めそうにないね」
「膨大なエネルギーを消費するらしいし、足りないのかもしれませんね」
「じゃあ、僕も駄目元でためしてみようかな」
松田さんを真似て手の平に意識を集中してみる。
一応、生命体に譲渡するのだから攻撃性のある属性はやめておいたほうがいいかもしれない。単純に、ラズリィーの回復に使っているような生命力譲渡のイメージが無難だろう。
ある程度、イメージを固めると容易に手に平の上に集めることが出来た。
これは実験と訓練の成果だろう。
実は、中院公爵領に行くことが決まってから少しずつ練習を重ねて、こちらに来てからはラズリィーと握手したりとか物の受け渡しをする時などの少しの触れ合いの度に少量ずつではあるけれど能力を発動させていたのだ。譲渡した生命力が尽きる前に普段からコツコツと蓄積しておく作戦だ。一方的に譲渡していただけなので実感が湧いてなかったけれど、先程、ラズリィーが最近調子が良いと言ってくれたことがより大きな自信になった。
そのままの状態を維持しながら眠っている原始種族に流し込んでみる。すると、グイグイと吸収されていくのを感じた。
「なんか、吸収されてる感じがします」
「無理しない程度にしておきなさい」
「はい。まだ、余裕あるからもう少しだけ」
流し込みながら原始種族を見ているとピクリと目蓋が動いた。
「おや、目覚めそうだね」
「そうですね」
思ったよりも早い段階で効果があったことに驚いていると原始種族はパチパチと瞬きをしてから、こちらに視線を向けた。
「おはようございます」
目があったので挨拶をすると、原始種族はニッコリと笑顔を見せてゆっくりと半身を起こしてこう言った。
「おはようございます。ご主人様」




