苦情を申し立てたい
「まだ、顔色が悪いよ。無理しないで座っているといい。」
兎耳のおじさんの店の軒先に、僕は座っていた。
少し影になっていて、おじさんがグラスに入った水をくれたので少し飲んだ。
「ありがとうございます。もう、大丈夫だと思います」
僕は、お礼を言って立ち上がる。
おじさんに手を振って、マキちゃんの後に続く。
体調は、すこぶる良い。そして、
「街の人が言ってる言葉がわかるんだけど、急に皆が日本語話し出したりしてないよね?」
マキちゃんに、問いかける。
周囲から聞こえるざわめきは、笑い声だとか、お客を呼ぶ声だとかありふれたものだ。
マキちゃんは、立ち止まって、右前足(手?)で、僕の左手にチョイっとふれる。
「これも、補助アイテムの効果なの?通訳機能もあるんだ・・・」
マキちゃんは、尻尾を上に揺らユラユラする。肯定らしい。
これ、使い手の希望で汎用性があるなら、空も飛べちゃったりするのかな?
武器にもなるらしい、し?
一体、どのくらいの願望が、起動条件なのかわからないので、後で色々試してみたい。
さっきは、もう必死で『暑くない』を繰り返してただけだし。
それよりも、今、一番の問題は、マキちゃんが全く会話してくれないことだ。
僕を、心配してくれたり、質問には身振りで答えてくれるから、怒ってるというわけではないようだ。
「今は、話したくない気分なの?ずっとじゃないよね?」
マキちゃんは、スルリと僕の足に体を擦り付けてきた。甘えるような仕種だ、思わず頭をナデナデしてしまう。マキちゃんも、グルルと喉を鳴らした。
何故かは、わからないけれど、そのうち、会話してくれるのかな。
微妙に舌足らずな口調で『フブキ』って呼ばれるのが恋しくなってきた。
僕は、建物の前で、アングリと口を開いて上を見上げた。
街を30分程、歩いて、マキちゃんが立ち止まった先にあったのが、場違いな程に近代的で、30階はあるだろう巨大な建築物、まさにビルだった。
マキちゃんが、僕を置いて入り口へ向かっていく。
慌てて追いかけると、入り口は、自動ドアだった。
中は、一度だけ訪れた事のある県庁(地元の中では立派な建物だ)のような感じで、ロビーと案内板、中央に受付のお姉さん、左右にエレベータの扉と思われるモノがある。
周囲にいる人々も、スーツを着た成人と思われる人が多くて、僕のような子供はパッと見いないようだ。
まさに、役所!って感じだ。
自分が想像していた、異世界の冒険者組合とは、明らかに違っていた。
この世界は、近代的で、文化的で、勇者もいなければ冒険者もいない、モンスター狩りもしていないってことなのだろうか。安全なのは、喜ぶべき事なのだろうけれど、コレがラノベの舞台なら、ちっとも物語が盛り上がらなくて売れないに違いない。
「いらっしゃいませ。本日は、どのような御用件でしょうか?」
受付のお姉さんに声をかけられる。美人だ。(僕の個人的主観だけど。)
僕は、甲斐さんが渡してくれたカードを、お姉さんに手渡す。
「確認致しますので、お待ち下さい」
お姉さんは、カードを何かの機械にそっと置いた。パッとカードの上にホログラフのような映像が浮かんで消えた。
「確認致しました。係りの者が参りますので、右手エレベータの20階正面の応接室でお待ち下さい」
僕は、お姉さんの誘導でエレベータに乗る。
やっぱりエレベータだったんだなー。
20階の応接室は、中央にフカフカの皮張りのソファーがデン!と置いてあるだけで、窓もない白い壁だけの部屋だった。
この世界の人は、シンプルが好きなのかな?
マキちゃんは、当然のように、ソファーに寝そべる。僕は、その隅っこに腰掛けていた。
「お待たせいたしました。」
5分程で、誰かが入ってきた。
ちなみに、部屋の入り口は、ビルの入り口と同じ自動ドアだった。鍵をかけて秘密の話をしたり、誰かを閉じ込めようという概念は、この世界に希薄なのだろうか?たまたま、この応接室が、開放的な仕様なのだろうか?
入ってきたのは、僕と同じくらいの背丈の、馴染みのある黒髪を後ろに束ねて(解くと、肩くらいまではありそうだ)薄いブルーのシャツに紺色のズボン、その上に白衣を着ている二十代後半くらいの男性(?)だった。
化粧もしていないし、声が少し低い。僕と同じくらいの身長だと、女性だと高い方になってしまうので男性だと推測したが、中世的でどちらともとれる容姿をしている。中性的というのは、美しい人物であると表現しても差し支えないと思う。強そう、とか可憐、とかではないけれど。
しかし、と僕は内心ため息をつく。
そろそろ、異世界冒険モノなのに、女子率が低すぎることに苦情を申し立ててもいいだろうか。
マキちゃん(おじさん)
甲斐さん(おじさん)
馬車の御者さん(おじさん)
兎耳のおじさん
受付のお姉さん
そして、new!白衣のお兄さん
圧倒的、男性比率。おじさんの占める割合の多さよ!
勿論、僕は、家に帰るつもりだし、異世界無双とか、分不相応な夢は見ないつもりだけれど!
だけれど、こう、心トキメク出会いがあってもいいんじゃないの!?
高校生男子の夏に、ハーレムとまではいかなくても、美少女じゃなくても、こう・・・好みの女の子との淡い物語が用意されててもいいんじゃないの!?
やっぱり、僕の異世界冒険は、美味しいもの探訪録で終わってしまいそうだ。
一番、大事なのは体質改善だけどね。忘れてはいないよ!