模擬戦 再び 2
実篤さんがズボンについた土を払ってマキちゃんから少し距離をとって立つ。
マキちゃんはいつも通りに尻尾をゆらゆらさせて緊張している様子はない。
いくら実篤さんが戦い慣れていたとしても、マキちゃんの方が有利なのでは?と僕は推測する。普通の大きさの猫ならまだしも立ち上がれば成人男性と変わらない程の体長を持つ大きな猫だ。瞬間の速度も爪がある分、攻撃力も脅威だ。
「はじめ!」
暮さんから開始の声があがる。
最初に動いたのはマキちゃんだった。マキちゃんと模擬戦といえば、王城ではシノハラさんに瞬殺されていたようが気がする。しかし、あれは相手が悪かったのだろう、今回は実篤さんが防戦せざるを得ないようだ。爪でひっかかれるのは当然イヤなのだろう、爪が近付くと手や足で器用に腕を払いのけている。自分ならもう何度も爪を立てられていただろう。それでもマキちゃんが優勢なのは変わらない。
「マキちゃん、すごいですね」
隣に立っている松田さんに何となく声をかけてみた。
「そりゃ、甲斐さんと一緒に何度も戦場に立ってるからね」
「え?戦争ってあるんですか?」
「たまに小競り合いくらいはあるよ」
確かにまったくないのもそれはそれで不思議な話になってしまう。人は2人いれば争うイキモノらしいし。
「マキちゃんはカワイイ担当だと思ってました」
見た目と主に食い気で場を和ませるマスコット的な扱いだとばかり思っていた。
「それも間違いじゃないけどね。もふもふはいいよね」
「もふもふはいいですね」
しかも、野良猫と違って引っかかれる心配をせずに撫でまわせるのがいい。勿論、シャーッと威嚇してくる野良猫も可愛いと思っている。しかし、思う存分に愛でたい時にはマキちゃんは最高の相棒だ。
意識が違う方向に脱線しそうだったので改めて模擬戦に意識を集中する。
実篤さんは幾度か攻撃を仕掛けようとするけれど機敏なマキちゃんの動きに翻弄されているようだ。相手が変わっただけでこうまで違った面が見られるとは思っていなかった。それだけ実篤さんの戦闘スタイルは確立されていないということだろうか。かくいう僕も、僕らしい戦闘スタイルなどは持ち合わせていないわけだけれど、それはつまり相手にしてみれば読みにくいともいえるだろう。実篤さんは僕のことをその辺の石ころくらいにしか思っていない。実際に、他のメンバーに比べて圧倒的に経験も実力もないので甘んじて受け入れよう。その油断のようなものが引き出せればもしかしたら一矢報いることができるかもしれない。どういう風にすればいいだろうか。そんなことを考えているうちに勝敗が決まった。
不思議なことに地面に転がされたのはマキちゃんの方だった。
「ウニャアー、お腹空いたー」
マキちゃんは地面の上をゴロンゴロンと寝転がりながら空腹を訴え始めた。
「ほら、飴ちゃんあげるから駄々こねないの」
松田さんが呆れ顔でポケットから飴を取り出してマキちゃんに食べさせる。ポケットに飴を常備しているのは何故だろう。
「模擬戦だからって飽きるの早すぎだよ。ちゃんと頑張ったらコテージに戻ったら夜食作ってあげるよ?」
「ホントか!サネアツー!サネアツー!もう一回やるぞー!」
夜食の誘惑にアッサリと篭絡されマキちゃんはピョーンと飛び上がるように起き上がって実篤さんの方へ走っていった。
「さあ、これからが本番だよ。よく見ておくといいよ」
松田さんに促されて僕は実篤さんとマキちゃんの再戦を見守る。
「はじめ!」
暮さんの声が響いた次の瞬間には、マキちゃんが実篤さんを蹴り倒し、その背中の上にドーンと全身で乗っていた。僕は吃驚して状況を認識するのに少し時間がかかった。本気のマキちゃんは凄い!
「マキ、勝った!夜食食べるー!」
「クソネコ、重い。どけよ」
踏みつけられた実篤さんから苦情の声が上がっているがマキちゃんは「夜食!夜食!」と全く聞いていないようだ。
「どけって言ってるだろっ」
実篤さんは踏みつけられたまま、マキちゃんのゆらゆら揺れている尻尾を掴むとガブリと噛み付いた。
「キャーン!」
マキちゃんが悲鳴を上げて実篤さんの上から逃げ出そうとするが尻尾に噛み付いたまま離れない。
「イヤー!離してー!イニャアー!」
闇夜の山中に響き渡るマキちゃんの悲鳴が途絶えるまでに数分間の時間が必要だった。
「大人が何やってるの。笈川くんが呆れちゃってるでしょ」
松田さんが実篤さんに困ったよな顔で話かける。マキちゃんは解放されてすぐ、
「夜食忘れるニャァァー!」
と、叫びながら夜の山中へ消えていった。恐らくコテージへ帰ったのだろう。よほど、尻尾をかじられたのが辛かったようだ。露天風呂でも尻尾は触らせてもらえなかったからマキちゃんにとっては触られたくない部位なのだろう。
「さて、次は笈川君かな」
「え?僕ですか?」
暮さんのセリフに僕は慌ててる。自分は最後だと何となく思い込んでいた。
「おう、お前は最初に言った通り、補助アイテム使ってもいいぞ」
実篤さんは完全に僕のことを雑魚扱いしてくる。本当のことなのだけれど、少し悔しい。
「笈川くん、ふぁいとー!」
「がんばれ」
俊成さんと松田さんに応援されながら僕は実篤さんと少し離れた場所に立った。指から補助アイテムを外して槍化する。
駄目元でもやってみるしかない。出来れば殴られたくはないので距離をとりながら攻撃しよう。
今、自分に出来ることを頭の中で整理する。
迷宮での鍛錬の成果の内、この場所で見せてもいいのは氷と炎の能力だけ。限定されたこの状況で一番効果的な能力を選択していく。ある程度の方向性が固まりつつある。後は、戦いながら考えるしかない。
「用意はいいかな?」
暮さんが僕に確認してくる。
「はい」
僕が頷きながら返事をしたのを確認してから暮さんは右手を掲げて声を上げた。
「はじめ!」




