街に到着
どのくらい眠っていたのだろうか。
甲斐さんに、肩をそっと叩かれて目を覚ますと、窓から見える景色が変わっていた。
一見すると、洋画に出てくるような中世ヨーロッパの街並みに、近代的な洋服を着た人や、RPGの賢者が着ているローブの人、服としての機能を果たしているのか怪しい布切れを身にまとう人。ハロウィンのパレードのようなごちゃ混ぜな空間だった。
一番、目を引いたのは、街人達の容姿だ。
髪の色は、黒髪、茶髪、赤毛、金髪、紫や緑・・・アニメのキャラクターのようにカラフルだ。
種族は、甲斐さんのように、人間に見える人が半数、あとは、エルフのような耳の長い人、二足歩行する爬虫類型、毛深く耳と尻尾を持っている獣人、背中に翼があって地上1メートルくらいの高さで追いかけっこをしている子供達。その翼は、鳥のようなものもあれば、昆虫のようなものもあった。
一言で感想を述べるなら、『まとまりがない』である。
たくさんの種族が一同に集まって共に生活している。
この街で、種族格差は感じられなかった。
「私は、城へ行くから。吹雪君は、マキと一緒に役所に行って待ってて欲しい。これを受付の人に渡して貰えれば、原因調査をしてもらえるから」
甲斐さんが、透明なクレジットカードのようなものを差し出してくる。
僕が、受け取ると、甲斐さんは馬車を降りていった。
やはり、街の気温は、少し高い。体がダルさを訴えてくる。走ったりしないように気をつけないと・・・
お城に行くっていってたなー。
興味を引かれて、向かった方角をみると、確かに遠くにお城があった。
洋風の城、RPGに出てくる広域マップに描かれているような形だった。
王都、というからには、あそこに魔王がいるんだよね?
「マキちゃん。お城には魔王がいるの?」
「まあ、タブンいるんじゃない?マキ、ヤツの動向にキョウミないからわからない」
エエ・・・
魔族なのに、それって不敬じゃないのかな?
「貴族の仕事は、カイの役割。マキ、自由」
「そうなんだ・・・」
それは、昨日から薄々気がついていたことだ。
僕を見つけて家には連れて帰ってきたけれど、その後の説明は、ほぼ甲斐さんがやっている。
馬車の中でも、ずっと眠ったままだった。
「さ、フブキ、役所に行くぞ!」
マキちゃんが馬車を降りて歩きだしたので、僕も慌てて後を追う。
「ねえ、マキちゃん、役所って日本語風な表現なの?冒険者組合みたいな所?」
マキちゃんからの返事はない。
黙ってついてこい、というように尻尾をクイクイと前後に揺らすだけだった。
魔王の話したから、少し機嫌を損ねてしまったのかもしれない。
僕は、黙って後をついていく。
しばらくすると、違和感を感じ始めた。
なんだろう、としばらく考えながら歩く。200メートル程で、気がついた。
周囲から、まったく日本語が聞こえない。
これが、異世界言語・・・
少しの高揚感もあったが、孤独感が強く感じられる。
馬車を降りてから、一言も喋らないマキちゃんと、全く何を言ってるのかわからない街人達。
平和で穏やかな昼下がりの光景なのに、僕だけが、余所者で、異端だ。
早く、家に帰りたい、と切実に思ってしまう。
街人は、普通に生活しているだけで、僕を忌み嫌ったり、攻撃してきたわけでもないのに、勝手に疎外されたような気持ちになって、鬱々としてしまう。
小さい頃、夏休みに外で遊ぶ友人達を室内から見ているだけだった時の気持ちが思い出される。
僕だけが、独り、だ。
グラっと視界が歪んで、道端に蹲った。
眩暈と、動悸。
そして、暑さを感じる。
真夏程の気温ではないけれど、落ち込んだ気持ちで早歩きしてしまったせいだろう。
落ち着け、落ち着くんだ、僕!
こうなってしまうと、しばらく身動きが出来なくなってしまう。
どこか、日陰に行ければ、少しだけ楽になるのが早いんだけれど、ここには、両親も友人もいない。僕の状態を把握しているのは、僕だけだ。
グラグラとしながら、いっそ夕方まで気を失っていたい、と考えていたら、チョンと左手にマキちゃんが触れた。
白く霞みかけている視界で、マキちゃんを見ると、心配そうにしているのがわかった。
チョンチョン、と僕の左手を執拗に触ってくる。
何だろう、と左手を見ると、あっ!と声をあげようとしたけれど、声には出なかった。喋ったら吐きそうだ。
僕の左手には、補助アイテムがある。
これを、使えってことらしい。
僕は、暑くない!僕は、暑くない!
僕は、独りじゃない!マキちゃんも、甲斐さんだって、後から来るんだ!
僕は、暑くないし、独りじゃないし、寂しくなんかないんだ!
暑くないを呪文のように心の中で言い続ける。
僕が、蹲ったことで街の人が、こちらに何かを言っているのがわかるから、ついつい、暑くない、の合間に独りじゃない、も挟み込んでしまう。
暑くないし、ここは怖い場所じゃない。きっと、急に僕が蹲ったから、心配して声をかけてくれてるんだ。敵じゃない、敵じゃない。きっと、大丈夫か?って聞いてくれてるんだ。暑くない、暑くない。
数分は、そうしていただろうか。
スッと周囲の温度が下がったような感覚がした。
多分、下がったのではなく、補助アイテムが上手く作動したのだ。
助かった。
立ち上がれそうだ。
僕は、ゆっくりと立ち上がった。少しふらつきが残っているが、大丈夫そうだ。
「ボウズ、大丈夫かいい?医者を呼ぼうか?」
心配そうに、声をかけてきたのは、近くの商店の店員だろう、エプロンをした兎の耳が生えたおじさんだった。