恋愛の話と地雷
見た目と年齢について本人に確認が難しい場合もあるので当面、立場がハッキリしない人には出来るだけ礼儀正しく接しようと自分なりに決めて夕食の調理の手助けを始める。
松田さんとマキちゃんはホオグロ鳥の血抜きをするからと大きなタライを持ってどこかへ行った。
初心者に大量の血抜き現場は刺激が強いからとスープ製作係を頼まれて僕は玉葱と格闘している。
コンソメのような出汁にみじん切りにした玉葱とベーコンをいれる予定だ。
鶏肉がどのような料理になるのかわからないのでアッサリ系のスープが無難だと判断したからだ。
そんな僕を俊成さんは壁に持たれてのんびりと見守っている。
「そういえば、笈川くんはさ」
切った玉葱をまとめていれておこうとボウルを持った時に俊成さんがポツリとつぶやくように話しかけてきた。
「はい?」
「蒼記が好きだったりするの?」
カラーンカラカラカラ、と派手な音を立ててボウルが僕の手から床へとダイブした。
慌ててボウルを拾い上げる。
好き?
蒼記さんを?
僕が?
ふと脳裏に蒼記さんとラズリィーの笑顔が浮かんで消えていった。
「あの、勘違いじゃなれけば、それは恋愛の話ですか?」
「そうだけど?」
それ以外に何かあるの?という風に俊成さんが答える。
「あの、当然ご存知だと思いますけど、蒼記さんは男性ですよね?」
「そうだね?」
「僕も男ですよね?」
「それで?」
「いや、それでって・・・蒼記さんは確かに吃驚するほど綺麗だと思うけど、男同士ですよ?」
僕の必死の訴えに俊成さんはしばらく不思議そうな顔で考え込んだ後、
「そういえば、普通の日本人は異性愛が普通なんだっけ?」
と呟いた。
まだ語尾が疑問系である。
「同性愛者の人もいなくはないですけど、僕の周囲にはいませんでしたね」
「でも、世間の常識と恋は別物だと思うけれど?蒼記に随分懐いてるみたいだったから、そうなのかと」
「確かに、好きになっちゃったらどうしようもないって話を聞きますけど、あの、普通のお友達ですよ?」
「そうなの?」
「そうですよ!そもそも、僕、初恋もまだだし!」
「そうなの?」
俊成さんがとても不思議で仕方がないという表情をする。
「僕、体質のせいで学校も満足に通えてなかったし、出会いとかよりも生きてくので精一杯だったんですよ。今も、皆さんによくしてもらって手探りで生活するので必死なので、恋とかはあこがれますけど、余裕がないです」
恋人がいる生活にあこがれないといったら嘘になる。
でも、蒼記さんが女性だと思っていた時だって、そういう対象として考えられなかった。
綺麗過ぎるし、身分の差も大きい。この世界の人は身分差を余り気にかけない傾向があるようだけれど、ずっと日本人をやってきた僕にはスルー出来ない問題だ。
「ふーん。本宅まで遊びにくるなんて珍しいから、てっきり蒼記狙いなのかと思ってたよ」
「狙いって・・・、逸勢さんはここの領主様だし、コテージも個人的に貸してもらってるし、誘われれば顔を出すくらい普通じゃないですか?」
そういえば、蒼記さんも本宅に誘ったときに『どうする?』と選択肢で聞いてきていたな、と思い出す。
「君は、ちょっとズレてるって言われない?」
俊成さんが失礼なことを真顔で聞いてくる。
「引きこもり気味だったので多少はズレてるかもしれませんけど、そんなにおかしいことは言ってるつもりはないんですが・・・」
僕が気分を害したのを感じたのか、
「ゴメンゴメン、悪い意味で言ったわけじゃないよ。ほら、ウチは世間での評判がアレだから。本宅に誘われても遠慮する人がほとんどだからね」
そう言われると多少は納得できる部分もある。
最初に誰もいない環境で実篤さんに出会っていたら僕も怯えていたかもしれない。
「正直、僕は喧嘩とかに縁がない生活だったので暴力は怖いです。でも、普通に会話出来るなら歩み寄れると思います」
「会話ねえ。そういうことなら、景恒、蒼記の兄なんだけど、アレは会話が成立しないと思って逃げたほうがいいかもね。蒼記と一緒だと大人しいんだけどねえ」
蒼記さんのお兄さん。
何度か会話に上がった『果物でも投げておけばいい』というお兄さん。
どうやら、彼が一番の暴れん坊のようだ。
「俊成さんは、とても穏やかな人だと思うんですけど、世間の評判とかイヤにならないんですか?」
「イヤイヤ、こう見えて俺もキレると結構アレだよ?それぞれ地雷みたいなのがあって、それさえ踏まなきゃ俺たちも平和に暮らしてるんだけどねえ」
地雷。
穏やかな様子で話す俊成さんもキレることはあるらしい。そんなことをいったら誰だって怒りに任せて暴れる可能性はありそうだけれど、多分、そういう一般的な怒りの度合いを越えているからこそ中院一族の噂があるのだ。
蒼記さんは、非常に落ち着いているようにみえる。確か、恋人の話をするなと言われていたから、それが地雷?
逸勢さんは、言葉よりも手が先に出るタイプみたいだった。こちらが一方的に内側に踏み込んだら危ないのかもしれない。
実篤さんは、領民想い。そして戦闘狂っぽい。彼の前で武力を誇示するのは危険そうだな。
俊成さんは、どうなのだろう?出会った中院一族の中では一番穏やかそうな性格に思える。
「あの、参考までに、何が地雷なのか教えてもらえたりしないですか?」
イチかバチか本人に聞いてみることにした。
俊成さんは自分のこと?という風に人差し指で自分を指してから、
「そうだねえ。弟と、食器が大事かな。弟泣かされるのと、大事な食器が割られたら本当にキレるわ。うん」
うんうん、と自分のセリフを確認するように頷いている。
弟というのは中院 逸勢公爵のことだろう。そういえば、弟さんが公爵位を引き継いでいるのはどうしてなんだろう?この世界は産まれた順番ではないのかもしれない。
まあ、大切な家族が傷付けられたら嫌なのは理解できた。
しかし、それと同列に食器を並べるのか。
これは、今夜の食事で食器を割らないように気をつけないといけない。
盛大なフラグじゃないことを祈りたい。
そう思いながら僕はスープ製作を再開したのだった。




