土の矢とその余波
松田さんが弓を構える。
僕たちがいる場所から少し離れた所にある中で一番大きな木の幹に狙いをつけたようだ。
学校の授業で見学した(他の生徒は参加してました)弓道の授業で呼ばれた講師の先生のような安定した姿勢、揺らぎのない構え。学生の頃に少しなんてレベルじゃないのでは?と素人の僕でも思うほどに美しく凛とした構えだ。
その足元から大地のエネルギーが松田さんを覆うようにせり上がってくるのを感じた。
今まで、他の人の能力の発動をここまで明確に感じたことがなかったので少し驚く。
僕自身が能力に順応してきたせいなのか、それとも松田さんが土の王と呼ばれる器だからなのか、それはわからない。他の人が能力を使っているところを見学させてもらえればわかるかもしれない。これも新しい課題かな。
シュパーン。
放たれた矢が凄まじい速度で木の幹へ飛んでいく、そして、
ドゴーン!バキバキバキ!ドシーン!
木はど真ん中に大きな穴が空き周囲の木々を巻き込んで大地を揺らすほどの勢いで倒れた。
「あれ、思ったより威力出ちゃったな。少なめにしたつもりだったんだけど」
松田さんが弓を持っていない方の手で頭をポリポリとかいている。
僕は驚きすぎて声も出ない。
あれが土の王の能力。しかも控えめ。
最近、自分では色々出来るつもりになっていたけれど、まだまだ認識不足だったようだ。あれ以上の土属性の矢を自分が放てるようになるには何が足りないのだろう。イメージ力?基礎的な戦闘技量?
そんな事を考えていたら頭上から人の気配がした気がして見上げる。
「そこのガキ、人の庭で何してる」
見上げた先に人がいた。声質からして男性のようだ。低い声が怒りを内包しているように感じた。
「黙ってねえで答えろ」
シュッと目前に影が落ちたと思うと目の前に40代くらいの男性が立っていた。その手には銀色に輝く刀が握られている。黒い艶やかな髪とスラリと伸びた体躯、鋭くこちらをにらむ眼差しは思わず見とれるほどに格好が良かった。テレビ俳優も逃げ出したくなるほどのイケメンだ。しかし、見とれている場合ではなかった。彼はその剣先を僕の首筋にピタリと当てた。
ゾクリと悪寒が走った。
殺意。
今まで経験したことがない恐怖を感じて体温が下がっていくのを感じる。
どうしよう、どうすればいいんだ。
パニックになりかけていた僕の横から、
「サネアツくん、ゴメンゴメン。今のやったの俺だわ」
松田さんが目の前で両手を合わせてゴメンネと謝る。
サネアツと呼ばれた男性は僕に向けた刀はそのままで松田さんを見る。
「松田、お前、なにやってくれてんだ」
「いやー。コレの試し打ちさせてもらったら予想外に発動しちゃって」
「補助アイテム?ガキのオモチャで遊んでんじゃねーよ。人の昼寝の邪魔しやがってクソが」
言うなり刀を僕から松田さんに向けて斬りかかる。
松田さんは予測していたのか後ろに下がることで間一髪かわしたのが見えた。そこからはもう刀の空を切るヒュンヒュンという音と松田さんが前後左右に動いている動きを必死に目で追おうとして半分も見えてない状況だ。
これは、もしかして、彼は中院一族の『山で遭遇したら危ない』人か?
僕はどうすることも出来ないで見守る。
目の前で刀を振り回している超絶イケメンは僕に向けていたような苛立ちをもう身にまとっていなかった。しかし、攻撃の手を緩めることはなかった。松田さんは危な気なく回避しているようだけれど一撃でも当たれば大変なことになる。
どうしよう。
どうしたら彼は止まってくれるのか。
果物?果物を投げればいいの?あ、でも持ってないよ!
とりあえず足元の石を遠くに投げてみようかと屈みかけた時、
「タースーケーテー!」
マキちゃんが僕の目の前に飛び出してきた。
「フブキ、ヤバイー!さっきの何かデカイ音でホオグロ鳥がたくさんキター!」
「え?」
マキちゃんがやってきた方向を見ると、視界を覆う程の数のホオグロ鳥と思われる鳥が一斉にこちらに向かってくるのが見えた。
「サネアツくん、ちょっと休戦。これは危ないわ」
「あん?マキ、なんつーもん連れて来やがんだテメー」
さすがの2人も迫り来るホオグロ鳥の群れの中で戦う気にはなれなかったようだ。
「笈川くん、これ返すね」
「はいっ」
松田さんから弓を受け取り、槍に変形する。
そこからはもう必死に槍を振り回し続けた。嘴で突かれたり背後から爪を立てられたりしながらも槍を突き出し振り回し、時には焼き鳥の刑にしたりと自分なりに必死に戦った。
皆の勇姿を観察する余裕なんてなかった。
どのくらい戦っていただろうか。
全てのホオグロ鳥を倒して僕は地面に座りこんだ。
「あーっくそっ、疲れた」
サネアツさんは地面にゴロンと寝転がった。
マキちゃんは倒したホオグロ鳥をせっせと一箇所に集めている。もしかして全部持って帰るつもりだろうか。
「いやー、ごめんね。サネアツくん」
松田さんは体力に余裕があるのか普通に立って砂埃を払っている。
ちなみに、松田さんとサネアツさんは僕に比べたら怪我をしている風もない。あちこち引っかき傷が出来ている僕の情けなさったらない。
「で、松田、コレ何?」
サネアツさんが僕の方を見ている。
最初のような殺意は全く感じないけれど、その瞳の中に親しみとか優しさは一切感じられなかった、整った顔で冷たい視線を向けられると必要以上に寒々しく感じる。
「コラコラ。モノじゃないんだから。彼は笈川 吹雪くんだよ。蒼記くんの招待でロゼ村に遊びに来てるんだよ」
「へー。蒼記のねぇ」
「はじめましてっ。あのお騒がせしてすみませんでした」
僕は座ったままだけれど頭を下げた。
何が彼の怒りを買ったのかわからないけれど、山を騒がせたのは間違いない。しかし、彼は僕の謝罪には特に関心を示さなかった。
「笈川くん、彼は中院 実篤くん。蒼記くんの従兄弟だよ」
松田さんが紹介してくれる。
どうやら彼は蒼記さんのお兄さんではなく従兄弟だったようだ。よかった果物の変わりに石を投げる前で。
さて、これからどうしたものか。
一旦、敵意は沈静化したようだけれど何かの拍子にまた刀を向けられたら大変だ。
「おい、松田。疲れた。腹減った」
「そうだねえ。せっかく沢山捕れたし夕食一緒に食べるかい?」
松田さんがごく自然なことのように実篤さんを夕食に誘った。
「んー。こっからならウチが近いからウチで食ってけ。あ、作るのは松田な」
「はいはい。がんばりますよ」
そう言って松田さんはマキちゃんと一緒になってホオグロ鳥を集め始めた。
え?大丈夫なの?危なくないの?
松田さんは警戒している様子もない。マキちゃんは鳥を集めるのに必死でこちらを気にしている様子もない。
この流れで僕、無事に明日を迎えられるのだろうか。




