朝食と登山
翌朝、前日の山下りと釣りが思ったよりもダメージだったのか、目が覚めたら身体のあちこちが悲鳴を上げていた。筋肉痛だ。元々、筋肉痛になるほどの運動をする前に体温上昇による行動停止状態になっていた僕には痛いけれど少し誇らしい。人間の肉体はこうやって鍛えられて成長していく。やっと自分の人間らしくなってきたな、と感傷に浸ったすぐ後に、あれ、自分は人間なのだろうか?と思った。
しかし、別に魔族だと言われたわけでもない、どちらかというと『落ち人』として良さんに接してもらっているのだから『人間』でいいよね?と自己完結しておくことにした。
歩けない程ではないけれど、1日筋肉痛と闘いながら登山(場合によっては熊狩り)をするのは辛いかもしれないと思って自分に疲労緩和の能力を付与しておく。王城の体育館での体力作りの際に失敗を繰り返しながら習得した技だ。今は躊躇いなく使える。
立ち上がって屈伸をしてみても痛みはない。能力を使用したことによる倦怠感も感じない。どうやら瞬間移動による負担は大よそ解消されているようだ。
能力の使用回数と連続使用と失敗した場合の連続使用は少しづつ様子をみて研究していこう。慣れてくれば上手な運用方法もわかってくるだろう。
今度の課題を検討しながら運動しやすそうな服装に着替えて下へ降りていくと松田さんもマキちゃんも起きてリビングに居た。テーブルの上には朝食が並んでいる。
「おはようございます」
「おはよう」
「おはよー」
朝の挨拶をしながらソファーに座って朝食を改めてみると、皿の上に3つパンが載っていた。手の平にちょうどスッポリと入るくらいの白く丸いパンの上部真ん中に切り込みがあって、そこにサラダとハム、ウインナーが詰められている。
カップにはコンソメスープのような色合いの液体が満たされている。小さなガラスの円柱のビンにはゼリーよのうなものが入っている。ゼリーは薄いピンク色で中に果実が入っているようだ。
「これは、松田さんが作ったんですか?」
「マキだよー!」
「え?」
僕は再度、テーブルの上を見直す。
「フブキには前にも作ってやったろー!」
「あ、うん。そうだね」
この世界に来て初めて食べた食事のことを思い出した。
あれ以来、マキちゃんに食事の用意をしてもらったことがなかったので、あの『女子力高い』料理はどこかで作ってもらってきたのだろうと勝手に思い込んでいた。
「マキちゃん、器用だね」
以前から思ってはいたけれど、こうやって手料理を並べられると再認識させられる。
どこから見ても猫なのにどうやってデザートまで作ってるんだろう。日本で猫が料理したら出来ばえよりも衛生面で食べられるようなものにはならないだろう。しかし、僕はもうすでに手料理を食べたことがある。そして、すぐ横で松田さんが自分の分の大半を食べ進めている。食べることに躊躇いは感じなかったので手を合わせて、
「いただきます」
僕も朝食を食べることにした。
朝食後、昼食用にオニギリと簡単なオカズを作って登山の準備をする。
松田さんに武器の類は持っていかないのかと聞いたら、
「慣れない武器を持つほうが危険だよ。何か持っていきたいなら重くないものにしておきなさい」
と、言われた。
なるほど。
これから山道を歩くわけだし、もしも逃げなければならないような事態になった場合は荷物は軽いほうがいい。僕には補助アイテムもあるし、もし必要になれば現地で加工した方が持ち歩くよりは楽だろう。
「マキがいるからダイジョーブ!」
「うん。頼りにしてます」
マキちゃんの頭を撫でると気持ち良さそうに喉を鳴らした。
コテージを出て農作業に勤しむロゼ村の皆さんに挨拶をしながら村の外れにいくと登山道が見えてくる。一応、人が歩けるような道になっているけれど、木の根が飛び出していたり、岩があったりと舗装された道のようには歩けない。
「足元に注意してね。もう少し登ったら獣道へ入るよ」
「けものみち?」
「人が通るためじゃない道だよ。狩りをするなら林道じゃないほうが遭遇しやすいからね」
松田さんが生い茂る木々の方向を指差す。
確かに、野生動物と出会いたいなら人が頻繁に通るような道じゃないほうがいいのだろう。マキちゃんは、山道でも普段通りに滑らかに歩いていく。僕は、慣れないながらも松田さんに置いていかれないように頑張って足を動かす。
これは、明日の朝も筋肉痛になっているかもしれないな。
時々、聞こえる鳥の囀り以外は風で樹木の葉が揺れる音くらいしか聞こえない。
自分達以外の人の気配がないという環境は、迷宮を思い出させる。そう思うと不思議と緊張感が湧いてくる。迷宮ではいつモンスターが出現するかわからない。この山にはモンスターはほとんどいないと聞いているけれど、それでも安全ではない。
元々、山という大自然の前では日本でも慎重に警戒しながら進むものだ。観光用の登山道などがあるせいでついつい忘れがちだ。そんなことを考えていると無口になっていく。会話に夢中になっている間に後ろから獣が出てくるのではないかと考えたせいでもある。
しばらく静かな時間が過ぎていった。
途中、傾斜が緩くて見通しの良い場所に出たので休憩することにした。
持って来た昼食を食べる。
「頂上まで行く必要もないし、この辺りで何かさがしてみようか」
「マキ、鳥がいい!」
「鳥ねえ。確か、この辺りにはホオグロ鳥がいたと思うよ」
「ホオグロ鳥?」
松田さんがホオグロ鳥について説明してくれた。
大きさは翼をとじた状態で30cm程度で全体的に茶色く頬の辺りが黒くて、頭のてっぺんに真っ白な羽が1つから3つピョンと立っているらしい。肉食ではなく、木の実や昆虫を食べるけれど怒ると群れを呼んで嘴で突いてくるらしい。見つけたら気付かれる前にしとめるべきだろう。
「マキ、さがしてくるー!」
トトトッとマキちゃんが森の奥へ走っていった。
「じゃあ、マキちゃんに任せて待機してようか」
「はい。僕、弓出しますね」
補助アイテムを指から外して弓に変形される。
「へー。補助アイテムの武器化って初めて見たよ。これ矢はどうするの?」
松田さんが興味津々で弓を見てくる。
「え?松田さんは使ったことないんですか?」
「うん?そうだよ。土は防御力特化だからね。攻撃の時は殴ったほうが早いし。弓は、学生の時に少しやってたくらいだよ」
「そうなんですか。これ、矢は能力で発動します。僕は氷が強いらしくて氷の矢になることが多いですね。集中が不十分だと普通の矢っぽいのが出ます。ためしてみます?」
松田さんに弓を渡した。
本当は、炎の矢とか水の矢も出せるのだけれど秘密にしておいた方がいいのだろう。使うときには気をつけよう。
松田さんが弓を持って構える。
土の王がどのような矢を放つのか興味深い。
やっぱり土の矢が出るのかな?




