中院家本宅 離れにて
「ああ、マキちゃんはコテージでダウン中だよ」
僕の質問に答えてくれたのは蒼記さんだった。
慌ててその背中を追いかけながら問いかける。
「え?どうして?病気?」
蒼記さんに促されて入った部屋で皆思い思いの場所に座る。
「それが昨日、1人で山に入ったらしくて、ウチの兄と遊び過ぎたみたいなんだよね」
蒼記さんが深いため息をついた。遊び、というのは言葉通りではないだろう。おそらく、戦闘になった。僕の顔色が悪くなったのを察したのか、ラズリィーが、
「怪我はかすり傷程度なので、心配ないのだけど、体力の消耗が激しかったようでよく眠っているので声をかけずに吹雪さんを迎えにきたのよ」
「まあ、兄の方でよかった、と思うべきだね」
「あー、それはそうだねえ」
蒼記さんの言葉に松田さんも同意する。
どうやら、蒼記さんのお兄さんよりも危険な人物がいるらしい。
中院一族、すっかり油断していたけれど、やはり危険な部分はあるようだ。
出来れば山中も探検してみたかったのだけれど、これは止めておいたほうが無難だろうか。そんな僕の考えを読んだのか、
「まあ、兄に関しては、果物でも投げておけばそっちに気持ちが流れるから。もう1人は、松田さんがいるなら大丈夫でしょ?」
「うーん、まあ、真王陛下にお願いされてるからね。努力はします」
「そんな、危ないようなら無理に山に入る必要はないですよ?」
松田さんやマキちゃんを危険にさらしてまで行く必要はない。
しかし、蒼記さんのお兄さんは一体、どういう人なんだろう。果物を投げておけばって動物園のサルみたいな扱いされているなあ。
「まあ、広い山の中で出会うならば、ここで避けてもいずれは出会う運命だよ。幸い、松田さんが来てくれたことだし、守備力は万全だよ」
「そうですよ。吹雪さん。遠慮しなくてもいいのよ」
「そうだねえ。もし巫女姫が3領地の中から見つからなかった場合は、もっと危険なこともあるわけだからね。練習も兼ねて山で狩猟でもしようか。熊だって危険には違いないわけだし」
あれよという間に皆は山へ行く方向で話が纏まりつつあった。
「あの、もしかして山に皆も行くつもりだったり?」
僕の疑問に、
「ボクは、公務があるから遠慮しとくよ。自分の庭同然の山だし」
「私はご一緒します」
蒼記さんは来ない、それはいい。でも、
「ラズさんは駄目だよ!危ないよ」
熊が出るような山に女の子を連れてはいけない。自分の身を守れるかも危ういのに彼女の安全まで確保出来る自信がない。
「そんな。私もご一緒したいわ!」
「そうだねえ、登山となると女性には体力的にも厳しいかもしれないしねえ」
松田さんが助け舟をいれてくれる。
「そんな!せっかく吹雪さんが戻ってこれたのにっ」
ラズリィーが不満そうな表情をする。
困ったな、でも、山は危ないのは間違いない。どうしたものか、と思案していると、
「まあ、戻ってきたばかりだし、いきなり山に行かなくても。しばらくは近くの村でゆっくり休んだら?マキちゃんもダウンしてるんだし。確か、フォワローツ村には釣りの出来る湖があったでしょ?そこならラズも一緒に遊べるだろうし」
「釣り!いいね。マキちゃんが元気になるまではそれでいいんじゃないかな?」
釣りをしている間に、ラズリィーには山のことを諦めてもらえるように説得するか、最悪、黙って早朝に出発してしまおう。
「ね?笈川君もそう言ってるし。ラズ、それでいいね?山はボクも許可できないよ?」
蒼記さんがラズリィーに向かって有無を言わせないというように微笑んだ。
「・・・わかりました」
ラズリィーは、さすがに蒼記さんに強く反発することはなかった。その辺りは2人が婚約している事情が関係しているのかもしれない。それとも、ラズリィーは蒼記さんのことを異性として好意を持っているのかもしれない。美少女にしか見えないけれど、それはつまり蒼記さんが美しいということだし、公爵家の血筋、立ち振る舞い、僕が勝てる要素は見当たらない。彼女が想い人として蒼記さんを選んでも不思議なことはない。
少し、ほんの少しだけ胸が痛くなった。
その後の話し合いで、フォワローツ村は、コテージからは少し遠くて中院家本宅からの方が近いということで暫くの間、今いる中院家の離れに泊めてもらうことになった。
「離れといっても、転送陣置き場で滅多に使わない小屋みたいなものなんだけれど」
と、蒼記さんは言っていたけれど、僕の日本で住んでいた家の何倍も広い。さすがに公爵家の考えることは僕とは違うようだ。夕食は本宅で一緒に食べる約束をして蒼記さんは仕事へ出かけていった。貴族様の公務というのがどういう内容なのかはさっぱりわからない。ラズリィーに聞いてもあまり詳しくわからないという返事だった。松田さんは、大人になればわかるよと曖昧に微笑んだ。どこまでが子供でどこからが大人なのか曖昧だけれど、年齢だけならば蒼記さんと僕に年齢差はないように思える。やっぱり経験値だろうか?
ラズリィーが昼食を作りに本宅へ戻ったので今現在は離れの一室に僕と松田さんの2人きりだ。
「笈川くんは釣りをしたことはあるのかい?」
「ないです。そういえば釣り道具とかどうしたらいいのかな」
「あー。そうだねえ、こちらの物を借りてもいいけど、どうせなら日本の道具を使ってみるかい?」
「こちらの釣り道具と違いがあるんですか?」
聞けば、こちらの釣竿は魚が食いつくと自動でリールが巻き上がって魚を釣り上げるらしい。高級品になると餌が自動で魚を誘導して食いつきやすいようにもしてくれるらしい。それは釣りと言えるのだろうか。
「こちらでは、遊戯というよりも食料調達の意味合いが大きいからね。子供でも簡単に釣れるようになってるんだよ」
「あー、確かに。日本だとスーパーで魚買えますもんね」
「こちらでも大きな街だと商店で取り扱っているけれど、ここいらでは自給自足が普通なんだよ」
科学技術が大幅に発展しているのに変な所で不便な環境になっているな、と思っていたら、
「これは中院公爵領の特徴だね。余所者が村に来るのをあまり好まないんだ。行商人を出入りさせるよりも自給自足の方が住人達は良いらしい」
どうやらこの領地の住人は中院公爵と同じく人見知り属性らしい。公爵家の客以外が領地に入ることは滅多にないし、許可無く立ち入った者は行方不明になることもあるらしい。
村の人々が僕に好意的だったのはあくまで公爵家の客人だったからのようだ。
穏やかな山村のようで怖い部分もあるようだ。




