夕食前のひと時
迷宮から王城までの道を暮さんと話ながら歩いている。
たくさん手に入れた鳥とモグラは、迷宮を出て街へ入ってすぐの露店のおじさんに大きな麻袋を貰って一緒に詰め込んだ。そこそこの重量があると思うのだけれど、暮さんは軽々と持って歩いている。
改めて暮 洋一郎という人を観察してみる。
身長は僕より少し高い、180手前くらいだろう。甲斐さんや松田さんみたいなガッシリとした体型でもない。シノハラさんほど筋肉質でもなさそうだ。どちらかというと筋張った華奢な老紳士に見える。ただ、服の上からなので脱いだら凄いのかもしれないが、外見上は逞しい感じではない。スーツを着たらどこかの会社の社長さんみたいな感じだ。戦闘要員ではなく、頭脳労働担当に見える。
城下街の娘さんたちの視線も、甲斐さんと一緒に歩いた時とは比較にならないくらいキラキラしている。恋愛対象にするには些か暮さんは高齢ではないかと思うけれど、娘さんたちの熱っぽい視線は過分にそういう意味合いが含まれていると感じた。本人はそんな視線をまったく気に留める風もない。まあ、自分のような子供と違って大人なのだろう。
「笈川君は、食べ物の好き嫌いはあるかい?」
「いえ。特には。あまりに辛いのは少し苦手なくらいです」
三年前までは暖かい食事も苦痛だったけれど、食材に関しての好き嫌いは特別意識したことがない。カレーも辛口なら平気で食べられる。昆虫食はしたことがないので実際に食べてみないことには何ともいえない。この世界に来て見た目の悪い料理に未だ遭遇していないので最初の一口さえ食べれればある程度は対応できるだろうと思う。
「それはよかった。鳥もモグラもさほどクセのない味だし平気かな。少し食材を買い足していこうか」
暮さんはそう言って街道沿いにある幾つかの店で野菜や果物を購入した。さすがに自分だけ荷物を持たないのは気が引けたので新しく買った物は僕が持たせてもらった。それでも、麻袋の重さに比べればたいしたことはないだろう。
王城へつくと見慣れた門兵の人が暮さんを見てピシッと背筋を伸ばした。良さんと一緒にいた時のように緊張しているのが伝わってきた。いつもなら「おかえりー」と気さくに声をかけてくれるのに僕の存在が目に入っていないようだ。
「真王陛下はいらっしゃるかな?少し台所をお借りしたいのだけど」
「はっ。すぐに確認してまいります!」
一人の門兵さんが慌てて中にいる近衛兵さんの所へ駆けて行った。
「返事があるまでは、笈川君の部屋にお邪魔させてもらってもいいかな?」
「はい。こっちです」
「じゃあ、そういうことで、連絡は彼の部屋へお願いするよ」
僕は暮さんを自分の部屋へ案内する。
部屋の扉を開けると留守番だった柴犬たちが飛び出してきた。
「ただいま」
「ワフ」
「ワンワン」
それぞれを撫でながら暮さんをソファへ案内する。部屋にある小さな洗面台で手を洗ってお茶を出した。
「ありがとう。随分と懐かれてるんだね」
暮さんが柴犬たちを見る。
しまった。
すべて属性の違う柴犬たちの存在を意味を忘れて部屋に案内してしまった。内心慌てたけれど、暮さんからは特別何も言われることはなかった。
こちらから余計なことを言わなければ彼の方から何かを言うつもりがないのかもしれない。藪をつつくような事はしないで何てことない素振りで乗り切ろう。
コンコン
ノックの音がして良さんが顔を覗かせた。
「うわっ本当に暮さんだ。お久しぶりです」
「お久しぶり」
良さんが部屋の中に入ってきて僕に手を振りながら、
「吹雪君、おかえりー。大物狩ってきちゃったね。なんだっけ?台所、使うんだっけ?」
「そう。これを食べようと思って」
暮さんが床に置いていた麻袋を開けて中を良さんに見せる。
「おおう。おっけー。これ、俺の分もあるの?」
「そのつもりだよ」
「よっしゃー!じゃあ、俺は酒でも持ってくるわ。料理は任せた」
良さんはあっという間に部屋を飛び出して行った。
「許可も出たし作ってこようかな」
立ち上がった暮さんに、
「僕も何かお手伝いできることありますか?」
と、聞いたら、優しく笑って僕の頭に軽く手を置いた。
「モグラ相手にして疲れただろう。先にお風呂に入ってまってなさい」
そう言って食材を持って部屋を出て行った。
改めて自分の姿を見るとあちこち泥だらけだったので慌ててシャワーを浴びて新しい服に着替えて風呂場を出ると良さんが1人で柴犬たちと遊んでいた。
「おかえりー。吹雪君は強運だね。迷宮から連れてきたの?」
「8階層で会ってなんとなく流れで」
「こっちに来るの久しぶりじゃないかなあ。暮さんにご飯作ってもらえるなんてラッキーだよ?」
良さんが柴犬たちをワシャワシャと撫で回しながら笑う。もの凄くご機嫌だ。
「本職の料理人さんなんですか?」
「んー。料理人ではないけど、美味いよ?」
「それは楽しみです」
良さんはひとしきり柴犬たちを堪能したのかソファにドッカリと座った。
「気に入られたみたいでなによりだよ。吹雪君が何を思って自分を鍛え始めたのかわからないけど、先生にするにはあれほどの人はいないよ」
「やっぱり強いんですね」
「んー。良ちゃん、勝てる気がしないわ。あと面倒見もいいからね。きちんとお願いすれば稽古つけてもらえるよ。シノハラさんの話さえしなければね」
「やっぱり、それは話題にしない方がいいんですね?」
良さんは真剣な顔で深く頷く。
「シノハラさんが一方的にチョッカイ出すから余計に嫌われちゃっててねえ」
「あの、お二人が苗字が違う理由を聞いても?シノハラさんって苗字ですよね?」
本人のいないところでプライベートなことを聞くのは躊躇われたけれど、本人に聞ける雰囲気ではないし地雷は確認しておきたかった。
「ん。そうだよ。暮さんは所謂、愛人の子供だから。そのせいで折り合いが悪いのもあるね」
「それは・・・何か・・・変なこと聞いてすみません」
思ったよりも重い話だった。
「暮さんは、潔癖な人だから、父親のそういう面も許せないのかもねえ」
「そう、かもしれませんね」
そうですね、と肯定しかけて思い直して言い換えた。
考えてみれば良さんもシノハラさんと同じ立場なわけだから完全否定するのは気が咎めた。王族である良さんがたくさんの妻子を持つことを責めるのも筋違いだと思ったせいもある。
ここは日本じゃないのだから、一夫一婦制に拘る理由なんてないのだ。
そんな話をしている間に時間が過ぎていった。




