貿易都市 アルクスア 20
立野さんが、水槽からまったく離れないので僕とラズリィーは部屋へ戻ることにした。
時計を見ると11時に近かった。
明日の事もあるし、ラズリィーをいつまでも夜更かしさせておけないからね。
立野さんに大浴場へ行く旨を伝えて一旦部屋に戻り、着替えを持って大浴場へ向かう。
大浴場は、露天風呂で最上階である10階にあった。
まず、壁側に配置されたシャワーで身体を軽く洗ってから掛け湯をして湯船に入る。しばらくは、室内にある湯船を満喫する。
お風呂っていいものだなぁ。
特異体質のおかげで温泉は勿論、家の湯船にも満足に浸かることがなかっただけに、補助アイテムのお陰でゆっくりお風呂を楽しめるようになったことは、この世界にきてよかったことランキングの上位に入るのではないだろうか。一位は何だ?と聞かれても、特にコレということはないのだけれど。
暑くて動けなくなることがなくなったこと?
それなりに食事が美味しいこと?
蒼記さんやラズリィーみたいな可愛い女の子と知り合えたこと?
どれも、自分自身の力で勝ち取ったものではないので人に誇れるようなものではない。
やはり、与えられた使命を果たして、補助アイテムなしても自力で制御できるようになってからが本番だろう。シノハラさんみたいに強くなれたら、世界征服はしないけれど、なにか自分にもできることが色々見つかるんじゃないだろうか。自分の一生をかけれるような何かを見つけて、足場を固めたら日本に戻ってみたい。その頃には、普通の日本の男子高校生とはいえない自分になっているかもしれないけれど。両親の顔を見ることもできないかもしれないけれど。
少し切ない気持ちを振り払うように湯船から出る。
ここからが本番、露天風呂へ向かう。
少し段差のある引き戸を開けて室内の温度を下げない為か、細長い通路を少し抜けた先に露天風呂の入り口がある。磨りガラスを開けて外に出ると先客が1人いた。
「松田さん」
先客の名前を呼ぶと、外の風景をみていた松田さんがこちらを向いて、
「笈川くん」
湯船の中から手を振る。
風景を見るためだろうか、浅い部分に腰掛けているので上半身が見えている。服を着ていた時に感じたとおり、いい肉体をしている。甲斐さんやシノハラさんとは一緒に入浴したことがなかったので比較のしようがないが、松田さんの無駄のない胸筋や腹筋に感嘆する。自分の太ってはないけれど鍛え上げられたとはお世辞にもいえない身体と見比べて少し悲しくなる。
余裕がある時に筋トレをやるように心がけよう。
僕は、掛け湯をしてから露天風呂の中に入って松田さんの隣に同じように浅い部分に座る。
「すごいですね」
貿易港に停泊する船の照明や、沖の方に微かにみえる光、そして上空の星々がなんともいえない絶景を作り上げている。
「貿易港は、都会過ぎなくて癒されるよね」
確かに、中央街の東京のような大都会であれば、このような夜空は見えないだろう。しかし、王都と比べれた王都の方が牧歌的な部分もある。城下街などは特に意識して都会化していない気がする。王都にいた時は気がつかなかったが、アルクスアに来たことでそう思うようになった。
車の事といい、良さんは近代都市文明があまり好きではないのかもしれない。
「そうですね。松田さんは、どこから来たのですか?」
かなり大雑把にした把握しきれていない世界地図を思い出しながら聞いてみる。神殿は、灰の領地にあったはずだ。
「ん?神殿から真っ直ぐにここまできたけど、俺は大阪在住だよ」
「大阪?」
そんな地名があったろうか・・・、いや、日本にならあるけど。
「お仲間だね。笈川くん」
松田さんが楽しそうに笑う。
大阪人のわりに、イントネーションが標準語だ。そして、落ち着いている。すべての大阪人がノリツッコミのわけはないか?本人が言うのだから間違いなく大阪の人なのだろう。
「なんか、本当に普通に当たり前みたいに行き来可能なんですね」
落ち人との遭遇率が特別感や異世界な感じを希薄にする。あと、この世界の人の地球人への理解度の高さも原因だろう。
「どうだろう?まあ、1人で知らない国に放り出されるよりはいいんじゃない?」
「そうですね」
「立野さんは、まだ水槽?」
「少なくとも、僕がここにくるまでは確実に」
「あいかわらずだねえ」
松田さんが苦笑する。
立野さんは、動物好きなのかな?仲良しな人や恋人を動物に例えるくらいだし?
「松田さんも普段は、日本でお仕事してるんですか?」
「ん?もう退職して老後生活満喫中だよ?」
「え?」
僕は、松田さんをじっと見る。
「お若くみえます、ね?」
「よく言われるー。痩せて皺でも出来ればそれなりに見えるかなあ?」
確かに、張りのある肌で加齢による皺らしきものがほとんどない。しかし、それは太っていても出来るものなのではないだろうか。あとは、短髪なので見落としがちだが、白髪がみあたらないせいもあると思う。
「もしかして、松田さんは、ハーフだったりするんですか?」
「いやー。純日本人だよ。多分、能力のせいじゃないかなーと思ってる。ほら、土系って生命力ありそうな感じしない?」
「そういわれれば、そんな気もしますね?」
本当のところはどうなのだろうか。単純に本人が老けにくい体質なのかもしれない。
その後、たわいもない雑談を少しした後、一緒に湯船から上がる。
まず着替えてから頭を乾かそうと洗面台の前のイスに座ると、
「やってあげるよ」
松田さんが、ドライヤー片手に近付いてきて断る間もなく髪を乾かし始める。
暖かい風が心地よい。
ドライヤーを温風で使うことが出来るなんて補助アイテム様には感謝しても足りないくらいだ。
松田さんは手馴れた様子で髪を乾かしていく。
「上手ですね」
僕の感想に、松田さんは、ああ、と苦笑して、
「普段から近所の子供をプールに連れて行ったりしているからね」
「そうなんですか?」
「仕事辞めてから特に暇だからね。俺も遊んでもらってるんだよ」
そんなものだろうか。
小さな子供の面倒を見るのは大変疲れそうなのに。
茉莉花さんをあしらい慣れているのも頷ける。第一印象で思っていた、子煩悩なお父さんのイメージは正しかったようだ。あっという間に乾き終わった髪の毛を撫でて確かめている間に、
「温泉といったらコレだよ」
と、コーヒー牛乳を差し出してきた。
「ありがとうございます」
お礼を言いながら受け取りつつ、自分も子ども扱いされていることに不満を抱くところか喜んでいることに少し驚いた。
なんだろう、これが父性?




