貿易都市 アルクスア 13
夕方、ホテルの僕の部屋で2人でルームサービスのサンドイッチを食べている。
「明日は、どこへ行きましょうか?」
「え、念の為に1日休んでもよくない?」
僕の心配にラズリィーは、
「大丈夫よ。前よりも、ずっと元気だし。ふぶきさんも、一緒だし」
と、ニコニコしている。
「それなんだけど・・・ごめん!どうしても前を同じに出来なくて、ラズさんのおでこにキスしました。本当にっごめん!」
僕は、パンッと手の平を目の前で合わせて頭を下げた。
あの後、シノハラさんに食い下がって妥協に妥協を重ねた結果、ギリギリ、出来そうな範囲の接触が額へのキスだった。それで無理なら、唇に。それでも無理なら・・・・えらいことになるので、意地と気合で額へのキスでやり遂げました。ええ。成功させましたとも!
それでも、眠ってる女性にすることではない。紳士としてあるまじき行為だ。
ラズリィーは、少しだけ頬を赤くして、
「知っる。星見で、前もって知っていたことだから・・・いいの」
「いや・・・でも・・・」
ラズリィーは、頭をふって、
「ふぶきさんが、私を大切にしてくれたこと、わかってるから。その・・・もし今後上手く出来なかった時は、最終手段に出てもいいから・・・あの・・・ふぶきさんが私でよければだけど・・・」
と、真っ赤になってうつむいた。
「え・・・あの・・・」
もしかして、シノハラさんが、『抱く』云々言っていたことを知っている?
「星見で、見ていたので・・・・」
「あ・・・ああ・・・出来るだけ、そんなことにならないよう頑張るからっ」
「まあ、それは・・・私では不満だということなの?」
ラズリィーが、プゥと頬を膨らませる。
「や・・・そういうんじゃなくて。そういうのは、恋人同士がするやつだしっ」
もう治療行為を超えてセクハラだと思う。
「じゃあ、ふぶきさんに好きになってもらえるように頑張るわね?」
ラズリィーが、謎の方向での頑張りを見せた。
「・・・とりあえず、体調が悪くなりそうな前兆があったら早めに言って。何度かやれば、最初みたいに出来るようになるかもしれないし」
「私は、今日みたいな感じでも構わないんだけど・・・」
「僕が構うよっ。誰も見てなくても恥ずかしかったんだからっ」
シノハラさんは、言いたいことだけ言うと、結果も見ずに帰って行った。
別れ際、また『迷宮』《ダンジョン》に行こうとか、怖い話をしていた気がするが今は考えないでおこう。
「ふぶきさん・・・私、ふぶきさんの能力のことは、星見で知っています。秘密にするから、これからも、一緒にいてもいいよね?」
決意を込めた瞳でこちらを見つめてくる。
「うん。迷惑をかけることもあるかもしれないけど・・・ラズさんの事は絶対守るから」
「私も・・・ふぶきさんの手助けになれるように頑張るわ」
僕たちは、どちらからともなく握手を交わした。
その後、ラズリィーから、武器屋での『迷宮』《ダンジョン》話で忠告を受けた。
この世界で、『迷宮』《ダンジョン》に潜れるのは、ある一定以上の能力持ちであること。一般人は、まず1階で挫折すること。なんでも、あのスライムは、能力が低い相手には襲い掛かってくるらしい。属性獣が懐くということは、稀にしかなく、普通は1種類であること。
いかに、僕がやったことが非常識なことだったのか、を説明された。
シノハラさんは、僕が気負うことなくいれば能力発動するだろうと軽いことのように言ったのだろうか?
それとも、シノハラさんにとっては出来て当然だったから、僕にも出来ると思ったのだろうか。
王都外れの『迷宮』《ダンジョン》は、未だ攻略者のいない最深層不明の超難易度らしく、軽々しく外で話すことはしない方がいいらしい。
それは、甲斐さんも怒りもするよなあ・・・
しかも、甲斐さんは、4階までシノハラさんが一緒に居たと思ってる節がある。
まさか、1人で降りていたなんで知れたら、その怒りは計り知れないだろう。
まあ、シノハラさんは、まったく気にも留めないのだろうけれど。
シノハラさんからは、能力制御を。
ラズリィーからは、この世界の常識を学ぼうと思う。
今は、ラズリィーも隣の自分の部屋へ戻って、1人だ。
明日は、遠出しないで、ホテル周辺を見て回ることにした。
僕も、昨夜はあまり眠れていないし、朝はゆっくりめの10時集合にしてもらった。
腕時計を見ると、午後8時。
僕は、1人でホテルの外へ出た。
しばらく周囲を見回したのだけれど、警備の人を確認することが出来なかった。
仕方がないから、役所の方向へ歩き出す。
まだ、深夜とはいえないけれど、街灯に照らされた街並みは、昼間と違う顔を見せていた。
周囲を歩く人々も、仕事帰りでリラックスしたような感じでまばらに歩いている。周辺の酒場では、呼び込みのような声も聞こえてくる。
勇気がないので、小路には入れないが、風俗店の看板もチラホラ見かける。
この世界の考え方を基準にして考えると、風俗のお姉さんも働きたくて働いているということになる。場合によっては、地球でもあるように、恋人に嫌われたくなくて良いように利用されて働かされている人もいないとは言い切れないけれど、貧困や家出で、風俗で生計を立てる人はいなさそうだ。
そう考えると、遊ぶほうも、良心の呵責なく楽しめそうな気がしなくもないけれど、僕にはまだまだ遠い世界だ。
役所の受付で、警備隊の詰め所を教えてもらって向かう。
距離はあまり離れていなく5分もしないうちに到着した。こじんまりとしたビルだ。
受付の守衛さんに、自分の名前と立野さんへ会いに来た旨を伝えると中へ通してくれた。
警備隊の応接室は、役所の応接室や会議室に比べると日本的だった。
正面に大きい机があり、その前に小テーブルとソファーが対面でおかれている。壁には、本棚などがあって、校長室みたいだな、と思った。
立野さんは、留守にしているらしく、沢渡さんがお茶とおせんべいを持ってきてくれた。
ラズリィーの回復とお礼を使えておいた。
僕は、お茶を飲んで深呼吸する。
ここへ来たのは、立野さんに、冬の巫女姫のことを少し思い出したことを伝える為だ。
僕の夢の記憶が薄れないうちに伝えておきたかった。
そして、当代の巫女姫を見つけるヒントが得られれば、とも考えた。
同じ能力持ちならば、多少は似た傾向があるかもしれない。そう考えたからだ。




