貿易都市 アルクスア 10
午後から幾つかの商店を廻って夕方近く、ラズリィーの表情が沈んでいるのに気がついた。
段々、言葉少なくなってるなとは思っていたけれど、思っているよりも疲れているのかもしれない。
「疲れた?早めの夕食にする?それとも、今日はもうホテルに戻る?」
ラズリィーが小さく頷いた。
いつもなら、きちんと言葉で返事してくれる彼女が声を出す元気もないのはかなり具合が悪いのではないかと思って手を握ると、祭典の日のように冷たくなっていた。
「大丈夫?本当に無理ならこの辺りで一泊しよう」
よく考えてみれば、彼女はつい最近まで目が見えなかったのだ。その上、大き過ぎる異能で寿命を消耗しながら生きてきた。今、幸運にも安定しているからといって男の自分のペースで連れまわしたら体力的にキツイのは当然だ。
今更ながらに気がついて、自分の配慮の足りなさに自己嫌悪する。
ラズリィーは、僕の手を弱く握り返して弱々しく微笑んだ。
「ふぶきさんが、手を握ってくれたから平気。ホテルまで、このままでいて」
「うん。じゃあ、車を呼ぼう。馬車より車の方が早くて揺れないだろうし」
きっと、この世界にもタクシーやバスの概念はあるだろう、と周囲を見渡す。目があった近くの商店の人に事情を説明するとタクシーを呼んでくれた。5分と経たない内に車が来たので2人で後部座席に乗り込む。
「中央街の役所の近くまでお願いします」
「はいよ。お嬢さん具合悪いんだって。ちょいと飛ばしていくよ」
熊耳の生えた毛深い運転手のおじさんが気を使ってくれたようで、スピードは出ているのに車体はほとんど揺れなかった。
ラズリィーはずっと僕の手を握ったままで目を閉じてジッとしていた。
役所近くのホテル前まで着き、なんとか車から降りたのだけれど、そこからは座り込んで動けない程に悪化していた。手も段々、冷たくなってきている。
どうしよう。
抱き上げて部屋に連れてあがろうにも、僕にそこまでの体力があるのか自信がなかった。
無理をして地面に落としてしまったらと思うと躊躇してしまう。
ホテルの人にお願いするか。
いっそ、お医者さんを呼ぶべきか。
悩んでいると、沢渡さんが走ってきた。
「笈川君、巫女姫の具合が悪くなったって?」
どうやら、影から見守っていた警備の人から連絡が入っていたようだ。
「沢渡さん、そうなんです。どんどん冷たくなっていくんです!お医者さんを呼ぶべきでしょうか」
「そうだね。とりあえず、部屋に運ぼう。案内してくれ」
沢渡さんは、軽々とラズリィーを抱き上げた。
少し悔しい。同じ男なのに、自分の連れている女の子1人も抱き上げれないなんて。
心配と自己嫌悪に苛まれながら部屋に案内した。
ぐったりとしている彼女のバッグから部屋の鍵を取り出すのは躊躇われたので、僕の部屋のベッドに寝かせる。
「じゃあ、医者を手配するから、笈川君は見ていてあげてくれるかい?」
「はい」
沢渡さんが出て行こうとした時、
「お待ち下さい」
ラズリィーが声をだした。
「巫女姫、医者は駄目ですか?決まった連絡先があるなら窺います」
沢渡さんが、即座に反応する。
暫くの沈黙の後、
「このままで。明日には・・・明日の夕方までには治まります」
「それは、確定、ですか?」
ラズリィーは、頷いた。
「では、私はこれで失礼します。お大事になさってください」
沢渡さんは、一礼して部屋を出て行った。慌てて僕は追いかける。
「沢渡さん、どういうことですか?お医者さんは?」
「ああ、失礼。笈川君は知らなかったね。春の巫女姫様は、元々、『星見』《さきみ》の能力をお持ちなんだ。間違いなく、明日の夕方までに元気になられるよ」
「さきみ・・・?」
言葉のニュアンス的には、予知能力だろうか。
「少し未来を予測する能力だよ。白の民族特有の神聖系能力だ。まず外れない」
沢渡さんが、僕の予想を肯定してくれる。
「だからといって心配するなというのは無理だろうから、今夜は様子を見ていて貰えるかな?緊急事態になれば連絡してくれれば直ぐに対応出来るように今夜は待機しているから、お願いするよ」
「はい、もしもの時はお願いします」
沢渡さんに頭を下げて僕は部屋へ戻った。
ラズリィーは、眠っているようだった。
そっと、指先に触れると、やはりまだ冷たい。
室温を少しだけあげてからフロントに連絡して、自分の夜食と、ラズリィーが目覚めた時にすぐに食べられるような軽食を注文する。
彼女の寝顔を見つめながら考える。
もっと早くに気がつかなければいけなかった。
たまたま、本当に偶然の力でラズリィーの目が見えるようになったくらいで、僕は何を安心していたんだろう。
こんなに小さな女の子1人も抱き上げることの出来ない不甲斐ない自分。
この世界で、幸運にも優しい大人たちに囲まれて、いつまでも子供気分でいた自分。
このままでは、駄目だ。
自分の能力さえも把握していない。
自分の体で出来るだろうことも少ない。
僕はもう、子供を卒業しなければいけないんだ。
この世界で生きて、大切な人達の力になれる自分になるべきなんだ。
よく朝になっても、ラズリィーは眠ったままだった。
相変わらず冷たいままで、発熱したりはしていないが、生気のない顔色を見ていると不安な気持ちでいっぱいになる。
時々、手を握って温める。
前のように上手くいかなくても、少しでも暖まってくれれば・・・
祈るような気持ちで握る。
昨夜はあまり眠らなかったせいか、うたた寝をしてしまった。
夢を見た。
あれは幼稚園?小学校低学年の僕だろうか。
近所の公園で、遊んでいたらベンチに見知らぬお姉さんが座っていた。
ぽつん、と寂しそうにみえたから、
「おねえさん、おかあさんにおこられたの?」
と、声をかけた。
お姉さんは、顔を上げて微笑んだ。
「どうして?」
「かなしそう」
「そう?」
「うん」
僕は、お姉さんのとなりに座ってポケットから苺の飴を取り出した。
「あげる」
「ありがとう。やさしいのね」
お姉さんは、優しく頭を撫でてくれた。
「げんき、でた?」
「そうね・・・元気よ」
お姉さんの微笑みを見て、子供心にも嘘だとわかった。
自分では、お姉さんを元気にしてあげられなかったことが物凄く悲しくて僕は泣いてしまった。
「どうして泣くの?」
僕の頭を撫でて慰めているお姉さんの表情は、涙こそ浮かべていなかったけれど、泣いているように思えて、益々涙が溢れてきてお姉さんを困らせた。
夢を見ながら、ああ、このお姉さんが冬の巫女姫だ、と思い出した。
確かに、確かに出会っていた。
どうして彼女はあんなに悲しそうだったんだろう。
そして、どうして今、思い出したんだろう。
ラズリィーの力になれていない自分が悔しくて泣きたい気分だったからだろうか。
だとしたら、僕はまったく成長していない。
泣いていないで、ちゃんと戦える自分になりたい。
心からそう思った。




