お断りします!
僕にはわからない話題が続くので暇を持て余して簡易キッチンで自分と良さん用にお茶をいれた。
人形は飲食機能がないので申し訳ないけれど何もない。
コトリとテーブルにコーヒーカップを置くと、
「ありがとう」
と、良さんがすぐに気付いて御礼を言ってくれた。
元魔王様なのに、してもらって当然だという態度じゃないのが好感が持てる。
潟元さんを筆頭に、側で仕えている部下たちは微妙な気持ちになるかもしれないけれど、平和な国の引き篭もり気味だった男子高校生には威圧感がない方が楽なので助かっている。
「さっきから、2人で恐ろしげな話をしてたけど、神様相手に大丈夫なんですか?」
『おびき出す』とか『拘束する』なんて単語が聞こえてきていたけれど、相手は神様なのに恐ろしいことを考えるもんだ、と思っていた。
「んー、まあ多分、大丈夫だよ」
良さんがそう言って珈琲に口を付けた。
多分って、その程度の確信で神様を罠にかけようとしているなんて、と驚いていると、人形がピョンッと跳ねて、
「そこら辺の記憶も消し飛んだのかー。ええと、あの神は、ちょっと他の神々と違うから大丈夫だよ!」
と、元気よく答えてくれた。
「確かに神様っぽくない感じだとは思ったけど、他の神様とは違うのかー」
「そうそう。現在、人化して交流が持てる数少ない神だしね。他の神々は、啓示さえ出さないよ。多分、原始種族としか交流してないんじゃないかな」
「そうなんだ」
原始種族という単語を聞いて、応接室でのサミヤさんやサニヤの対応を思い出す。
良さんには姿が見えていなかったのに、彼等には見えていたのは、神様がそう選んだのか、原始種族には視る力があるのか、どちらかわからないけれど神様の存在に慌てた様子はなかった。
「そんで、あの変わり者の神様は、お調子者でねえ。少し前には『日本』で高校生したりして引っ掻き回されたんだよ。その埋め合わせをね、してもらおうって話をしてたんだよ」
「へええ」
神様の高校生活も凄いけれど、巻き込まれたからって堂々と苦情を言おうと思ってることにも驚いた。
でも、さっきの神様の逃げっぷりからしても、捕まえればある程度は話を聞いてくれそうな気が・・・、いや、また煙に巻かれるだけかな?
どちらにしても、僕には直接関わりがなさそうなので気にしないことにしよう。
自分からトラブルになりそうなことに係わってる暇はない。
盛り上がっている良さんと人形はしばらく放置しておこう。
チラリと腕時計で時間を確認すると夜の8時半を過ぎたところだった。
本当は、入浴してベッドで明日の為の心の準備か迷宮についての勉強をして眠るつもりだったけれど、そんな気分も吹き飛んでしまった。
2人に少し出ることを伝えて部屋を出る。
特に目的地もなくウロウロして庭へ出た。
見上げると夜空には丸い月が浮かんでいた。
この月も、地球で見る月と同じものなんだよね。
不思議な気分で暫く見つめる。
星座には詳しくないので、どの星がどれなのかはわからないけれど、じっと見つめているとスーッと流れ星が視界を横切って消えていった。
初めて見た流れ星が嬉しくて時間を忘れて見上げていたら、さすがに秋の夜。冷えてきて身体がブルリと震えた。
もう部屋に戻ろうか、と歩き出そうとして微かに聞こえてきた声で踏みとどまって耳を澄ませた。
かなり小さいけれど女性の歌声が聞こえる。
透き通って心に染み渡るような子守唄。
歌詞を明確に聞き取れなかったけれど、なんとなく子守唄だと思った。
どこかで子供でも寝かしつけている女性がいるのかな。
僕は好奇心のまま、声のする方向、庭園の奥へと歩き出した。
城内にある庭園は広く、未だ全ての場所を知らない。
良さんには、僕が入ってはいけない場所ならば、衛兵がどこかのタイミングで声をかけてくるから、それ以外の場所は自由にして良いと言われている。なので、遠慮なく進む。
王族の人の居住スペースや国宝があるような屋内と違って庭ならば、立ち入り禁止区画もそうないんじゃないかなと思う。
歌声を頼りに進んでいくと、外灯に照らされた木々の中に白く浮かび上がるベンチ、そして真っ白なワンピースの女性の姿が見えた。
夜なのに薄い燐光を身に纏ってベンチの横に立って歌っている。
その姿を見た時、元々、夜風で冷えていた身体の温度がより下がったのを感じた。
女神。
白の領地で、破壊と破滅の姫である詩織さんを殺そうとしていた女神がそこに居た。
あの日の恐怖と緊張を思い出して血の気が引いていくのがわかる。
どうして王城内に?
また誰かを殺しに現れたのだろうか。
じゃあ、なんで歌ってるの?
相手をおびき寄せている?
って、それなら僕が狙われてる!?
恐ろしい予測が脳内を駆け巡る。
逃げなければ。
誰か、誰でもいいから人がいる場所へ逃げなければ、と後ろへ下がろうとした時、ピタリと歌声が止んだ。
「誰かと思ったらボウヤじゃない。元気にしてたかしら?」
女神はこちらを向いて穏やかに微笑んだ。
その微笑は、神だけあって芸術品のように美しい。
前回と違って優しげな声音に、少しだけ緊張をといて挨拶をすることにした。
何も言わず逃げ出して怒らせた方が危険だと思ったからだ。
「こんばんは。お久しぶりです。元気です」
「そう。それはよかったわ。それにしても、貴方、よく気がついたわね。聞こえないように歌っていたのに」
女神の言葉に、思わず首を捻る。
結構、遠くからでも聞こえていたけれど、どういうことだろう。
そもそも、聞こえないように歌う意味がわからない。
「ああ。あの人と会っていたからかしら?シノハラといい、随分と知り合いが多いのね、ボウヤは」
「まあ、おかげさまで」
特に意味も考えずに適当に返事をして誤魔化す。
あの人、あの人?
女神関係者として考えるのならば、生命を司る神のことだろうか?
女神は暫く僕の顔をじっと見つめてから再び微笑んだ。
「ふふっ。あら、蒼記とも仲良くしてるみたいね?じゃあ、わたくしとも仲良くしてくださるかしら?」
お断りします!
心の中では叫んでいたけれど、本当にそんなことが言えるはずもなく、
「よ、よろしくお願いします」
と、どもりながら軽く頭を下げた。
これ、どういう状況なの!?
今日は、本当に色々な事が起こり過ぎじゃない?
そもそも、この女神は、蒼記さんと知り合いらしい。
一体、どういう関係の知り合いなんだろう。
そして、仲良くするってどういう風に!?
内心のパニックを悟られて機嫌を損ねるこが怖くて無理矢理話題を捻り出す。
「こんな夜中にどうして歌っていたんですか?」
こんなこと聞いてどうするんだー!と自分で自分にセルフツッコミを入れていたら、女神は右手をそっと頬に添えて恥ずかしそうに答えてくれた。
「わたくしの愛しい方が安らかに眠れるように、子守唄を歌っていたのよ」




