春の祭典 1
春の祭典は、王城から少し山手にある神殿で行われた。
白亜の豪邸と形容すれば、その広大さが理解してもらえるだろうか。王城に負けず劣らずの規模を誇っている。その一角にある会議室に僕は小さくなって座っている。
小さくというのは、体育座りのような現実的な現象ではなく、心理的にだ。
円卓にある一つのイスに座っている僕を、他のイスに座っている人々が見ているのを強烈に感じるからだ。
神事が終わって、貴賓席に居た人々が、こちらに移動してきたばかりだ。
これから、僕の紹介の時間になっている。
良さんが、幾人と共に部屋へ入ってきて着席する。
皆の視線が、瞬間的に僕から良さんへと移動する。
「はーい、皆様お疲れ様でした。無事に春を迎えられてよかったです。夏の祭典は・・・白でやるんだっけ?よろしくでーす」
良さんが、いつもの調子で挨拶をする。
それだけで、緊張が少し解けていくような気がする。
先刻までの儀式の時は、今までみたことがないような、これぞ元魔王様という威厳に満ちた立ち振る舞いだったので、その落差のせいだ。
「真王陛下、いかに報道の目がここにはないからとそのような態度は慎まれては如何かと思うのですが」
「まま、そう言われるな。これが、この方の魅力でもあるのだから」
「違いない。あまり他人行儀にされては、大事件でも起こったのかと此方も心が休まりますまい」
各国の重鎮達が、賛否を語っているが、最初に嗜めた人物も建前で本気ではなかったようで苦笑いをしている。
当の本人は、全く気にも留めていない様子だ。
現在、3つの勢力は一般には均等ということになっているが、実際は、黒が少しばかり勢力が強いようだ。その理由の一つが真王らしい。僕には、政治の世界は知りようもないけれど、ここ暫く王城に滞在している間に感じさせられる所はあった。
城の内部だけでなく、城下でも良さんへの忠誠度や他勢力の噂話など、この国の人々の平穏な生活のすべてが僕に、真王と呼ばれる良さんの実力を語ってくれていた。
でも、シノハラさんは『王としてはそこそこの技量』って言ってたな。
シノハラさんの理想が高いのか、単に毒舌なのか・・・
良さんは、立ち上がって僕の後ろに回って肩に手を置いた。その傍らで何度か城で見かけた男性が話し始める。おそらく、魔族の貴族だろう。
「彼が、笈川 吹雪君です。詳細は、先程お渡した書面通りです。彼は、まだ能力の制御が出来ませんが、巫女姫を捜すのは問題なしと役所から報告があがっております。準備完了後、各国へ窺って捜索に入る予定ですがあくまで旅行者としての扱いをお願い致します。」
僕は、座ったまま頭を下げる。
「彼は落ち人ですので、自由意志尊重の元、政治利用などの接触が発覚した場合には中央会議にて処罰されることをご留意下さいますよう、お願い申し上げます。」
その後も、僕には理解しきれないような事柄が10分程続いた後、
「吹雪君が問題を起こした時は、俺が責任持って対応するねー。危険地域へ行く時は、シノハラが護衛につくので安心してねー」
良さんの発言に、静かに話を聴いていた面々が少しざわつく。
「シノハラ殿が、了承されたのですか!?」
信じられないといったような口調で質問があがる。
「そーだよー。なんか吹雪君のこと気に入ったみたいでさー」
「なんと・・・」
「シノハラ殿が・・・」
「本当にねー。良ちゃんも吃驚だよー」
周りの驚き加減に、僕も驚かされる。
「あのシノハラ殿が・・・」
「人に興味を持つなんて・・・しかも、こんな子供に・・・」
それまでも興味深々といった視線だったのに、珍獣を見るような視線が加わった。
シノハラさん、一体皆にどんな人だと思われているんだろう。
戦闘面では、規格外。
気まぐれで自由気ままな人柄だと城内では噂されていた。
「まー、これで安全は確保できたってわけで。吹雪君と、個人的に話してみたい人も多いだろうけど、一度に話しかけたら彼が混乱しちゃうから今日は遠慮してあげてね。そっちへ遊びにいった時に個別によろしくだよー。この後は、軽い食事を用意してあるから適当に寛いで解散してちょーだい、以上!」
良さんは、肩に置いていた手を僕の頭に移動して髪の毛をくしゃくしゃにする。乱れるほど長くもないので問題はない。
「さー、吹雪君は、お待ちかね。お嬢様に会いに行こうかー」
良さんに、促されて立ち上がる。僕は、こちらを見ている人々に向かってお辞儀をして出て行く良さんの後を追った。
「吹雪君、おつかれ」
「お疲れ様です。っていっても座っていただけなんですけど・・・」
誰もいない長い廊下を良さんと一緒に歩いている。
「それで充分だよ。打てる釘は刺しておいたけど、何かあればすぐ俺か、甲斐に言うんだよ?」
「はい。ありがとうございます」
「捜索についての詳しい話は城に戻ってからにするから、とりあえずは、ラズリィーに会いに行こう。友達になったんだって?」
「はい。マキちゃんに聞いたんですか?」
「そうそう。蒼記君も一緒だったってプリプリしてたわ」
楽しそうに良さんが笑う。
中院公爵家が、危険っていう話はどこにいったんだろう。良さんは、面白がっているようだ。本当は、単なる噂でしかないのだろうか?そんな事を考えていると、
「蒼記君は、理性的な方だから、敵認定されなきゃ大丈夫だけど、他の中院家の者にはあまり接触しないようにね。なんせ、目が合うだけで殴る蹴るしてくるからね」
アハハと笑う。
笑い事ではないと思う。元魔王を目が合うだけで殴る蹴るってどういう精神構造してるんだろう。恐ろしい。
良さんが、一つの扉の前で立ち止まってノックする。
「良ちゃんだよー。入ってもいいかなー?」
暫くすると、扉が開いて中から、蒼記さんが顔を出した。
「どうぞ。ラズは、横になってるから静かにね」
「おじゃまー」
「おじゃまします」
今日の蒼記さんは、髪の毛を右側によせる感じに緩く三つ編みにしてリボンで結んでいる。服装は、先程の会議室の時に、良さんの傍らに立っていた魔族男性と同じような白いシャツにシンプルなシルエットの黒いパンツに、儀礼的なものだろう、黒いマントを羽織っていた。腰には小さな短剣が添えられている。来賓の人々の中にはドレス姿の女性も多々いたのに、彼女はいつでもシンプルな服装だ。
それでも、今日見たどの女性よりも綺麗だ・・・
僕は、しばし見とれてしまう。
全く未熟な隠すこともしていない僕の視線など彼女は気にも留めていないようだ。きっと、彼女にとってはよくあることなのだろう。
部屋に入ると奥のソファに、横になっていたラズリィーさんが身体を起こすのが見えた。
「真王陛下、吹雪さん・・・来てくださったのね」
「横になっていていいよ、疲れたでしょ?」
「ラズ、起きてはいけないよ」
良さんと蒼記さんに言われて、彼女は再び横になる。
神事の時に来ていた白いギリシャ風の布を重ねたようなドレスに桜色のひざ掛けが掛けられている。
彼女の顔色は、以前よりも明らかに白く、疲れている様子なのがわかる。
僕は、神事の様子を思い出す。
広い祭壇前で、ラズリィーさんが跪き、聞きなれない、けれど優しい曲を歌う。自動翻訳が有効でも尚、意味する所を理解できなかったのは、神様への詩だったからだろうか?
ゆっくりゆっくりと歌い上げるのにあわせて、足元から生命が引き摺り出されるような間隔があって、座って聴いていたはずの僕は、意識を失いかけそうだった。
もう倒れてしまうのでは、と限界を感じた時、パンッと背中から叩かれたような感覚がして、周囲が、世界そのものの空気が変化したのを感じた。
理屈ではなく本能で、
『今、春になった』
と理解した。一瞬で世界の大地に芽吹きを感じのだ。
今、目の前のラズリィーさんを見て僕は、一つ確認したい事を言葉にする。
「良さん、もしかして巫女姫様は、儀式の度に寿命を縮めているのではないですか?」




