迷宮4階
「ここまで、ありがとうな。お前たち」
僕は、柴犬達の頭を撫でてから、階段を降りて行く。
1~2階への階段と似たような螺旋状になっている通路をゆっくりと降りながら、ふと上を振り返ると、そこには柴犬達の姿があった。
「お前たち・・・階層移動できるのか・・・・って!ついてきちゃ駄目だよ?」
僕は、吃驚して立ち止まってしまった。
迷宮のモンスターが自由に移動できるとなると、これより深い階層は混沌状態なのではないだろうか。勿論、弱い固体は、強いモンスターの餌食になるのだろうけれど、一度に数種のモンスターに襲われたら対応するのが大変だろう。
ああ・・・だから、3階までだった?
僕は、シノハラさんの選択の理由を理解する。恐らく、間違っていないのだろう。
「お前たちがついてきても、僕には飼ってあげられないよ?それに・・・」
この先には、シノハラさんが待っている。
モンスターを連れて行ったら、笑って追い払ってくれるならまだいい、最悪、殺されてしまう。
「お願いだから・・・戻りな!そこでおすわり!まて!」
僕は、犬達が階段途中に座ったのを確認しながらゆっくりと降りて行く。姿が見えなくなっても、時々、ついてきていないか振り返りながら進んだ。そして4階へ辿り着いた。そこには、凄惨な光景が広がっていた。
3階と同じような森林地帯、生えている樹木の種類が南国風に変わったくらいの景色なのだが、見渡す限り、足の踏み場もない程にモンスターの死体で埋まっていた。
「お、やっと来たな」
その光景を作り出した張本人であろう人物は、自分の身の丈よりも大きい白虎と思われるモンスターを無造作に放り投げる。ピクリとも動かないそれはすでに死んでいるのだろう。シノハラさんは、別れた時のままの姿で、傷一つもなければ、返り血も浴びていない。周囲の死体を見ても、血を流しているどころか、傷を負っているようなものがない。一撃で仕留められた様子が窺えた。僕の方は、転んだり服を溶かされたりで、あちこちに小さな擦り傷がたくさんある。
これが、規格外・・・
僕は、自分の選択が間違っていなかったことに安堵する。柴犬たちを置いてきてよかった。
「おまたせしました!」
僕は、小走りにシノハラさんに近寄る。
「おう、なんだ5匹も連れてきたのか」
シノハラさんのセリフに、僕は後ろを振り返る。そこには、階段を下りてきたばかりの柴犬たちの姿があった。
「ついてきちゃ駄目だって言っただろ!・・・あっ、シノハラさん。ちゃんと追い返すのでこいつらは殺さないで下さいっ」
ほとんど懇願に近い声を上げた。
「うん?お前の犬だろ?」
どうして殺すんだ?とシノハラさんが首をかしげる。
「え・・・途中からついてきちゃって・・・すみません」
「あやまることはない。まぁ、城に犬小屋あるのか知らないから、そこは真王と交渉すればいいんじゃないか?ほら、こっちこい、顔見せろ」
シノハラさんが、柴犬たちを手招いてそれぞれを観察している。
どうやら、殺されたりはしないようでホッとする。連れて帰っていいのかは、大いに疑問が残る所だが、良さんが駄目だといえばどうにかして3階へ戻しに来るしかない。
本来、色んな意味で迷惑をかけている居候の身で、ペットを飼いたいなどと言えるはずもないのだけれど、シノハラさんが当然のように連れて帰る前提で話をしているので当面従うことにした。本音を言えば、助けてもらったし、可愛いから一緒に入れれば嬉しい。
「これは見事にバラバラなのを捕まえたもんだな」
シノハラさんが、1匹の頭を撫でながら感心したように言う。
「え?同じ柴犬っぽいやつに見えますけど?」
「こいつらは、所謂属性獣でな。見た目が同じでも、それぞれの得意分野が違うんだよ。火・水・土・風・光」
1匹ずつ指差しながら属性を告げていく。
「とくに、光なんかは珍しいな」
「ワォン」
光といわれた柴犬が誇らしげに吠える。
「こいつらは、ある一定以上の属性値を持ってる主人にしか従わない。お前は合格したってわけだ。逆に、全く属性値や、能力を持っていない灰の民族とかだと食料にされちまうけどな」
「それ危ないじゃないですかっ」
「お前は、極端に氷があるし、ご覧の通り、他の属性値も一定以上だから平気だよ。灰の民族は、物理攻撃に関しては突出してるし、早々食べられることはないしな。さ、腹減ったし帰るか」
シノハラさんが、スタスタと歩きだす。
降りてきた階段横で見えない何かを操作するような仕種をしている。マンション入り口の部屋番号を押す機械を見ているような動きだ。手元に何かあるように見えないので僕にはよくわからなかった。
「ああ」
僕の不思議そうな顔を見て、シノハラさんが教えてくれる。
「ここの脱出用ゲートの呼び出しだ。本来は、5階層ごとに転移陣があるんだけどな、ちょっとした裏技だ。俺は腹が減ったから、これで戻るけど、吹雪が5階から戻りたいなら好きにしていいぞ?」
「いえっここで一緒に帰りますっ」
あんな白虎がいる場所に置いていかれてはたまらない。
しばらくすると、少し離れた所に、入って来た時にみた魔方陣のような光の輪が地面に浮かび上がってくる。シノハラさんと僕、そして犬達はその中に入っていった。
外は、すでに日が沈んでいた。城に戻ると、良さんが忙しそうにしていた。
明日の春の祭典の関係で、ここ連日そんな感じなので最後の調整をしているのだろう。戻ってきた僕たちを見て、
「おかえりー。ご飯、吹雪君の部屋に運ばせるからそっちで食べてくれる?その子たちは・・・後で甲斐に行かせるから任せる」
それだけ言って去っていった。すぐに迷宮に戻してこいと言われなかったのでホッとする。
僕は、食事が来るまでに、と部屋のお風呂に入ることにした。
服を脱ぐと思ったよりも擦り傷が多くてお湯が染みた。
お風呂から上がると、食事がすでに到着していた。僕とシノハラさんの分、そして柴犬たちの分もあった。シノハラさんは、料理が並べられたテーブルの前のソファに座っていた。
「おう、あがったか。これ、真王から、そいつらにって」
テーブルの端を指差す。
そこには、色違いの首輪が5個置いてあった。




