迷宮3階 1
僕は、迷宮3階へと続く階段を下りる途中で、段差に座っている。
1階から2階への階段は、螺旋階段を数回グルグル下りるだけだったのだが、今回は様子が違ったからだ。
少し降りると真っ直ぐな通路があり、また階段、そして通路、階段、通路・・・
段数は少ないが、方向感覚が狂いそうなほどに移動させられている。元々、地図がないので方向どころか、1階に戻る道にも自信がない。
「ゲームだと、オートマッピングだったりするからなあ・・・」
夏季合宿などで、フィールドワークをした経験も、夏は引きこもりだった僕にはない。地図に関してある知識は、『北が上』くらいなもので、そもそも異世界でそれが通用するのかも疑問だ。かといって休憩ばかりしていても空腹と時間はまってくれないので進むことにする。その後も、数回降りては進むを繰り返して3階に到着した。
「天井・・・どこ?」
僕は、空を見上げる。
3階は、簡潔にいうなら森林だった。
足元の土、草、生い茂る木々、そして高い木の上にあるべき天井が目視出来ず、壁らしきものもない。
いきなり、森の中に放り出された状態だ。後ろをみると一際大きな木の洞があってその中に降りてきた階段が見える。かといって、あれだけ移動させられたのだから、純粋にこの大木の真上が2階だとは思えなかった。
「進もうにも・・これ、同じ所グルグルさせられそうだなぁ」
舗装されていない森の中は、どこを歩いたのか来た道さえも見失いそうだ。
僕は、注意深く周囲を見回すと、正面奥の木に、何か看板のようなものがあるのに気がついた。近付いて確認してみる。
『注意
左:獣系モンスターが多くでます
真ん中:最短距離、ただし危険
右:植物系モンスターが多く出ます』
1階入り口にあったような警告文だった。
「親切なのか・・?ついでに見取り図も欲しかった・・・」
そういえば、そもそも、この迷宮は何の為にあるのだろう?
入り口のゲートで任意の階に移動できるようだったし、全くの未開の地ではないようだ。
修練用の訓練施設なのか、本当に自然に出来た迷宮なのか。
前者なら、命の危険があれば誰かが助けに来てくれそうな気もするが、純粋な迷宮で、攻略途中な段階だと、このような低層に冒険者や探索者はほぼいないと思った方がいいだろう。
警告文を、見て自分がどちらに行くべきが考える。
「どう考えても、真ん中は無理だよね」
早く到達したいが、わざわざ危険に飛び込む度胸はない。
なら、右かな?植物系って書いてあるし・・・
多く出ます、という表現である以上は、右は植物系モンスターが多く出現しやすいが、獣系モンスターもそれなりに出現すると思っておいたほうが良いだろう。獣なのだから、移動するし襲ってくると考えなければならない。出来るだけ遭遇したくはない。
僕は、槍を強く握って森の右側へと歩き出した。
「ちょ・・・こんな数出るとか看板っ書いといてよっ」
僕は、今、全力で森を駆け抜けている。
なぜなら、5匹の柴犬に追いかけられているからだ。多分、本当は柴犬じゃないけれど、茶色い毛並みと愛らしい表情が柴犬によく似ているから便宜上、柴犬と呼ぶことにした。
森を右側に進んでいると、木陰から1匹顔を出し、その柴犬と見まごう姿に、モンスターなのか躊躇している間に遠吠えであれよという間に5匹まで増えたのだ。そして、近付いてこようとしたので、慌てて逃げ出した、というわけだ。
「も・・・無理・・・犬の方が足速いに決まって・・っうわっ・・・」
足元に飛び掛られそうになって思わず横に身体をひねって立ち止まる。
これは・・・駄目元で・・・多少噛まれるのを覚悟の上で戦うしかないのか・・・
僕は、槍を構える。柴犬達も、立ち止まって僕を取り囲んでこちらを見ている。
どうする?こちらからいくか?飛び掛ってきたヤツを槍で迎撃するべき!?
僕が、躊躇っていると、3匹が一斉にこちらに向かってくるのが見えた。僕は、思わず
「おすわりっ」
と叫んで槍を左右に振り回した。途端、柴犬達の動きが止まる。いや、止まっただけでなく、チョコンとおすわりしたのだ。それも、5匹すべてが。
「え?」
僕は、動揺しながらも、
「伏せ!」
ザッっと柴犬達は訓練されたように足並みを揃えて伏せをする。
「お・・・おすわり・・・?」
スッっと身を起こして座る。
「え・・・?これ・・・本当に犬だった・・・?」
犬か犬じゃないかはともかく、すぐに襲ってくる様子はなかったので、僕はホッと胸を撫で下ろす。
襲ってこないのなら、先に進ませてもらいたい。
僕は、少しずつ、距離をとっていく。走って逃げるとまた追いかけて来そうだったからだ。
柴犬達は、おすわりをしたまま、こちらをジッと見つめている。
「まて・・・まてだからね?」
僕は、そういいながら犬達から見えない場所まで離れることに成功した。
しばらく、後ろを振り返りながら進んでいたが追いかけてくる様子はなかった。
そこから10分程進んだ先に、拓けた場所があった。
近所にある小さな市民公園くらいの広さの草原だ。そこには、2階にいたファイヤーフラワー(と僕は呼ぶことにした)が数匹咲いていた。10にも満たない数なので、僕は、近いヤツから倒していく。
どうやら、仲間意識があるらしく、隣接した固体が攻撃されると火を吐いてくることがわかった。なので、固まっている場所では伸ばして一気に倒していく。
「ふぅ・・・広い場所だと、コイツは怖くないな」
僕は、魔石を拾って先に進む。
再び、森の中を進んでいると、木陰からキノコが顔を出した。
ピョンッっと前方を弾むように進んでいる。その跳躍力は、1メートルはあるだろう、ただし、姿はキノコだった。よくありがちな、漫画で描かれているキノコというよりは、エリンギと表現するのが正解だろう。白い身体に、茶色い平べったい傘。ただし、大きさは50センチほどあるようにみえる。
そのキノコがピョンピョンと跳ねているのだ。
「なにあれ・・・ファンタジー・・・」
どうやら、キノコはこちらに気がついてないようだ。何をしているのかと様子を窺っていると、木の上から、リスのような尻尾のふさふさした可愛らしい獣が姿を現した。リスは、木の上からキノコをしばらく見ていたが、キノコが跳ねるだけなのを確認するとヒラリと飛び降り、ガブリと噛み付いた。
途端、キノコから茶色の胞子らしきものがブワッっと拡散される。噛み付いていたリスは直撃を受け土の上に力なく横たわった。
あれは・・・毒!?
僕は、胞子を吸い込まないように距離を取りつつ様子を窺う。どうやら、リスは死んではいないようで、微かに動いている。
即死毒ではない毒か・・・麻痺させる胞子・・・なのか?
逃げ出せないでいるリスにキノコが覆いかぶさり、触れた場所からリスを溶かしていくのが見えた。口がないので、溶かして吸収する、ということなのだろうか。
あのキノコは危険だな・・・早くこの場を離れよう・・と、一歩踏み出した時、足元から茶色い胞子が吐き出されたのが見えた。足元に、いつの間にか違うキノコが来ていたのだ。
う・・・・気持ち悪い・・・
僕は、急激な虚脱感に襲われて膝を突いた。
足元では、キノコが嬉しそうに高く飛び跳ねるのが見えた。




