聖剣ムーンライト
「聖剣?」
リアの言葉に、広志さんは不思議そうな顔をした。
僕は、聖剣という言葉に、どこかで聞いたなと記憶を辿るが直ぐには思い出せない。リアが、反応の鈍い広志さんに向かって強い口調で剣の名前を口にする。
「持ってるでしょ!聖剣ムーンライトよ!」
広志さんは、未だにピンとこないようで、うーんと唸っている。
「ねえ、アレじゃない?宝物庫にあった月光石で出来た剣」
「ああ!親父に押し付けられたアレか!」
椎名さんがきっかけで思い出したらしい広志さんが、どこからか一振りの剣を取り出した。押し付けられたという言葉の通り、受け取ってそのまま空間収納に入れっぱなしにしていたのだろう。リアは、大きなため息をついた。
「あのねえ、神代遺産の宝石武器なのよ?もう少し大事にしなさいよ」
どうやら、広志さんが押し付けられた剣は、魔剣クリスタルシュガーと同じ種類の物のようだ。鞘で刀身が見えないが、恐らく宝石、名称通りならムーンストーンが使用されているのだろう。広志さんは、リアの言葉を聞いても興味がないようで、うーん、と唸っている。
「神代遺産の宝石武器シリーズといえば、3領地共通の大秘宝ですよね?世界に7つしかないっていう」
「へえ、7つしかないんだ」
ラズリィーの言葉に、自分が貸し出された魔剣クリスタルシュガーを無事返却出来てよかった、と改めて安堵した。
「特にソレは、生命を司る神が、輪廻を司る神の為に特別に創造されたものなのよ!他の宝石武器とは格が違うんだからね!」
リアの口から、次々と恐ろしい情報が飛び出してくる。
神様が神様の為に創った剣。
それだけでも、何か凄い力が秘められているような気がする。隣にいるラズリィーも、大きな目がこぼれそうになっているので驚いているのだろう。マキちゃんと、サニヤは会話に興味ないのか足元の土で遊び始めている、相変わらずのマイペースだ。
「攻撃力がとても高いの?」
椎名さんは、武器としての価値に何かを見出したらしい。実際に剣を持っている本人は心底嫌そうに眉間に皺を寄せている。
「そんな会った事もない神のこといわれてもな」
「これだから、ヒヨコ頭は・・・」
リアが毒舌を吐く。
今のヒヨコ頭って、見た目のことじゃないよね?鳥頭、つまり、バカって言ってるんだよね?
サニヤに比べてハッキリと物を話すリアだけれど、普段はここまで毒付かない。しかし、言われた本人は、気付いているのかいないのか、何事もなかったように剣をユラユラ振りながら、
「で?コレに何か用なの?」
と、僕の腕の中のリアに聞いた。
「それを使えば、19階層のモンスターを一時的に消去できるわよ。明日には復活するけど」
「え?」
「消去?」
僕とラズリィーが、驚く。
1階層丸々となると、かなり広範囲に効果が出ることがわかる。王城を中心に城下町すべてくらいの広さはあるのではないだろうか?
「よく、わからないわ?全部、一振りで消去されるの?」
「そうよ。それなら、ご主人様も安心して下に降りられるでしょ?」
椎名さんの疑問にリアが誇らしげに答える。
どうやら、僕が先に進む事に躊躇していたから口を挟むことにしたらしい。抱きかかえたリアの耳にそっと顔を近づけて小さな声で聞く。
「もしかして、お腹空いてきた?」
リアは、小さくコクリと頷いた。
マキちゃんとサニヤの方を改めて見てみると、あちらも空腹を紛らわせる為の土遊びだったようだ。
腕時計を確認すると、午後4時を過ぎていた。いつもなら、オヤツを食べるのにそれもなく午後からイキオイでここまで来たのだから、食欲組が疲弊するのも仕方がないだろう。
「やり方がわからないから無理だぞ?」
「教えるわよ!あんぽんたん!」
「んー?なら頼むわー」
直接的な罵声を浴びせられたにもかかわらず広志さんは暢気に笑っている。
これは、大人対応なのか?それとも、バカにされたことに気付いていないのか?
僕は、広志さんという人が未だによくわからない。
見た目は、良さんとほぼ同じで、正統派王子様らしい容姿なのに、寝起きが物凄く悪くて、基本的には明るくサッパリしているけれど、戦闘能力もそこそこありそう。しかし、どこか残念。好意的に表現するなら裏表のない人、つまり、単純バカともいえる。けれど、暢気な笑顔を見るとバカなことをしても許せる気持ちになる。
こういうのも一種のカリスマなのだろうか?
取り合えず、空腹組の限界も近そうだし、ラズリィーも暗くなるまでに中院公爵領へ送らなければならないのでリアに従ってサクッと19階層を突破することにした。
広志さんを先頭に19階層へ降りると、まだ此方に気付いていないステルトンがフラフラと彷徨っているのが見えた。
「鞘から抜いて構えて。私が発動補助するから」
リアが、僕の腕からピョンと降りて広志さんの足元に行き、靴の上に手を置いた。
広志さんは言われるがまま、鞘から刀身を出す。
聖剣ムーンライト。
乳白色の白い刀身は、その名に相応しく清浄な空気を放つ。僕が、イメージで作り上げて補助アイテムに付与した神聖系よりも強い力を感じる。正しい聖なる力というものを目や肌で感じて自分の知識の浅さに気付く。このまま本気で迷宮攻略をしていくと、いずれ付け焼刃の能力では火力不測になるだろう。正しい知識が必要だ。そう確信した。
広志さんの足元でリアが白い毛をブワッと逆立てながら声を出す。
「私の力を感じるでしょ?それをそのまま全身へ広げなさい。そう、そのまま」
「こう・・・か?」
広志さんの身体が足元から徐々に発光していく。明るいのに不思議と眩しくはなかった。
「聖力・・・」
ラズリィーの呟きが聞こえる。
成程、あれが聖力なのか。
松田さんの土や、実篤さんの風のように視覚化すると聖力はあのような輝きになるようだ。
魔族なのに、聖力を持つ王子。
その不思議な存在から放たれる清浄な光に暫し見とれる。
「それでいいわ。そのまま、この階層すべてを包み込むイメージで剣を上へ掲げるのよ」
広志さんがリアの言葉のままに剣を高く掲げると、剣が銀の粉を散すのような輝きを放った。
「よく出来ました」
リアの満足気な声で、周囲を見渡すと、遠くに見えていたステルトンが確かに消滅していた。
聖剣ムーンライト。
神が創ったその剣が凄いのか、魔族なのに聖力を使う広志さんが凄いのか。20階層へと駆け足で進みながら、その効果を実感して、僕は強く自分に足りないのは経験だけでは無いことを胸に刻んだ。