ねえ!ちょっと!そこのヒヨコ!
「本当に進むんですか?」
言葉に若干の棘を含みつつ、椎名さんに聞いた。
「そうだけど?」
何故、そんな当たり前のことを聞くのかと言うように首を傾げる椎名さんに、目前の19階層への階段を指差して叫ぶ。
「19階層は、死霊系ですよ!?」
迷宮19階層は、死霊系、主にスケルトンが出現する。それは、これまでの通過階層の血肉の通ったモンスターに比べて特別脅威な存在ではなかった。神聖系というわかりやすい弱点があるし、身体強化の能力を行使すれば素手でも簡単に倒せる。難点があるとすれば出現数だろうが、今日は椎名さんやマキちゃん、広志さんもいるので踏破することは容易であることは簡単に想像できた。
それでも、僕が反対した理由は、1つ。
ラズリィーがいるからだ。
獣系モンスターの血肉も、出来るだけ見せたくなかったのに、止める間もない程の勢いで進んできたことも、苛立ちの理由でもある。椎名さんも女性だけど、そこはもう心配の必要は感じていない。ここまで到達するのに一番活躍したのが、彼女だからだ。次点でマキちゃん、僕と広志さんは2人のおこぼれを処理していくだけでサクサクと前進してきた。サニヤとリアもいるけれど、2人でラズリィーを守ってもらうようにお願いしている。基本、原始種族は、個人的に攻撃をすることはしないらしいが、ご主人様のお願いであれば護衛程度はやってくれる。今回のような場合は非常に助かる。
「ナニか、問題なのか?」
マキちゃんも、不思議そうな口調で言いながら前足で顔を洗い出す。
女の子を連れて死霊が彷徨う場所に行こうと思えることの方が、僕からすれば不思議で仕方がないのだが、椎名さんとマキちゃんは本気でわかっていない様子だ。そこへ、広志さんが救いの言葉をかけてくれる。
「あー、椎名、笈川君って『落ち人』なんだろ?」
「そうね」
「向こうの女の子って、死霊系は苦手な人が多いから心配してるんじゃないのか?」
「・・・ああ!向こうではあまり見かけないものね、骨とか」
椎名さんが、合点がいったというように、ポンと手を叩く。
あまり見かけないということは、地球にも数は少なくとも死霊系が存在すること示している。あまり知りたくなかった新知識に少しだけ眉をひそめる。
「男子でも、好きな人はあまりいないと思いますよ?」
ゲーム上で戦うことは出来ても現実に出てきたら怖い。
僕が19階層で初めて骨に遭遇した時に平気だったのは、そこにたどり着くまでに危険を何度も体験して、覚えたての能力でガムシャラに戦うことに気を取られていて感情的に少し麻痺していたせいだと思う。
「そんなものですか?」
一連のやり取りを少し離れた場所で聞いていたラズリィーが不思議そうに聞いてくる。
どうやら、この世界の女性は、死霊系への忌避感が薄いのは事実のようだ。
「ラズさんは、平気なの?この下は骨が一杯だよ?」
「うーん、怖くはないけど、たくさんいるのはイヤかな?カタカタ煩いし」
嫌がるポイントが、思っていたのとかなり違っていた。
確かに、肉のまったくないスケルトンはカタカタ煩い。
「まあ、迷宮のスケルトンは、純粋にモンスターで、地球でいうような怨霊とは違うからな。人の憎しみの塊だと、さすがに俺でも気持ち悪いし」
「確かに」
広志さんの言葉に椎名さんも同意する。
迷宮のスケルトンは、単純に骨の姿をしているだけのモンスターで、悪霊の類ではないのか。物凄い数の獣系モンスターを蹴散らしてきた椎名さんが同意する程ならば、憎しみの塊には本当に遭遇したくない。
実際にどんなモノかわからないけれど、人の憎悪は、目に見えなくても気持ちが良いモノではないだろう。
「マキも、カタカタ煩いのは嫌い!」
マキちゃんは、器用に両手で耳を塞いだ。
「つまり?煩くなければいいの?出来れば20階層まで行って帰りたいわ」
「そうだな」
「それはそうですけど」
椎名さんの言わんとすることは理解出来る。
ここで戻ったら、ラズリィーは、次回最大で15階層からのスタートになる。折角18階層まで来たのだから20階層まで頑張りたい。自分ならそう思う。
でも、ラズリィーに本当に必要かと聞かれると多少の疑問はある。
冬の巫女姫である彼女は、基本的に庇護対象で、迷宮に来る理由が存在しないからだ。
むしろ、5階層くらいまでならまだしも、こんな深さまで連れて来たことを蒼記さんに知られたら怒られそうな気がする。僕だって、本意ではない。
ここは、出来るだけ速やかに19階層を走り抜けるのが最善だろうか、と考えていたら、足元からリアの声が聞こえた。
「ねえ!ちょっと!そこのヒヨコ!」
「うわっしゃべった!?」
広志さんが、リアに驚いて半歩くらい下がった。
「あら?話せるのね?」
「まあ!」
「オマエも、マキみたいなヤツ?」
他の面々もそれぞれ不思議そうな顔でリアを見つめる。
そういえば、リアにはずっと黙ってもらっていたので、このメンバーの中では僕とサニヤしかリアが原始種族であることを知らないままだった。
「ヒヨコ?」
リアの視線は、真っ直ぐに広志さんを見上げている。
メンバーの中では唯一、良さんと同じ金髪だ。
だから、ヒヨコ?ヒヨコって金じゃなくて黄色じゃないかな?というツッコミと、「良ちゃんさん」といい、リアは基本的に強気な物言いでハラハラさせられる。
僕は、リアを抱き上げて代りに謝罪しておく。
「リアが失礼なことを言ってすみません」
「いや、多分、髪の色だろ?それより、そいつ、犬じゃないの?」
広志さんは、気分を害している風ではなかった。そんなことよりも、急に話し出したことの方が気になるようだ。
「えっと、ここにいるメンバーだけの秘密にしてもらえますか?」
良さんに、どこまでリアのことを言っていいのか聞いていないから判断が難しいけれど、実際に話すところを見られてしまったし、良い言い訳も見つからないので正直に話すことにする。全員が頷いたことを確認してから、出来るだけ簡潔に話す。
「リアは、犬ではないです。原始種族で、擬態中です」
暫く誰も何も話さなかった。
原始種族が目の前にいることに驚いているのだろう。サニヤだけでも、非常に驚かれるのだから、覚悟はしていた。
「それでかー!」
一番最初に復活したのは、広志さんだった。
つられるようにして椎名さんとマキちゃんも、
「どうりで子犬なのにお行儀がいいわけね」
「マキの仲間じゃないのかー。ザンネンッ」
と、緊張感のない言葉をこぼす。
「そりゃー、親父が俺や椎名をつけるワケだ。そのコも笈川君がご主人様なんだろ?」
広志さんは、屈託のない笑顔で、聞いてくる。嘘をついても仕方がないので僕は頷く。
「やー、納得納得。他所には言えない訳だ」
「そうねえ」
深く頷きあう姉弟の横で、ラズリィーが、小さな声で、
「ヤダ、私、沢山抱っこしてナデナデしちゃったっ不敬かしらっ」
となにやら落ち込んでいる。
可愛い子犬だと思ってナデナデしてしまったことがショックだったようだ。
別に、リア本人から苦情はなかったので気にする必要はないよ、と伝えようとしたら腕の中でリアが叫んだ。
「もーぅ!私の事なんかどうでもいいわよ!それより、骨が気になって進めないんでしょ?ヒヨコ!あんたのアレ出しなさいよ!」
「アレ?」
言われた広志さん本人も不思議そうに首を傾げる。
「アレよ!持ってるでしょ!聖剣!」