食堂にて 3
蒼記さんに良い様に弄ばれてしまったけれど、気を取り直して食堂へ入る。
室内を見回すと出てくる前よりは、明らかに人口密度が減っていた。
壁際の席に、皆が集まって座っているのがすぐにわかった。
ラズリィーが、僕達に気付くと立ち上がって近寄ってきた。
「蒼記様、ふぶきさん、ありがとうございます」
「お待たせ」
ワゴンの上の皿をラズリィーと一緒にテーブルに並べる。
蒼記さんは、早々に席に座ってしまった。
貴族だからなのか、2人の関係性の問題なのか、基本的にラズリィーが給仕をすることになっているようだ。すべての皿を運んでワゴンを隅に置くと僕も席に座る。
隣はサニヤで、正面に何故か、ヒロシさんが座っていた。
椎名さんがお盆片手に立ち上がった。
「笈川君は、飲み物、お茶?それともジュースがいい?」
「あ、お茶でお願いします」
「はーい。ヒロシは・・・、珈琲持ってくるわね?」
椎名さんは、心ここにあらずといった風にじっと座っているヒロシさんの後頭部に軽くキスをしてお茶を取りにいった。
兄弟仲は良さそうだ。
余りに聖力を持つ王子の反応がないので、こちらから声をかけてみる。
「あの、僕、この城内でお世話になってる笈川 吹雪っていいます。よろしくお願いします」
座ったままでペコリと頭を下げて反応を窺うが、無反応。
聞いているのかすらわからない。
今までにないタイプの人だ。
見た目がほぼ、良さんなので余計に落ち着かない気分になる。
どうしたものか、と思っていたら、蒼記さんがラズリィーに結んだ髪先についている革ヒモを見せて、
「ラズ、コレ、笈川君に貰ったんだ。どう?似合うかな?」
と話しているのが聞こえた。
「まぁ!」
少しだけ驚いた風な声が聞こえる。
ラズリィーの隣で、新しく追加したのだろうケーキのクリームを髭につけたマキちゃんが、
「フブキ、ソウキはオススメしないっていっただろー」
と、燃料を投下してくる。
「そういうんじゃないからね?ご飯食べるのに邪魔そうだから渡しただけだからね!?」
全力で説明させて頂きたい。
蒼記さんは、完全に面白がっているらしく余裕の笑みでこちらを見つめてくる。
「ボクは、他意があってもいいよ?今度デートする約束だものね?」
「まあ!」
いつそんな約束をしたのか!と叫びたい気分なのをグッとこらえる。
動揺したら負けだ。
「そうですね。その時に、この件についてはキッチリお話しましょうか!」
思ったよりも強気な言葉が自分から飛び出してしまった。
「ふふっ。約束だよ?」
「ええっいつのまにお2人はそんなに仲良しに!?」
どこまでも余裕の蒼記さんと、大きな瞳がこぼれそうなくらい驚いているラズリィー。
これは収拾がつくのだろうか、と思っていたら椎名さんが飲み物を持って戻って来た。
「なんだか楽しそうね?」
コトリと、お茶の入ったグラスを僕の前に置いて椎名さんが笑う。
「ありがとうございます。蒼記さんが僕をからかって遊んでいただけですよ」
「そうなの?ほどほどにね?」
椎名さんは、特に気にしている風もなく自分の席についた。
僕の左前方。ヒロシさんの隣だ。
「そういえば、さっき紹介しなかったわね?弟のヒロシよ。広い志と書いて広志」
椎名さんが沈黙している広志さんを紹介してくれた。
どうやら彼女の方が年上だったようだ。
やはり、こちらの人の年齢は見た目ではわからない。
広志さんは、相変わらず無反応だ。
人見知りっぽい中院公爵でさえ、もう少し反応があった。
「こら!いい加減にしなさい。これ飲んで」
椎名さんが、持ってきた珈琲を強引に広志さんの手に握らせる。
彼は、暫くは握ったままじっとしていたけれど、じんわりとカップを持ち上げて口をつけた。
「苦い」
珈琲は、思いのほか苦かったらしく眉間に皺をよせている。
「少しは目が覚めた?」
椎名さんが苦笑しながら肩をポンポンと叩く。
どうやら今まで反応が鈍かったのは寝起きだったからのようだ。彼の部屋がどこにあるのか検討も付かないが食堂まで歩いてきて今まで意識がハッキリしていなかったことから、かなりの寝起きの悪さなことがわかった。
「ん。今朝方戻ってきて、お腹空いたなと思ったから起きてきたんだけど・・・、まだ眠い」
そう言って珈琲の残りを飲み干すと再び眉間に皺をつくる。
「なぁに?寝る為に家に帰ってきただけなの?」
椎名さんが小さなため息をつく。
「いや、親父から戻って来いってメッセージ入ったから」
広志さんの口調はやや不満そうだ。
親父というのは、良さんのことだろう。余り親子仲は良くないのだろうか?
「あら、何かしら?じゃあ、彼女が見つかった訳でもないのね?」
「そうだよ。夏頃に白の方で目撃情報があって、確かに戦闘痕もあったから間違いないと思って捜してたところだったんだよ」
「そう、残念だったわね」
夏頃。
彼女。
戦闘痕。
その言葉で僕が思い出したのは、破壊と破滅の姫である詩織さんのことだ。
もしかして、と思いつつ確認の為に聞いてみることにした。
「あの、その戦闘痕について、平島さんに問い合わせたりはしたんですか?」
「ん?まさか。そりゃ、平島さんに聞けば詳細がわかっただろうけど・・・、借りをつくりたくないし」
広志さんが、苦々しい表情でそう答えた。
広志さんにとっても平島さんは胡散臭いんだな、と内心頷きつつ、それでも悪手だったね、と残念に思った。僕と同じ結論に達したのか、ラズリィーも困ったような表情で座っている。
「えーと・・・、おいかわ・・・だっけ?なんか『落ち人』っぽいけど、蒼記もいるし、何?この集まり?」
半覚醒状態でも、辛うじて僕の苗字を思い出したらしい広志さんが不思議そうにこちらを見る。
「定期的に情報交換に帰宅しないから、そうなるんだよ」
蒼記さんが、バッサリと切り捨てる。
何故だか理由がわからないけれど、やはり広志さんには冷たい。
「そうねえ。素直に父親に助けてって言えばいいのにねえ」
椎名さんも、蒼記さんの言葉を否定はしない。
確かに、せめて半年に一度でも、王城に戻っていれば、僕のことも教えられていただろうし、捜し人が推測通りなら、現在の所在地も簡単にわかったはずだ。
やはり親子仲が悪いのだろうか?
ハッキリしないままで話をすすめるのも嫌だったので、直接的に聞いてみることにした。
「そうです。『落ち人』の笈川 吹雪です。広志さんが捜してた人って、破壊と破滅の姫ですか?」
「知ってるのか!」
僕の予想は当たっていたらしく、広志さんが勢いよく身を乗り出してきた。
「はい。詩織さん、ですよね?あの、きっと良さんのメッセージはそれを伝える為のモノだと思いますよ?」
「親父も知ってるのか!?」
「ええ、現在の居場所もご存知ですよ?あの、そのメッセージは夏の祭典の数日後くらいに届いてたりしてませんか?」
詩織さんに関する連絡ならば、その辺りで連絡をいれたはずだ。
推測は当たっていたみたいで、広志さんは頭を抱えた。
その様子をみて、椎名さんは小さくため息をついて、蒼記さんは、益々冷たい視線を送っている。
「用件もちゃんと教えてくれればっくそっ、親父んところへ行ってくる!あ!笈川君、サンキューな!」
広志さんは、良さんへの恨み言を呟きつつ立ち上がって、最後に僕に最高の笑顔を見せてから食堂を出て行った。その笑顔は、青春映画のヒーローみたいで、晴れ晴れとしていて眩しかった。ちょっと残念な感じだけど、素直で真っ直ぐな性格なのだろう。彼が、一番人気のある王子だというのは、こういう部分のことか、と少しだけ納得した。