食堂にて 2
「笈川君、ラズちゃん、ありがとう。これ、どこに置こうかしら」
何事もなかったかのように椎名さんが僕達に声をかけて料理の並んだテーブルを見回す。
「こちらとあちらを同じ皿にまとめれば置けそうですよ」
「そうね、そうしましょうか」
ラズリィーが声をかけて適度に減っている料理を1つの皿にまとめ始める。
椎名さんの後ろに立っていたヒロシさんは何も言わずにボンヤリとしている。
こちらから何か挨拶をするべきだろうか?
居候だし、こちらの世界は身分にうるさくないとはいえど王族には違いないわけだし、と自己紹介をしようと顔を上げた時、蒼記さんの冷たい声が聞こえた。
「ボーっとしてないで適当に選んで食べたら?」
背筋にゾワリと悪寒が走る。
蒼記さんの表情は、どこまでもクールだ。
嫌悪感や怒りなどのマイナス感情は見受けられない。どこまでもクール。
瞬間的に今のような冷たさを感じることは今までにも何度かあった。
その理由や意味はわからないけれど、マキちゃんが中院一族で一番蒼記さんが怖いというのはこういう部分のことだろうか。
言われた当の本人は、特に気にしている風もなく、
「あー、そうだな」
と、取り皿を取りに壁側へ向かっていった。
挨拶しそこねた僕がぼんやりしていると、
「椎名さん、料理はそれで終わり?」
今までの冷たさが幻だったかと思う程、いつも通りの口調で蒼記さんが椎名さんへ声をかけた。
「まだ、向こうにいくつかあるわ」
「じゃあ、ボクと笈川君が持ってくるね」
「ありがと。じゃあ、今のうちに場所を開けておかないと、ラズちゃん、そっちの皿持ってきてもらえる?サンドイッチの乗ってる、そう、それ」
「これですね」
「笈川君、いくよ?」
あっという間に話が纏まって蒼記さんが1人で食堂の入り口へと歩き始める。
僕は慌ててワゴンを押してその背を追いかけた。
厨房へ戻ると、大皿に乗せられた料理のほかに、小皿に盛り付けられた焼き魚がいくつかあった。
小皿の数を数えてみると、どうやら僕達の分だけ先に取り分けて盛り付けてくれていたようだ。
ワゴンから空になっていた皿を降ろして流し台に入れて、新しい料理を運ぶために乗せる。
この間、ずっと無言だ。
元々、蒼記さんとは気楽に話せるような間柄ではない。いつも彼の方から話しかけられることのほうが多かった。この調子で一緒に迷宮へ行けるのだろうか。
何か適当な話題はないだろうか。
沈黙のまま厨房を出て食堂へ向かう。
僕がワゴンを押しているので蒼記さんが少し前方を歩いている。
ゆるくウエーブのかかった青銀の髪が振動に合わせてふわふわと動く。
「ああ、椎名さんに使ったから」
自分の髪をまとめていたリボンを椎名さんに使ったままなのだ。
「うん?ああ、髪か」
僕の呟きに蒼記さんが反応して軽く髪の毛をもてあそぶ。
「今日はスペアを持ってきてないからね。こうしてると女と間違われるから普段はまとめてるんだけどね」
「え?まとめていても普通に間違われ・・・」
言いかけて何とも表現しようのない悪寒を感じて口を閉じた。
今のは危なかった。
地雷踏むところだったかもしれない。
普段、面白がって僕をからかってくるから気にしていないのだとばかり思っていたけれど、そうでもなかったようだ。
蒼記さんは振り返らずに前を向いたままなので表情はわからない。
自分のうかつな呟きに後悔しつつ食堂へ向かって前進していると、小さなため息と共に蒼記さんが、
「そんなに怯えなくてもいいよ。自分でもわかってるしね。これでも昔は短くしたり色々工夫したんだよ?」
と、ポツリと呟いた。
美しい人には美しい人なりの苦労があるらしい。
蒼記さんは、ただ美しい人のではなく、美少女にしか見えない美しさだから余計にそうなのかもしれない。やはり、本当の性別は男なのだから、男らしさを彼なりに欲しているのかもしれない。
改めてその後姿を見ても、細い手足や肌の色の白さ、貴族だからなのか、綺麗な姿勢の立ち振る舞いから男性的な要素が見出せない。せめて、言葉遣いを荒くしてみてはどうだろうか?と想像してみたけれど、人形のような可憐な美少女顔から『オレ』や『テメエ』みたいな言葉が飛び出しても、無理して強がってるのねー、くらいで流してしまいそうな気がした。
丁寧に落ち着いた口調でバッサリ言われる方が攻撃力はあるだろう。
成程、自分の見た目で一番威圧感が出る言動を、彼なりに計算した上で行動しているのか。
今までに出会ったことのある中院一族の人々が、割と本能のままに動いている感じだったから、少し新鮮に感じた。
ふと、思い出して空間収納から革ひもを取り出した。
以前、迷宮での収穫物を持ち帰る為の袋を買った時にオマケでついていたモノだ。なんとなく捨て切れなくて収納しておいた。
「蒼記さん、これでよければどうですか?」
「うん?いいのかい?」
蒼記さんが振り返って革ひもを見て小首を傾げる。
「どうぞ。そのままだと食事の邪魔になりそうだし」
「そうだね。ありがとう、使わせてもらうよ」
蒼記さんの髪は長めで背中の中程まである。
伸ばしたことがないのでよくわからないけれど、やはり食事をするには邪魔になるだろう。
僕の手から革ひもを受け取って、その場で手早く髪をまとめる。
緩めの三つ編みを左側に寄せて作って先端を革ひもで止めた。
「どう?」
そう言って出来ばえを聞かれて答えに窮する。
それ、余計に女子力が上がってませんか?
「お似合い、です」
出来るだけ平常心で言葉を吐き出した。
椎名さんの髪を結い上げた手腕といい、器用に綺麗に仕上がっている。
ここで少し残念な感じに出来上がれば少年っぽさが出るかもしないのに残念だ。
そんな僕の内心を見透かしたのか、蒼記さんが悪戯を思いついたような顔をして言った。
「ふふっ。ラズに同じこと聞かれた時は、もう少しマシな言葉を選びなよ?あの娘は、ボクが目一杯甘やかしてるから、その程度ではドキドキしてもらえないからね?」
「えっと・・・、がんばり・・・ます?」
僕の答えを聞いて、ますます愉快そうに微笑む。
「へえ?頑張っちゃうんだ?ボクの婚約者相手に?」
「あっ! あ・・・、それはー」
言い淀んだ僕の肩を軽くポンポンっと叩いて、
「皆が待ってる。この話の続きは、今度、迷宮に行った時にしようか?楽しみにしとくね?」
と、本日一番の魅惑的な笑顔でそう言って蒼記さんは食堂へと再び歩き始めた。
相変わらず掴みきれない蒼記さんの言葉に、楽しみには出来ないなあ、と冷や汗を掻きながらワゴンを押す手に力を入れた。