食堂にて 1
椎名さんが蒼記さんの恋人かもしれない。
思い付きでしかないソレが脳内をグルグルと駆け回る。
水着姿で男性だと確認した今でも美少女にしか見えない蒼記さんと、これでもかという程に女性らしい身体付きをしている椎名さんが並んでも恋人らしい雰囲気は感じられない。
勿論、ラズリィーと一緒にいても仲の良さは感じるけれど、恋人同士の甘い空気を感じたことはないけれど、一般に公開出来ない理由があるのだとすれば、2人が恋人同士である可能性もなくはない。
マキちゃんにも、ラズリィーにも、蒼記さんの前で恋人の話題をするなと口止めされたことがあったな、と思い出す。そして、理由があって会えない状態だとも。
今回、普通にフォロワーツ湖に同行したことを考えれば椎名さんと会えないということはないだろう。
僕の考え過ぎだっただろうか?
疑問の解消されないままにサラダ作りをしているうちに考えている余裕がなくなってきた。
サラダ自体は簡単に作れる。
野菜を洗って切ったり千切ったりして盛り付けるだけの簡単な工程だ。
しかし、量が凄まじかった。
良さんの子供達が食べることを思えば、学校1つ分の給食を用意するのと同じようなものだ。昼間に獲ってきた魚が食べきれるのも頷ける。
ラズリィーと2人でそれなりに見栄えのする量のサラダを完成させて椎名さんに指示を仰ぐ。
「サラダだけ先に食堂に運んでもらえる?ついでに空いてる皿があれば下げてきてもらえると助かるわ」
「わかりました」
ラズリィーと一緒に、サラダを配膳用のワゴンに載せて食堂へ向かう。
王族用の食堂に入るのは初めてだったので少し緊張しながら中へ入ると、とても城内とは思えない人口密度だった。パッと見て、10代から20代くらいの若い人が多く感じた。ここにいるのはほとんどが良さんの子供達だろう。マキちゃんや蒼記さんを探して軽く見回したけれど、人が多すぎて見つけられなかった。以前、良さんに公爵達を紹介された食堂と同じくらいの広さだけれど、その内装はまったく違っている。室内の奥、上座になる場所に大きなテーブルが置かれて料理がズラリと並び、壁面には、取り皿やドリンクが置いてる。それ以外は、食事をする為のテーブルが、大小様々な形で配置されていて、まるで学校の学食のような印象を受けた。食事をする人数が多いことを思えば、多少納得出来なくはない。
僕は、人々の邪魔にならないように壁際から慎重にワゴンを押してサラダを置けそうな場所を探す。
いくつか空いてる皿があったのでそれをワゴンの下の段に回収して場所を作っていたら、それまでもザワザワとしていた室内がもっと騒がしくなった。何事だろう、と視線を向けると入り口辺りに王族の子供達が集まり始めていた。
自分には関係がなさそうなので作業を続行してサラダを無事にテーブルへ並べ終わる。
ついでにテーブルに乗っている他の料理をなんとなく眺める。
肉、魚、焼き物、煮物、パンやデザート、色々あってバイキングのようだ。
人数が多いことを考えれば、家族全員が一斉に揃って食事するのを日常的に行うのは難しいだろうから、本当にバイキング形式なのかもしれない。
「サラダも運べたし、厨房へ戻ろうか・・・って、無理そうかな?」
先程の騒ぎは未だに収まっておらず、入り口付近に人が集まりすぎている。
「そうね。どうしたのかしら?」
「なんだろうねえ」
ラズリィーと2人で暫く様子を窺っていると、入り口に人が集中したせいか、蒼記さんが窓際に座っているのが見えた。その隣にはマキちゃんたちもいる。
「ラズさん、あそこに蒼記さんたちがいるよ」
「あら、本当。ふふ、マキさんたらもう食べ初めてるわ」
そう言われてよく見てみると確かに皿にケーキを乗せて食べている。
昼食も食べたのに相変わらずだ。
蒼記さんが僕達の視線に気付いたのか立ち上がって近付いてきた。
「お疲れ様。もう作り終わったの?」
「とりあえずサラダを運んできたんだけど、ちょっと厨房に戻れそうにないかな、って」
そう言って入り口に視線を向けると、蒼記さんも同じ方を見て苦笑した。
「あれか。あれはしばらくどうしようもないかもね」
「何かあったんですか?」
遠目に見る分には、悪い意味の騒ぎではなさそうに見える。
「特別なことでないよ。久しぶりにお兄ちゃんが食堂に顔を出したから喜んでるってところかな?」
「お兄ちゃん・・・」
食堂内で見た王族の子供達の年齢層は確かに若かった。
現魔王である良さんの長男よりは確実に若いだろう。
ラズリィーには、その説明だけで誰かわかったようだ。
「まあ!何年ぶりかしら?」
「うーん、現魔王の即位式以来だから、3年くらいじゃないかな?」
「それは、ご家族に方が喜ばれるのも仕方ありませんね」
蒼記さんとラズリィーのやりとりを聞いていてもよく理解は出来なかった。
えーと、現魔王の即位式からずっと国外に出ていた兄弟に会えて喜んでいる?でいいのかな?
3桁はいる兄弟の誰かが留守にしていても気付かなさそうなものだけれど、特別なお兄さんなのだろうか。
蒼記さんが、僕の困惑を感じ取ったのか教えてくれる。
「笈川君は聞いたことない?現魔王が即位する前、次期国王だと思われていた真王陛下そっくりの王子の話?」
「あー、少しだけ聞いたことあります」
コピーかっていうくらいソックリな息子さんがいるって話だよね?
確か、魔力ではなく聖力を持っている王子だと聞いた。
「ソレが久しぶりに戻って来たから、見ての通りの騒ぎになってるんだよ。兄弟の中では一番人気者だからね」
「へえ」
まあ、人気者でなくても家族に久しぶりに会えれば多少はテンションが上がるのもわからなくはないけれど、入り口から動いてくれないかなあ、と思っていたら。
「貴方達!入り口で固まらない!ヒロシは食事しに来たんでしょ?そこで足止めしたら食べられないでしょう?」
入り口の方から聞いたことのある声が聞こえる。
その声に反応するように、蜘蛛の子を散すように入り口から人がいなくなる。
「流石、椎名お母さんだね」
蒼記さんから面白がっているような呟きが聞こえた。
確かに、椎名さんの一声で皆が動いたけれど、若い女性にお母さんとは、少し失礼な表現ではないだろうか。呆然と見守っていると、椎名さんが料理の載ったワゴンを押しながらこちらへやってきた。その後ろには、先程の騒ぎの主だろう青年が立っていた。
金髪に青い瞳、背格好も確かに良さんに良く似ていた。
違いがあるとすれば、目の前の青年の方が、良さんより若干ではあるが年上に見えることだろうか。
後、身に纏う雰囲気が、少し重く感じた。
それに少し違和感を感じた。
元魔王である魔力を持つ良さんが陽。
聖力を持つ目の前の青年が陰。
持っている能力と性格は関係ないとは思うけれど、目の前の青年が、周囲から次期国王だと思われるような人気者だとは何となく思えなかった。