【雪花】を使って危険度を確かめてみる
秋の祭典が終わった翌日の午後、僕は迷宮へ来ていた。
相棒は、サニヤとリアの2人だ。
属性獣である柴犬たちはお休みしてもらった。
ちなみにサニヤは毎度お馴染みのメイド服。
リアは子犬の姿だ。
どうやら子犬の姿がかなり気に入っているらしく王城に戻っても人型になることはなかった。
正直なところ、その方が僕も気が楽なので助かっている。
考えてみてくれ。
王城に居候している謎の『落ち人』が、属性獣5匹に加えて、原始種族を連れて戻ってきて、その上また1人増やしたら・・・お城の侍女さんたちにどう思われると思う?
同じ増えるなら女性受けのよい子犬の方が良いに決まっている。
実際に僕の部屋付きの侍女のアマリカさんは、リアにすっかりメロメロのようだった。
「本当に、大丈夫?」
僕は少し離れた場所で蟹っぽい甲殻類のモンスター、ワイルドカマーの鋏を即席の焚き火で炙っているサニヤに声をかけた。
「大丈夫よ」
「ご主人様は心配症ね。たかが武器程度で迷宮が壊れたりしないわよ。迷宮の地形を変えたいなら【天地創造】か【迷宮創造】でも使わないと無理よ」
モグモグと蟹を食べることに夢中なサニヤと違って足元からリアが滔々と説明してくれる。
【天地創造】【迷宮創造】
名称だけで聞いたらヤバイとわかることはスルーしておく。
「じゃあ、やってみようかな」
僕が何の確認をしていたのかというと、迷宮で【雪花】を使って最悪、大暴走しても大丈夫なのか、ということだ。
話を聞いているだけでも広範囲殲滅系の威力を持っていると推測できる【雪花】を地上で使って迷惑をかけるわけにはいかない。
その点、よくわからない構造をしている迷宮であれば、最悪、1階層くらい地形が変わっても被害は少ないのではないかと思ったのだ。
そして、ここ25階層は浅瀬と砂浜しかないシンプルな地形だ。
多少、地面に穴が開いたとしても、森林フィールドで木が根こそぎ倒されるよりはマシだと思った。
原始種族からのお墨付きも貰ったことだし、と空間収納から【雪花】を取り出す。
刀身を出してかまえる。
普通に使う分には、問題ないだろう。
今日は、氷属性の能力を付与して【雪花】を使うことが目的だ。
【雪花】の最大火力を知っておく。
予め見つけておいた階層主を目標にする。
補助アイテムを使う時と同様にイメージを固めて可能な限り力強く階層主である大きな貝のモンスターに斬りつけた。
一瞬だけ、確かな手ごたえと痛いほどの冷気が頬を掠めた。
僕は目前の光景を見て眉をしかめた。
「あらあら」
足元からは、リアの暢気な声が聞こえてくる。
「かなり能力強く使ったのねー。さすがご主人様だわ」
周囲のフィールドには大きな変化はなかった。
ただ、階層主だけが巨大な氷の花の中で凍り付いている。
薔薇のような美しい氷の中で階層主が消えていき26階層への階段へ変わっていくのがはっきりと見えた。
何度叩いても斬りつけても火の能力で燃やしてみても倒せなかったのに、たった一撃であっけなく終わってしまった。達成感もなにもあったものではない。
残された氷の花を鞘でコツンと小突いてみると簡単に砕けて消えた。
「なんか、思ってたほど危険じゃなかった」
街ひとつ消す程だと聞いていたのに実際は地味だ。
攻撃力は確かに高いのだろう。
階層主を一撃で倒せるほどなのだから。
これなら、普段から使えるな、とホッとしていると、足元から声がかかる。
「そりゃ、正規の持ち主が正しい使い方をすればそうよ?」
「え?もし持ち主じゃなかったらどうなるの?」
「そもそも、異能相当の魔力がなければ発動さえしないけど。良ちゃんさん程度の基礎保有量があれば・・・そうね、サニヤ、見本見せてあげたら?」
「うんん?」
いきなり話を振られたサニヤが食べかけのワイルドカマー片手に近寄ってくる。
「ご主人様が、他の人が使ったらどうなるか知りたいって。試しに一振りしてあげなさいよ」
「わかったわ。少し借りるね?」
サニヤが手を差し出してきたので【雪花】を渡す。
「いきまーす。えいっ」
サニヤが緊張感のない掛け声と共に手近にいたワイルドカマーに剣先で斬りつけると同時にゴォンという地響きと轟音が辺りに轟いた。思わず耳に手を当てて閉じた目を開けると周囲の景色は一変していた。
狙いをつけていたワイルドカマーが居た場所には底が見えない程の大穴が開いている。
そして、周辺の浅瀬部分はすべて凍りつき、砂浜部分は大きな砂嵐にでも遭遇したのかと思う程にデコボコになってしまっている。
「これが、持ち主じゃない人が使った場合ね。ま、使えなくはないけど、自分で攻撃範囲を制御出来ないから使い勝手が悪いわ」
足元からリアの平然とした声が聞こえてくる。
僕が聞いてきた話というのは、間違った所有者が使ったことによるものなのだったのか、と理解したけれど、だからこそ、余計に自分が2人の『ご主人様』で間違いないことを明確に確信してしまう。
逃げるのはやめようと思ってはいたけれど、現実的な証明までされてしまった。
思い出せないなどと暢気なことを考えてないで、思い出す努力もするべきなのかもしれない。
自分が失っている『ご主人様の記憶』を取り戻せれば、色々な問題が解決できるような気がする。
「ん。返すね」
差し出された【雪花】を受け取るとサニヤはまた食事に戻っていった。
僕は目の前にある底の見えない大穴を覗き込んだ。
この下の階層は、水中フィールドだと聞いているのに、水面は見えないし水音も聞こえない。
迷宮はもしかして無限に下に繋がっているのではなく独立した空間と空間を階段で繋げているだけなのかもしれない、とふと頭を過ぎった。
ゲーム製作ソフトでやるように空間と空間を関連付けすることで連続しているように思わせる。そう考えれば階層毎に環境が極端に変わっても納得出来る。
空間同士のつなげ方がわかれば、普段使っている空間収納も他人と繋げて共有することも可能だったりすると面白いことになりそうだ。
オンラインゲームでのギルド共有倉庫が現実に運用出来る。
フォロワーツ神殿の再調査は近いうちにする予定だ。
その時に書斎で関連書籍を探してみるのもいいかもしれない。
「ご主人様ー。実験が終わったなら次の階層に進むの?」
リアの問いかけを聞いて少し悩む。
「うーん、今日は止めておくよ。プールで水中戦の練習しておきたいし、今帰ればオヤツの時間だよ?」
「はーい!」
「オヤツ!」
サニヤが、オヤツという言葉に反応した。
リアは、不思議にサニヤほど食欲を態度に出さない。
食べる量はほとんど変わらないので必要ではあるらしいけれど、性格の違いだろうか。
次回、25階層に来た時に、サニヤの空けた大穴がどうなっているのか。
その結果によって迷宮の仕組みがまた1つ解明されるだろう。
楽しみだ。
そんなことを考えながら迷宮から脱出することにした。