姫の住む神殿 2
蒼記さんから感じた冷たい視線に一瞬だけ背筋がゾクリとざわつく。
「いつまでも立ち話も何ですから、中へ入りましょう」
「そうだねー。そうしよっか」
蒼記さんはすでに僕に関心を失ったようで良さんへ話しかけいる。
その姿はいつも通りに完璧に美しい。
相変わらずスラリとした細身の体にシンプルな服装だ。
女性らしい可愛らしい服装をしているわけではないのに、美しさだけは今この場所にいる女性陣よりも明らかに上だ。
きっと世界中のほとんどの人が美しいというだろう。
特殊な趣味の人以外は。
ラズリィーも、とても慕っているようだ。
話を聞いているぶんには、男性としてみている様子はない。
そこだけが救いだ。
蒼記さんは謎だ。
あの性別を超越した美しさも謎だけれど、恋人がいるらしいのに先程のような視線を僕に向けてくるのは何故なのだろう。
そもそも、本当に恋人は存在するのだろうか。
本当はラズリィーを引き止めておく言い訳だったりするのだろうか。
もしそうなら僕と蒼記さんは恋敵ということになる。
うーん。
あらゆる面で勝てる気がしない。
身分も財力も、容姿は・・・比べるまでもない。
そんな風にジタバタする僕をからかって遊んでいるのかもしれない。
なんだか少し気持ちが落ち込んできた。
神殿の中は、ホテルのようだった。
いや、正しく表現するならば寄宿舎だろうか?
玄関ホールに入ってすぐに喫茶スペースがあるが、内装はシンプルで共同生活する為に用意されたのだと感じさせる部分が多い。
女性しか住んでいないことを考えれば、女子寮ということになるわけだ。
女子寮。
なんだか魅惑的な言葉だ。
僕の通っていた高校にも遠距離通学者の為の学生寮があったけれど、一度も中を見学したことはなかった。親元を離れて共同生活することに少し憧れを抱いたりもしたけれど、入寮していた友人たちはそう良いものでもないと苦笑していた。
確かに、寮母さんや教師の管理下で生活するのは窮屈な部分もあるだろう。
そんなマイナス点を差し引いても『女性のみ』という部分にはやはり心が惹かれる。
内心ドキドキしながら案内された喫茶スペースに腰を下ろす。
右隣に良さん、左隣にサニヤ、膝の上にリア、そしてテーブルを挟んで正面に蒼記さんが座っている。
ラズリィーと穂積さんは連れ立って飲み物の準備をする為に席を外している。
周囲にほかに人がいないので、ここは完全に来客と面会するスペースで神殿に住む姫たちが普段寛ぐ場所ではないのかもしれない。そんな風に周囲を見回していると良さんと蒼記さんが話を始めた、
「蒼記君って迷宮どこまで潜れたっけ?」
「唐突ですね。王都外れのであれば、50階層ほどでしょうか。もう大分昔の話ですよ?」
「そっかー。いやー、吹雪君がこれから本格的に挑戦することになってるんだけど、どう?時々でいいから手助けしてくれない?」
急な良さんの申し出に、僕は2人の顔を交互に見比べた。
良さんは通常運転、蒼記さんには若干の戸惑いが見受けられた。
「それは、空いてる時であれば構いませんが・・・、何故、そんなことを?」
蒼記さんが訝しがるのも不思議ではない。
僕だって、迷樹の雫のことがなければ、自己鍛錬と生活費確保のためにマイペースに挑戦していくつもりだった。
良さんは、サラリと、
「そこは男の浪漫的なアレじゃないのー?」
と笑ってかわしてしまった。
なので必然的に、蒼記さんが僕の方を見る。
良さんが本当のことを話さなかった以上、僕も話さない方が良いだろうと判断して半ば強引に理由を作り出す。
「暮さんから聞いたんですけど、迷宮には竜がいるんですよね?一度見てみたくて」
「竜・・・、あー、確かにそうらしいね。ボクは小型種しかみたことないけれど、暮さんは大型の古代種をペットにしているらしいね。もしかして、古代種の所まで挑戦するつもりなのかい?」
蒼記さんの表情はもはや戸惑いや困惑を通り越して呆れているようにみえた。
とっさについた言い訳とはいえ、全くの嘘ではないのでそんな表情をされると複雑な気分だ。
「いけるところまでは頑張りたいですね。竜見てみたいじゃないですか」
だって、竜だよ?
異世界ファンタジーやゲームでは定番の存在といえる。
これに全く無反応の日本人男子高校生って存在するのだろうか?
「そんなものなの?まあ、そのくらいなら構いませんよ。笈川君は、動物が好きなの?」
蒼記さんがそう言って僕の膝の上のリアに視線を向ける。
「そうですね。割と好きです。モフモフだし」
言いながらリアのことを撫でてやると、左側に座っているサニヤがプゥと頬を膨らませたのがわかった。
あとでサニヤの頭もナデナデしてあげるから今は耐えて欲しい。
竜をモフモフと同列にしてもよいのかは置いておくとして、気になる存在なのは確かだ。
しかし、良さんは何を思って蒼記さんに迷宮攻略への同伴を求めたのだろう。
50階層ほどまでの実績があるのだから、戦闘面での不安はないけれど、道中、色んな意味でドキドキさせられそうだ。
「おまたせしました。そのワンちゃんのお話をされていたのですか?」
お茶とお菓子の載ったワゴンを押してラズリィーと穂積さんが戻って来た。
「真っ白で可愛い」
穂積さんがポツリと呟く。
祭典で堂々と笛を吹いていた人物とは思えない程に小さな声で。
やはりオタク気質なのだろうか?
それとも人見知りなのだろうか?
そんなことを思いながらもリアを抱き上げて、
「抱っこしてみますか?」
と、穂積さんにすすめてみる。
「いいんですか?」
「どうぞ」
「わぁ。ふぶきさん、私も触ってもいいですか?」
おずおずと手を伸ばして抱き上げた穂積さんの横でラズリィーが声を弾ませる。
「もちろん」
その笑顔にホッコリとしながら、後でリアにはたくさんオヤツをあげようと思った。