姫の住む神殿 1
アニメのコスプレという珍事(?)はあったものの、秋への変遷そのものは滞りなく終了した。
夏から秋へ切り替わる瞬間、春、夏同様の感覚が身体を通り抜けていった。
自分が挑戦する時の成功の目安になるだろう。
祭典終了間際に司会が、冬の祭典についての説明を行った。
『冬の巫女姫発見とその年齢が低いことを考慮して神事の一般公開を暫くは行わない。』
その発表と同時に良さんが来賓席の面々に、ほぼ同様の説明をした。
さすがに各領地のトップ達には、冬の巫女姫の素性も明かされた。
しかし、能力が封印されていることは秘密だ。
何れは公開するけれど、それは冬の巫女姫の保護者である木戸さんと密な打ち合わせをした後のことになるようだ。
封印が解けて、本人が巫女姫として活動すると確定するまで僕が代打を努めることは最重要機密だ。
今から、冬の祭典までの期間に僕がどこまでやれるのかわからないが少しでも迷宮攻略を進めておきたい。
良さんの後ろについて挨拶まわりをしていると、ほとんどの人が冬の巫女姫発見の感謝と労いの言葉を僕にかけてきた。最初は意味もわからずに愛想笑いを浮かべてお辞儀をしてやり過ごしていたけれど、途中から、そういえば、僕は『冬の巫女姫捜索』という名目で紹介されていたのだったということを思い出す。
実際、自分でもそのつもりで行動してはいたけれど、結果として発見したのはサニヤだ。
リアと一緒に控え室で待機しているサニヤに申し訳なく感じた。
後でたくさんお菓子を買ってあげよう。
昼食と小休憩の後、秋の祭典の会場から、僕たちは転送陣で移動した。
移動先は、『姫』と呼ばれる異能持ちの女性たちが住む神殿だ。
とはいっても、直接神殿へ移動したわけではない。
神殿の敷地のすぐ近くに建てられている小さな事務所だ。
そこで神殿への訪問者の受付をしているらしい。
同じ異能持ちの『王』と呼ばれる男性に対し、『姫』の方が、能力が強く発現するせいで、基本的に『姫』は神殿で保護されている。
保護というと聞こえがいいが、要するに隔離されている。
それだけ、『姫』という存在はこの世界にとって大きいものなのだろう。
『落ち人』であった先代冬の巫女姫や、春の巫女姫であるラズリィーが神殿に住んでいないことの方が例外で珍しいことであるようだ。
では、破壊と破滅の姫である詩織さんはどうなのだろう?
現在は、暮さんが保護してくれているけれど、以前は神殿に住んでいたのだろうか?
その辺りの事情はまったく聞いていなかったので知らない。
「真王陛下、確か同行者は2名と窺っていましたが」
事務所の受付で良さんと受付のお姉さんのやりとりが聞こえた。
「ああ、そうなんだけど、こっちで拾ってね。このコも一緒じゃ駄目かな?お嬢様たちは喜ぶと思うんだけど」
どうやらリアのことを話しているようだ。
僕の腕に抱えられているリアも、自分のことだとわかったのだろう。
「クゥーン」
可愛らしい声をあげている。
白い子犬の愛らしさに受付のお姉さんが微笑んで、
「大人しそうな子犬なので大丈夫でしょう。では、開門しますので少々お待ち下さい」
と手元の書類に何事か書き込んで席を立った。
リアの擬態は完璧だ。
まさか、この愛らしい子犬が原始種族だとは誰も思うまい。
「吹雪君、こっちだよ」
良さんに声をかけられて事務所を出ると少し歩いた先に門があって守衛さんが立っていた。
門は、王城ほどの大きさはなかったけれど何となく特殊な気配を感じた。
きっと、特別な手段でしか開門できないようになっているのだろう。
ゴゴゴゴッと大地に響くような音を立てて開門された先には、美しく整備された庭と白亜の建物が見えた。
「さ、行こう」
良さんに促されるまま敷地内を進むと、建物内から人が数名出てくるのが見えた。
あ、ラズリィーだ。
白い建物の前に立っているので辛うじて存在がわかる、という程の距離があるにもかかわらず、その中の1人がラズリィーだと感じた。
どんな服を着ているのかもわからないのに、間違いなく彼女だと確信している。
ああ、やっぱり。
僕は、彼女に恋をしているのだ。
そう再確認してしまった。
こんな風に、顔もわからないような距離でもハッキリと彼女の気配を感じてしまうほどに。
どうして、いつ、何がきっかけで僕の中でそんな風に存在が大きくなってしまったのかわからない。
それがわかるのなら、誰も『不治の病』などと呼ばないだろう。
自分の奥底に押し込めていた感情が急に溢れ出してフワフワとした気持ちになる。
早く笑顔を見たい。
そしていつものように名前を呼んで欲しい。
その期待感と共に歩いていくと、スッと冷気のようなものを感じた。
溢れ出してきた情熱を冷まして現実に引き戻されるような感覚。
その理由と正体は歩を進めていくと直ぐに理解出来た。
蒼記さんだ。
数名の人影の全員の顔が認識できる距離ではないのに、こちらもハッキリと感じ取れた。
ここに蒼記さんがいることは何ら不思議はない。
ラズリィーの保護者であり、婚約者だ。
チクリと小さな針が胸を刺した。
「ふぶきさーん」
僕が胸の痛みを感じていると、ラズリィーの声が聞こえた。
秋の始まりとはいえ、まだ日差しが少し厳しいからだろうか、薄いオレンジの小花柄のワンピースの上に長袖の白いボレロを着たラズリィーがパタパタと駆けて来る。
なに、あの可愛い生き物。
可愛い生き物が自分の名前を呼びながら近付いてくる。
そして、目の前までくると全開の笑顔で、
「こんにちは!お元気でしたか?」
と、声をかけてくる。
「う、うん。元気だよ。ラズさんも元気そうで何よりだよ」
うわーっうわーっと心の中で動揺しつつ返事をする。
ヤバイ。
ヤバ過ぎる。
今までも可愛いなと思ってはいたけれど、自覚してしまった分、余計に愛らしくて仕方がない。
これが、恋というものかっ。
破壊力が凄い。
胸がキュンキュンしてしまう。
漫画の誇張した表現だとばかり思っていた。
出来るだけ冷静に対応しようと自分の心と戦っていたら、
「真王陛下、お久しぶりです。笈川君も、こんにちは」
いつのまにかラズリィーの隣に立っていた蒼記さんが良さんと僕に声をかけてきた。
反射的に僕はお辞儀をする。
「蒼記くん、お久しー。穂積さんも、さっきはおつかれさま」
良さんが、蒼記さんとその後からやってきた女性に声をかける。
声をかけられた女性、見た目大学生くらいのこげ茶色の髪をゆるく1つにまとめた大人しそうな女性がペコリと頭を下げる。その頭上にはクマのような丸い耳が生えていた。
さっきはおつかれ、というからには彼女が秋の巫女姫なのだろう。
普段着に着替えたのか、長袖のシャツにロング丈のフレアスカートという地味な服装だ。
祭典で見た和装とは随分とイメージが違うので戸惑う。
やはり、オタクと分類される人なのだろうか?
そんな感想を抱いていると、
「ラズ、笈川君に会えたのが嬉しいのはわかるけれど真王陛下にご挨拶するのが先だよ?」
と、蒼記さんがラズリィーを優しく諭していた。
ラズリィーは、シュンとして、
「はい。申し訳ありません。真王陛下。蒼記様」
と、頭を下げた。
「ははは。良ちゃんは気にしてないよー。ただ、そんなに嬉しそうにしてたら蒼記君がヤキモチ焼いちゃうから程々にねー」
良さんがカラカラと笑う。
「ヤキモチなんて焼きませんよ。馬鹿馬鹿しい」
ため息混じりに蒼記さんが肩を竦めてみせたけれど、一瞬だけ僕の方に向けた視線は今まで見たこともないくらい冷たいものだった。