秋の祭典前日 5
サリヤも同行することで話が纏まったことで肩の荷が下りたのか、今までしゃがみこんでいた良さんが立ち上がって手近にあった椅子に腰掛けた。
僕達が塔から戻ってすぐにこの部屋へ駆け込んだからずっと座っていなかったことを思い出して僕も近くの椅子に座る。
「それで、結局、塔にはソレを取りに行ったんだっけ?」
良さんが僕の手に握られたままの杖に視線を向ける。
「そうです。何でも、迷宮350階に向かう時には必要らしいですよ」
「へー、触ってもいい?」
「どうぞ」
僕が差し出した杖に良さんが手を伸ばして指先が触れた瞬間。
「冷たっ」
と、いって指を引っ込めた。
「え、それ滅茶苦茶冷たくない?」
「え?そうですか?・・・あ!良さん体調が優れないんじゃないですか?それ疲労値が高いと冷たく感じるらしいですよ?」
塔でサニヤから聞いた説明をする。
良さんは、
「そういうことかー。コレ、爺に知られたら駄目なヤツだな」
と、苦笑する。
その姿は、いつも通りで決して体調の悪さを感じさせない。
爺、潟元さんに知られたら?
僕は、王城でいるだろう老年の紳士を思い浮かべる。
大切な真王陛下が体調不良だとわかれば、彼ならば外出はさせないだろう。
秋の祭典は国際行事さけれど、日本の皇族と違って良さんには多くの子供たちがいるのだから、誰かが代理をやればいいわけだし。
しかし、本当に気が付かなかった。
これが王族というものなのだろうか。
普段、ふわふわしているようでいて、その行動の裏に理由がある。
僕が感心していると、足元からサリヤが、
「あっ、ゴメン。私が食べ過ぎたせいだね」
と声をあげた。
「ん?」
何のことかわからずに首を捻る僕。
「あー、気にしないで。ある程度は覚悟してたから。ここまで来るのに事情を説明するより抱き上げた方が早いと思って無断で触れた良ちゃんのせいだし」
「ある程度って。不意打ちだったから結構ごっそり頂いたわよ?あんた普通の魔族じゃないわね?」
「一応、元魔王だよ」
「あらまあ。どうりで。アレの後でここまで元気だから珍しいなって思ってたのよ」
「お褒めに預かり光栄です」
2人の会話を聞いておおよそ理解出来てきた。
僕達が塔から出てすぐに良さんがサリヤを抱き上げたのが原因らしい。
急に抱き上げられたサリヤは、良さんから魔力か生命力か、もしかしたらその両方を食べてしまったようだ。
傍で見ていたのに全く気が付いていなかった自分の鈍感さにショックを受ける。
「良さん、大丈夫なんですか?」
心配して声をかけると良さんはいつもの笑顔で、
「大丈夫、大丈ー夫。この後は面倒な打ち合わせもないし」
と余裕を見せる。
確かに、杖に触れるまで一切気が付かせなかったほどに普通通りにみえるけれど、サリヤはごっそり頂いたといっているしそのまま鵜呑みにする気になれない。
ラズリィーにしているように生命力譲渡をしてみようか、と思うけれど、サリヤが奪ったのが魔力だった場合、魔力の譲渡をするべきなのだろうか?
やったことがないのでどうすればいいのかわからない。
ぶっつけ本番でなんとかやってみるべきだろうか?
生命力は、多少多めに譲渡しても健康被害がなさそうだったので今まで気軽に挑戦してきたけれど、魔力はどうなのだろう?
過剰に魔力を与えても平気なのだろうか?
悶々と考え込んでいる僕をよそに良さんとサリヤが会話を続けている。
「ソレ、迷宮で使うんだよね?そんな杖があるなんて聞いたことないけど、何の木で出来ているの?」
「これは、迷樹の枝から作られたものよ」
「へえ、350階層の?」
「ええ。350階層の神域に入る為の鍵でもあるわ。そこにご主人様が」
「サリヤ!」
サリヤの言葉を非難するようなサニヤの声があがる。
「大丈夫よ。これは話していいってご主人様がいってたわ」
サリヤがそういうとサニヤは頷いた。
「なんだっけ?え、と、神域にご主人様が本を置いておくから、次行く時は忘れずに読むように伝えてくれっていわれてたの!その時は、意味がわからなかったけれど、こういうことだったのね」
意味がわかってスッキリしたという感じでサリヤが呟く。
「それは・・・、ふぶきの記憶が戻るってこと?」
「あ、やっぱり忘れてるんだ。最初は私が何かして怒ってるのかと思ってたけど、よかったわ」
原始種族たちはお互いに見詰め合って、よかったねと喜びあっている。
僕は、良さんの体調不良について考えていたのも忘れて、2人を見つめる。
どういうこと?
つまり、ご主人様は、こうなることをわかっていた。
だから、本を迷宮へ、それも350階層へ置いた。
この情報だけで推測すると、まるでご主人さまが、僕が、『冬の巫女姫の不在』という現状を作り上げたかのように感じる。
それは、つまり、この世界の人へ迷惑をかけることであり。
木戸さんの娘さんの命を危険にさらす行為だ。
僕の、『笈川 吹雪』の両親に病弱な子供で苦労させ、失うという苦しみを与えたのもそうだ。
沸々とご主人様への怒りが湧いてくる。
そんな僕の怒りに気付いたのか、良さんがパンパンと手を打ち鳴らして、
「ハイハイ、ストップ。吹雪くん、推測で自分を追い詰めるのはよくないよ。ねえ、サニヤさん、サリヤさん。君たちのご主人様は無意味に人を苦しめるような人だったのかい?」
と、2人に問いかけた。
「とんでもない!」
「とても、優しい人ご主人様よ!」
何の躊躇もなく2人の口から言葉がこぼれる。
「いつでもご飯くれるし!」
「一緒に遊んでくれるし!」
なんだか、子犬が懐くような理由が述べられているが、2人からご主人様への絶対的な信頼だけは感じた。
「人には、他人には理解できなくても行動理由があるものだよ。『ご主人様』だって意味があってそうしたのだろう。そして、それが仕組まれたものだとしても、迷宮で迷樹の雫を採ってくることを決めたのはキミだ。現在の自分を信じて行動していけばいいんだよ」
宥めるように、諭すように良さんが僕に語りかける。
良さんは、優しい。
元魔王として、この世界の住人として『ご主人様』に思うところもあるだろうに、今、目の前にいる『僕』を支えてくれようとしている。
その気持ちに応えなければならない。
「そうですね。今は、やれることを頑張ります」
そう言って、僕は良さんへ生命力と魔力を譲渡するべく立ち上がった。