秋の祭典前日 3
「ご主人様!」
幻聴だ。
幻聴に違いない。
自分に言い聞かせてサニヤに、
「帰ろう」
と促す。
サニヤも特に反論することもなく歩き始めたのでついていく。
タタタタタッタンタタタンッ
螺旋階段の方から足音が聞こえてくるけれど、振り返っては駄目だ。
これは、面倒に巻き込まれるパターンな気がする。
僕は、サニヤが作った通路を足早に進む。
塔の外に出たら、一気に良さんのいる場所まで飛ぼう。
今回は、合流地点を外で、他の人に見られても不審に思われない場所にお願いしてもらっている。
あの白い靄で出来た犬っぽいナニカは、恐らく原始種族だ。
その原始種族にまたしても『ご主人様』と呼ばれる恐怖。
もうサニヤだけで充分です。
手一杯です。
満腹です。
あと、犬枠には柴犬たちがいるので間に合ってます!
祈るような気持ちで塔の外へ飛び出して、そして、瞬間移動んだ。
結果、逃げ切れなかった。
「あはは。逃げ切れると思ったの?相手が悪すぎるよ?」
良さんが涙目になりながら笑っている。
今、現在、僕らは灰の領地の一角にある建物の一室にいる。
予定通り戻って来た僕達の後を追うように付いてきた白い犬を良さんがサッと抱き上げてここまで来た。そして、人目がなくなったことを確認した後で事の顛末を話したら、この大爆笑だ。
「そうよ。私達は好きな場所へ行くことが出来るのよ。どこまでだって追いかけていけるわ!」
誇らしげな様子で白い犬が話す。
今はもう、靄ではなく完全なる白い毛色の犬だ。
なんだっけ?なんとかテリアってヤツによく似ている。
「いや・・・、サニヤが友達じゃないって言うし、サニヤで満腹っていうか・・・」
これ以上、扶養家族を増やしてたまるものか。
僕は、まだ結婚もしてないというのに!
「そうよ!ふぶきにはサニヤで充分なのよ!」
僕の言葉を好意的に解釈したのか、サニヤが誇らしげに宣言している。
「またそんなこと言って!ご主人様、サリヤもご一緒したいです!」
足元で子犬がクルクルと回りながらおねだりしてくる。
「そう言われてもなぁ・・・」
僕は良さんに救いの手を期待して懇願の視線を送る。
良さんもようやく笑いを治めて、
「そうだねえ。えーと、サリヤさん?は原始種族で間違いないのかな?」
と、僕の意志を汲み取ってくれたのか会話に加わってくれる。
サニヤとよく似た名前だ。
サニヤにサリヤに、サミヤさん。
原始種族にネーミングセンスはないのだろうか。
「ええ。そうよ!」
サリヤさんが元気に肯定する。
ご主人様以外からの問いかけにスムーズに反応したことに、オヤ、と思う。
サニヤと比べて語彙も多そうだし、この辺りは個性なのか?年齢なのか?
「そうなると、2人一緒は難しいかもねえ」
「ええー!どうしてよ!魔族!」
サリヤからの苦情に良さんが苦笑して、
「魔族に違いないけれど、良ちゃんて名前があるから、良ちゃんて呼んでね?」
と、さり気なく自己紹介をした後で、
「充分、自覚があるとは思うけれど、原始種族は個体数が少なくて希少な存在だからね。それを個人が2人も召抱えたなんて世間に知られたら、吹雪くんに害が出てくる可能性もあるよ」
と、言った。
そうだよね。
今までも、サニヤが僕の言うことに素直に従う姿を見ただけで驚く人はたくさんいた。
原始種族の特殊性は、この世界では常識のようだし、2人も連れて歩いたら注目されて仕方がないだろう。出来れば目立つようなことはせず、慎ましく生活していきたい。
「ご主人様に害をなす者がいたら私が排除するから問題ないわ!」
サリヤが威嚇するように前足を踏ん張って叫ぶ。
「うーん、吹雪くんは出来れば平穏に過ごしたいと思ってると思うよ?」
「そうだよ!危ないことはしちゃ駄目だよ!」
僕は慌てて良さんに同意する。
どうやら、サリヤは言葉だけでなく行動も活発なようだ。
「ええー。私もご主人様と一緒に行きたい!大体、その杖取りに来たってことは迷宮へ行くんでしょう?」
「そうだけど・・・」
僕は片手に握ったままの杖をチラリと見る。
未だに、ほのかに暖かい。これ、冬は暖房代りに使えるかもしれない。
「なら、私は絶対役に立つわ!ご主人様!お願い!」
サリヤが再び足元をクルクルを回る。
お願いされてもなぁ。
良さんも、うーんと唸って考え込んでいる。
ここまでハッキリ明言するのだから、サリヤは役に立つ自信と根拠があるのだろう。
しかし、2人も原始種族を連れていたら、余計なトラブルを呼びそうで怖い。
今後、迷宮攻略に向けて、シノハラさんや暮さんと顔をあわせた時に、事情を説明するのも大変そうだ。
シノハラさんは面白がって終わりそうだけれど、暮さんは、原始種族にご主人様と呼ばれる僕の存在を忌避するかも知れない。彼は自分が異端だということを知られたくないのだから。
言葉が少ないサニヤは良いけれど、サリヤはズバリと言ってしまいそうだ。
もし、暮さんがその事でサリヤと対立した時に、間に入って仲裁できる自信が全くない。
暫く考え込んでいたら、良さんがサリヤの前にしゃがみ込んだ。
「ねえ」
「何よ、良ちゃんさん」
プハッ
サリヤの返事に思わず吹き出した。
確かに、良ちゃんて呼んでねとは言ったけれど、まさか、そうくるとは。
呼ばれた良さんも苦笑している。
「キミたちが人型になってる時って、髪の色は固定なの?」
サニヤとサミヤさんは同じ緑色の髪をしている。
深い緑色の髪の人は他でも見かけたことがあるけれど、キラキラと輝く明るい緑色の髪の毛は独特で他で見かけたことがないので原始種族固有だと思っていた。
そういえば、サリヤは今、白い犬だ。
サニヤが最初、透明な彫像のような姿だったことを考えてもある程度は自由が効くのだろうか?
「んー。基本的には?ソレが一番オリジナルに近い色だし。強い意志を持って変幻すれば変えられなくもないわよ?ホラ、この毛並み素敵でしょ?」
サリヤが前足で顔の毛をフワリとなで上げた。
どうやら、白い毛並みが気に入っているようだ。
「だったらさ、その毛並みの色で変幻すれば、パッと見た目では原始種族だってわからないだろうから、イケるんじゃないかな?」
「!そうしたら、ご主人様と一緒に行ってもいい!?」
「最終的に決めるのは吹雪くんだけど、今後の戦力のことを思えば、悪くない手だと思うよ?」
そう言って良さんが僕を見上げる。
サリヤも、まん丸の眼をキラキラさせて期待しているように見つめてくる。
サニヤは、少し膨れっ面だ。
本人があれだけアピールするのだ。
積極的に迷宮攻略に協力してくれるだろう。
うーん。どうしたものか。
僕は、唸りながら考え込んだ。