秋の祭典前日 2
螺旋階段をどのくらい上っただろうか、5階分くらいは上ったと思う。グルグル回りながらも周囲の風景にほとんど変化がないので実感が伴わない。
自分の背後に見える地下を、見下ろしてあたりをつける。
サニヤは、1つの扉の前で立ち止まり振り返った。
「ここ、私の部屋なの。忘れ物、取って来るから待っててくれる?」
僕の顔色を窺うように小首を傾げた様子が可愛らしくて思わず髪の毛を撫でた。
サニヤは特に嫌がる様子もなく心地良さそうにしている。
「大丈夫。待ってるよ」
そう言うと嬉しそうに微笑んでスルリと扉に解けるように消えていった。
普通に扉を開けたりはしないらしい。
このドアノブは飾りなのだろうか?
僕はサニヤが消えていった扉についている赤茶色をしたドアノブ部分を握ってみる。
うん、ちゃんと触れる。
そのまま手首を捻ったら、普通のドアノブのような手ごたえがあったけれど開けるのは止めておいた。
サニヤがわざわざ『待ってて』と言うくらいだ。
中を見られたくないか、見せられない何かがあるのだろうと思ったからだ。
ドアノブから手を離して改めて周囲を観察してみる。
相変わらず人の気配を感じない。
能力を使っても、周囲に生命反応を発見することは出来なかった。
この、目前の扉の向こうにいるはずのサニヤの反応さえも。
どういことだろう?
サニヤの反応が能力で確認できなかったことは今までには一度もなかった。
しかし、この周辺、恐らく塔を含めて数十キロ範囲に生命反応は確認できない。
そうすると、この塔は、あくまで入り口で原始種族が眠っているのは別の空間なのだろうか?
フォロワーツ湖の中の神殿のように普通では感知されない状態になっている空間。
そう考えればいいのかな?
自分なりに納得したのでこの後の予定について考える。
確か、明日の秋の祭典を見学した後、ラズリィーと一緒に姫が保護されているという神殿へ行って秋の巫女姫様と面談。
高い確率で次の四季の祭典は、僕が代打でやることになるので、その心構えなどを聞けたらいいな、と思っている。
神殿では、たくさんの『姫』と呼ばれる異能所持者の女性がいるらしいので少し緊張している。アルクスアで別れたきりになっている茉莉花さんとも顔を合わせるかもしれない。
今回、ラズリィーと顔を合わせた後は、迷宮攻略を本格化していくから、少しでも心の癒し《オアシス》を脳裏に焼き付けておきたい。
明日の再会が待ち遠しい。
暫く幸せな妄想に浸っていたらサニヤが入っていった扉からスルリと出てきた。
片手に黒い袋に入れられた棒状の何かを持っている。
「おかえり」
「ただいま」
声をかけると嬉しそうに微笑んで持っていた袋を差し出してくる。
「それが忘れ物?」
「そう。ご主人様から預かっていたもの。受け取って」
そう言われてしまっては、すんなりと受け取るのに勇気がいる。
サニヤのご主人様関係のモノが普通だったことがない。
あのフォロワーツ湖の神殿内にある書庫や【雪花】。
次は何が出てくるのだろう。
しかし、ご主人様であることを受け入れると決めたのだ。
ここで怖気づいていては迷宮350階層到達が夢物語になってしまう。
覚悟を決めてサニヤの手から袋を受け取るとフワリと暖かい空気が袋から腕を伝って全身に広がっていくのを感じた。不快感はない。どちらかというと心地よい。
「これ、何が入ってるの?見てもいい?」
サニヤが頷くの確認してから袋の先端についている紐を解いて中身を取り出すと。
「杖・・・?」
深い緑色をした宝石がはめ込まれた木製の棒。
長さは1メートルもない。太さも握るのに丁度良い大きさだ。
「迷樹の雫を採りに行くのに必要になったら返すように言われて預かってた。だから、今、必要でしょう?」
「あ・・・、うん。そうだね」
確かに、必要だ。
しかし、何故、ご主人様とやらはそんなことを言ったのか。
こうなる未来を予測していたのか。
それならば、何故、こんな事態になる前に阻止しておいてくれなかったのか。
どうして、僕には何の記憶も残しておいてくれなかったのか。
そんな苛立ちを内心感じつつも、杖から感じる暖かさへの疑問の方が大きかったので聞いてみることしにした。
「この杖、ほんのり暖かいけど、何か意味あるの?」
「それは、制限解除効果があるから、普段よりも効率よく能力が使えるようになるの。暖かく感じるのは、ふぶきが健康だから。疲労してくると冷たく感じるから、その時は休憩の目安になるよ」
なるほど。
効率よく能力が使えるかどうかは、実際に使ってみなければ実感がないけれど、自分の疲労値の目安がわかりやすいのはよい。
まだやれる、と無駄に頑張って倒れてしまうような事態は避けられそうだ。
しかし、ただそれだけのアイテムならば、わざわざサニヤに預けておく程のものだっただろうか?
やはり、ご主人様の意図が読めない。
預けられていただけのサニヤに聞いても理由までは知らないだろう。
そう思って考えることを放棄することにした。
余り遅くなると良さんが心配するかもしれない。
「用事が終わったのなら良さんたちの所へ戻ろうか」
「わかった」
僕とサニヤは来た時とは逆に螺旋階段をグルグルと降りて行く。
そして一番下にたどり着き外へ出ようと周囲を見渡したが通路がない。
そういえば、ホールにたどり着くと直ぐに消えてしまったような気がする。
どうやって出るのだろう。
また、壁に手を当てたら通路が出来るのだろうか、と思っていたら、少し上の方からガチャリという音が聞こえた。
まるで扉を開けたみたいな音だな、と何気なく見上げたら、そこには白い靄のような何かが居た。
ユラユラと漂う靄は次第にハッキリと形になってくる。
あれは、犬?
始めは数メートルあるのではないかと感じていたのにハッキリと輪郭が捉えられる頃には30cm程度の小ささになっていた。
「サニヤ、あれはお友達?」
何とか言葉にして聞いてみると、サニヤは不機嫌そうに眉間に皺を寄せていた。
「違うわ。アレは友達じゃないわ。帰りましょう、ふぶき」
そう言って僕の腕に手を絡めた。
サニヤがそう言うのなら、まあいいかと思っていたら、上から声が聞こえてきた。
「ご主人様!」