迷宮1階
この世界は、平和だと、思っていた時もありました。
魔王は、世界を脅かさないし、その臣下達も住民も、概ね平和的だし、勇者はいないと聞いていたので!文明も発達しているし、多少、政治的派閥があっても自分には関係ないからと!
どうして、どうしてこうなった!
春の祭典の前日、僕は、王都ではなく『迷宮』にいる。
普段着のままで、手ぶらで、ほの暗い地下の道を一人で彷徨っています。
迷宮は、異世界モノの定石通りに、明かりもないのに、周囲の岩肌が発光していて眩しくはないけれど、十分な明るさを保っている。足元も、岩で出来たゴツゴツした歩きにくい、人が3人も通れば一杯になるような狭い通路が延々と続いている。
僕は、ただひたすら奥へと進んでいる。自分としては、出口を捜しているつもりなのだけれど、チートお約束のマッピング能力などは当然持ち合わせていないので、勘とその場の気分でやり過ごしている。
事の始まりは、昨日の昼過ぎに、シノハラさんが良さんに会いに来たことだった。
午前の講義も終わり、昼食後のささやかなお茶時間に、
『なんだ、まだ何も出来ないのか』
『役所の結果なんか待ってたら時間がもったないだろ』
『そういえば、お前、ゲームやったことあるらしいし』
『なら、リアルRPGやったら何か目覚めるんじゃないか』
と、怒涛の謎理論で、あれよという間に迷宮入り口に連れてこられて、入り口の転送ゲート前で、
「3階くらいなら無能力の子供でも、そうそう死にはしない。俺は、4階降りた所で待ってるから一人で降りて来い」
と、強制的に1階に転送されたのだった。ゲートは、魔方陣のような感じで地面が発光していたが、僕が1階に着くとすぐに消えてしまった。
1階に着いてすぐの壁に、『危険:モンスターが出ます!』と書いてあった。
「シノハラさぁん・・・」
返事は当然返ってこない。
じっとしていても仕方がないので、モンスターに会いませんように!と願いつつ、念の為に補助アイテムを槍化して持つ。
そうして、歩き始めて、1時間以上が過ぎた。今の所、何事もなく進んでいる。本当は、5分くらい歩いた所の分かれ道を少し進んだ所で、スライムと思われるゼリー状の生命体がいたのだが、すぐさま引き返して違う道を進んだので、それからは遭遇していない。
「異世界はやっぱり異世界だった」
誰もいないので独り言が増えた。それは、許して欲しい。夜道の自転車で歌って恐怖を誤魔化すアレと同じだと思って欲しい。
「うう・・・マキちゃん、マキちゃんがモフりたい」
あの手触りのよい毛並みに埋もれたい。いっそ、ここに兎でもいたら撫で回すのになーと思いながら歩いていると、数メートル先の壁にスライムがいるのが見えた。
その丸いフォルムがプルプルと揺れているが、どこかに移動する気配はなかった。
スライムくらいなら、槍で突けば何とかなるかな?
まさか、1階から強いモンスターが出たりはしないだろう。だからこその3階まで、なのだから。
よし、と僕は気合を入れる。
ただ、突くだけでは意味がないので、穂先に氷の魔法が伝わるイメージを思い浮かべる。
氷槍が使いこなせれば、一応の成果と呼べると思ったからだ。
このまま、敵を回避してシノハラさんと合流したら、もっとスパルタされる気がする。ここは、自己努力しておくべきだと判断した。
「えいっ」
スライムは、あっさりと崩れて消えた。槍の先には、一つビー玉くらいの大きさの透明な石が落ちていた。
「これは、魔石?」
拾い上げて手の平で転がす。
なんか、やっとソレっぽくなってきたんじゃない?
僕は、ワクワクした気持ちで一杯になった。魔石、役所に売れたりするのかな?自分でもお金が稼げるんだとしたら夢が広がる。
「それは良しとして、槍は失敗だったな」
模擬戦の時のような手ごたえを感じなかった。つまり、氷槍は発動しなかったようだ。
「よし、次は、成功させるぞ!」
それから、スライムを5匹くらい倒した所で、2階へ降りる階段を見つけた。
ゲームだと思えば、まず序盤にスライムは妥当だろう。つまり、2階からは少し強い敵が出る可能性が高い。
狼とか、コボルトみたいに襲ってくる敵じゃないといいな。
最初は、階段周辺を拠点にして、危険そうだったら1階へ退避しよう。そう決めて慎重に降りて行くと、2階は1階とガラリと変わって、床が草地になっていた。壁は同じ発光物で出来ている。
草系を食料にするモンスターが住んでいるのだろうか?
ネズミくらいならいいけど、イノシシとか狼のように力強そうなモンスターが出ても不思議はない。
最悪、コボルトのような人に似た二足歩行系だと、本気で対策を考えなければならない。
慎重に進んでいくと、足元の草地が枯れたり、焼き焦げた場所に出た。狭い通路で薄明かりの中、見通せる範囲のすべてがそうなっていた。
「まさか、こんな所で焚き火したりはしないよね」
この迷宮が何階層あるのかは知らないが、2階で火を焚く、つまり休憩をするということは考えにくい。そうなると、この焼き後は、戦闘の名残ではないだろうか。槍で突くだけであっけなく消えていくスライムに対し、火をつける必要性は感じられない。つまり、想像通り他のモンスターが出現するということだろう。歩く速度を落とし警戒しながら進んでいくと、壁際に向日葵のような大きな花弁を持つ植物が見えた。燃えた様子はなく、茎も葉も青々としている。
「こんな所でも自然は逞しいな・・・・っうわっ」
花を見ようと近付いた途端、足元が火に包まれた。慌てて後方に下がる。
え、どうして急に燃えたんだ?
モンスターの登場か、と周囲を見渡すと、植物の花部分から5センチ程の火球が飛び出してくるのが見えた。植物自体が近付いてくる様子はないが、どんどん此方に向かって火球を放ってくる。
僕は、慌てて1階まで戻って壁にもたれ掛かる。
「何あれ、モンスターなの?そういう植物なの?」