お見合い 2
彼女は、白いワンピースの裾をヒラヒラさせながら緊張した様子もなく真っ直ぐに空席の前までやってきた。
そこはちょうどマーカスの正面の席だ。
お見合いだから当然か。
長方形のテーブルの一番奥に良さん。
そして、両夫妻が向かい合う形で座っていて、お互いの両親の隣に本日の主役達。
僕は、一番手前、つまり良さんの真正面に座っている。
だから、その傍らに立つ潟元さんもよく見える。
「ご紹介いたします。王宮専属庭師であるウッズ、ティアナ夫妻の次女、ダリア譲です」
潟元さんがそう紹介すると、彼女は明るい笑顔をマーカスたちへ向けて、
「只今、ご紹介にあずかりました、ダリアです。本日はよろしくお願いします」
と、ペコリとお辞儀をした。
その仕草は、軽快でどうやら彼女自身もお見合いに不満はないようだと感じた。
良さんが急にお見合いしてみる?なんて言いだすから驚いたけれど、案外この世界では日本よりも日常的に行われているのかもしれない。
ダリアさんが着席してからすぐに昼食が始まった。
恐る恐るという感じで交わされる両家族の会話を聞いて、ぼんやりと考え事をしていたせいで聞き逃していたダリアさんの両親の名前がわかった。
ダリアさんと同じ金髪で小麦色に日焼けした父親の名前が、ウッズさん。
ダークブラウンの髪で、やはり日焼けしている母親の名前がティエナさん。
夏だから日焼けするのはわかるけれど、母娘そろってこんがり焼けているのは、職業的には勤勉の証だろうけれど、女性としてはどうなのだろう?
日本と違って科学技術も大幅に発展しているこの世界では、シミ、ソバカスを気にする必要がないのだろうか?
そういえば、城下町で見かける高齢者を思い出してみても、日焼けで出来たシミの人が思い当たらない。良い美容液か、能力があるのか、そもそもの体質なのか。
ラズリィーも今頃、日焼けしてたりするのかな?
ふと、夏の祭典の後から会っていないラズリィーのことを思い出した。
薄桃色の髪が、そういえば初めて出会った春先はショートボブだったのに、最後に会った時は肩にかかりそうなくらいになっていた。伸ばしているのだろうか。
きっとロングヘアも似合うだろう。
そんな夢想に浸っている間に昼食も終了して、最初の打ち合わせ通りに良さんは退席することになった。
「真王陛下と私は、これにて退席致します。今後の進行は、こちらの侍女リーンが取り仕切りますのでよろしくお願い致します」
潟元さんがそう言った後で、潟元さんが紹介したリーンさんが礼をする。
それを見届けた後、良さんが静かに立ち上がり、
「今日のこの出会いが、両家族にとっての良き出会いになることを願っている」
という一言を残してガーデンテラスから立ち去っていった。
マーカスの両親は、真王陛下のお言葉に感激している様子だったけれど、普段の様子を知っている僕と王宮専属庭師家族は微妙な顔をしていた。
マーカスも、前回との違いに多少の戸惑いがあるような表情をしていた。
ともあれ、緊張の理由のひとつがなくなったことにより、先程よりは全員の口数が増えてきた。
食後のデザートとして珈琲を飲みながら歓談する。
しかし、やはり両親の前では恥ずかしいのかマーカスもダリアさんも自分からは口を開かない。
なので、僕は僕の与えられた役割をすることにした。
「ねえ、マーカス」
「うん?」
「マーカス、前に来た時に物凄く気に入ってた温室あるじゃない?あそこって誰が手入れしてるのかなあ?」
白々しいことこの上ないが、これも友の為だ。
僕達の会話を聞いた(聞こえるように話したのだけれど)ダリアさんが興味を示した。
「温室?」
「そう、あっちにある、あの建物だよ」
僕が『ダリアさんが管理している温室』を指差す。
ダリアさんはパアッと今日一番の笑顔を見せた。
「マーカスさんは、あそこが好きなの?」
「あ、はい。とても素敵な温室でした」
マーカスが頬を染めながら返事をする。
ダリアさんも自分の温室が褒められて嬉しいようだ。
少しズルイような気もするけれど、実際、マーカスはあの温室を見てお見合いを決意した訳だから、多少の嘘は許されると思う。
「せっかくだから2人で見てきたら?」
僕の提案に、動向を見守っていたのだろうか、お互いの両親も、
「そうだね、ダリア。案内してあげなさい」
「そうよ、マーカス。ぜひ、案内してもらいなさいよ」
と、積極的に後押ししてくれた。
内心焦っているのだろうマーカスとは裏腹に、ダリアさんは立ち上がって、
「行きましょう。今、ちょうど今朝咲いた花があるのよ」
と乗り気だ。
「あ、うん」
マーカスは、皆に圧倒されながらも立ち上がってダリアさんの横に並んで温室に向かって歩き出した。
後は、マーカス自身が頑張るしかない。
僕は、のんびりとデザートを食べながら大人たちの世間話に耳を傾けることにした。
その後、2人の間でどういうやり取りがあったのかはわからないけれど、ガーデンテラスに戻って来た2人の間に流れる空気は自然な感じになっていた。
どうやら好感触のようだ。
詳細は、次にマーカスがアディたちと一緒に遊びに来る時にでも聞いてみよう。
つつがなくお見合いを終了してマーカスとその両親を役所の転送陣まで見送った。
その帰り道、1人で夕暮れに染まり始める城下町を見ていると、ごく自然なことのように世界への愛おしさを感じた。
平和に暮らしている城下町の人々。
マーカスの生まれたばかりの恋。
周囲の大人たちの優しさ。
この世界も、新しい冬の巫女姫である木戸さんの娘さんの生命も、守っていきたい。
そんな想いが湧いてきた。
迷宮350階層到達。
どのくらい過酷で困難なのか想像も付かないけれど、やれるだけのことはやろう。
本当は気付いていた。
サニヤに聞けばわかるだろうことも、あえて自分は普通なのだから、と避けてきたこと。
もう逃げるのはやめよう。
時々は、心の準備が出来なくて逃げることもあるかもしれないけれど、出来るだけ全力で僕は『サニヤのご主人様』をやろう。
僕の中にある力を、余すことなく使って、この愛おしい世界を守ろう。
そう強く決意した。