報告と今後について
早朝にも係わらず伝言を頼んた侍女さんの仕事が速かったようで、良さんが昼前に僕の部屋へやってきた。
「おかえり。久しぶりの日本はどうだった?」
「懐かしかったです。あと、都会は人が多かったですね」
「あはは。それは確かに」
和やかな雰囲気で挨拶を交わして良さんが僕の目の前のソファーに腰掛ける。
「お疲れ様。冬の巫女姫、みつけてくれてありがとうね」
労いの言葉をもらえると思っていなかったので少し驚いた。
「いえ、サニヤのお陰ですし、結局、巫女姫としてすぐに活動は無理だし・・・」
「うん、松田さんから聞いた。何で封印されちゃってるのかねえ」
良さんが小さなため息をつく。
それは確かに僕も気になっている。
神か、その眷属が封印をかけたらしいとサニヤは言ったけれど、この世界の仕組みを知っていて、冬の巫女姫の能力を封じるという行為は、異状だと思う。
「あの、そのことなんですけど・・・」
僕はサニヤが教えてくれた話を良さんに伝えた。
封印されたままでは能力が器から溢れて寿命を縮めること。
かけた本人ではなくても僕か異端であれば解除可能らしいこと。
それには迷宮350階層にある迷樹の雫が必要なこと。
良さんは僕が話し終ってもしばらく口を開かなかった。
だから、思い切って言葉にしてみた。
「シノハラさんか暮さんにお願いすることはできないでしょうか?」
しかし、良さんは苦笑して、
「おそらく無理だろうね」
と、言った。
「え?それは、350階層だからですか?」
「いや、おそらく彼等がその気になれば350階層に行けるだろうね。もしかしたら既に踏破済みかもしれない。でも、行くとは言ってくれないだろうなあ」
確かに、あの2人なら既に踏破していても不思議ではない。
「何か行けない理由でもあるんですか?良さんの命令でも?」
この世界での3大勢力の内1つの元国王の命令ならば、という想いがあった。
良さんは、手の平をヒラヒラとさせて否定する。
「無理無理。そもそも、彼等は『落ち人』だし、一応、シノハラさんは俺の下についてくれてるけど、それは暇つぶし程度の動機だよ」
そういえば、確かに2人は僕と同じ『落ち人』だ。
『俺も息子も、お前も『落ち人』だ。正式なこの世界の住人ではない。あくまで客人だ。過剰な干渉はするべきじゃないだろう。この世界の運営は、この世界の住人で回すべきなんだよ』
そうだ、シノハラさんは白の領地で確かにそう言っていた。
けれど、現段階、この世界の住人ではどうしようも出来そうにない。
「どうにか、お願いだけでもできないかな・・・」
お願いするのならば、それなりの対価が必要になってくる。
350階層へ行ってもらうことへの謝礼が自分に用意出来るとは思えない。
「まあ、シノハラさんには駄目元でお願いするだけはしてみるけど、暮さんには口外無用だよ?」
「え?」
何故、暮さんには秘密なのだろうか?
「吹雪君は、何で2人に頼ろうと思ったの?強いから?ゲームを見つけたなら、ゲーム内の迷宮の公開階層も聞いたよね?350階層には程遠いよ?」
「それは・・・」
良さんの言葉の意味を考える。
確か、ゲーム内で到達出来るのは200階層まで。
暮さんからの情報提供によるものだ。
能力を使わないで物理戦だけで到達可能な階層だから。
つまり、暮さんに350階層に行けということは、異端であることを知っている、能力を使えということになる?
あっ!
そもそも、2人が異端であることは、公然の秘密であったことを思い出した。
そんな僕の表情の変化を見て良さんが、
「異端である吹雪君になら可能性はあるかもしれないけれど、ね?2人に過剰に期待しては駄目じゃないかなあ?」
良さんの含みを持たせるような口調から、2人を異端だと知っているのだとわかった。
知っているけれど、本人に追求するわけにはいかない。
理由はわからないけれど、そんな風に感じ取れた。
「まあ、幸いにも巫女姫はまだ若いし、大事になる前に吹雪君が350階層に到達出来るようになればいいんじゃないかな!」
「ええっ」
確かに、木戸さんの娘さんはまだ幼い。
寿命がどのくらいの速度で削られているのかわからないけれど、木戸さんが知っている限り、現在は健康そのもののようだ。
しかし、僕だけで350階層へ行くとなると何年かかるか想像もつかない。
「タイムリミットの正確な判定は、サミヤさんにお願いしてみるとして、吹雪君は、どうする?350階層は無理だというのなら、仕方ない、諦めるしかないね。巫女姫不在の間の代打は最初の予定通り吹雪くんにやってもらうことになるけど?」
冬の巫女姫の代わりに祭事を行う。
それはここにきた当初から言われていたことだ。
当代冬の巫女姫が見つかったとはいえ、祭事を行えない現状なのだから仕方がない。
しかし、それと、幼い子供の生命が消耗しているという事実に背を向けて何もしないのは話が別だ。
僕は軽く下唇を噛んだ後、良さんの目を真っ直ぐにみて宣言した。
「やります。迷宮350階層に行って迷樹の雫を採ってきます。今年の冬には間に合わないかもしれないから、祭事も、僕が代行できるように頑張ります」
「本気?」
「はい!」
良さんは僕の返事を聞いて満足気に頷いた。
「なら、吹雪君にお願いするよ。そのための援助なら俺も惜しまない。迷宮探索と戦闘の教官としての助力をシノハラさんと暮さんに頼んでみよう。君が、350階層に行けるように」
そう言って良さんは悪戯っ子のようにニカッと歯を見せて笑った。
僕は口をあけたまま固まった。
やられた!
良さんはこの話を聞いた最初から、『僕の迷宮攻略の補助』という名目で2人を巻き込む気だったんだ!
どう気が付いて、少しだけ良さんへの認識を上方修正する。
やはり、この人は施政者なのだ。
僕は手の平で転がされているだけなのだ。
やはり【雪花】をくれたことも意味があるのだろう。
せっかくの機会だから、確かめておこう。
そう気を持ち直して良さんに問いかけた。
回りくどいことはせず、ストレートに。
「良さんから戴いた【雪花】、あれは過剰戦力だと思うんだけど、わざとですか?」