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僕の異世界(?)見聞録  作者: ナカマヒロ
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東京 5

 中華料理店を出て、全員で夜の街を歩く。

 これから木戸さんは帰宅。

 僕達は自宅近くまで行って本当に冬の巫女姫は木戸さんの娘さんで間違いないのか。

 封印とはどういうものなのかを確認することになっている。


 「松田さん、今夜はこっち泊まっていくの?ホテルどこ?」


 重い話題の後で、今後のこともあって皆が微妙な空気をかもし出しているというのに、紫雲さんだけは通常営業のようだ。いや、会話に混ざらないから目立たないだけでサニヤもか。


 「あー、まだ決めてなかったな。どうしようか」


 元々、冬の巫女姫が即、交渉可能だった場合、あちらへ一緒に行って良さんと合流する可能性もあったので、明確な予定が決まっていなかった。


 「それでしたら、昨夜の内に部屋を使えるようにしておきましたから、笈川さんとサニヤさんも、それぞれ別の部屋になりますけど、それでいいですか?」


 どうやら承さんが、手配してくれていたようだが、言葉の意味がよく理解出来ない。


 「部屋?」


 首を傾げた僕に、


 「ええ。ウチの2階と4階に空き部屋がいくつかあったのでそこに。基本的な家具は備え付けてありますから宿泊だけなら問題ないですよ」


 と、教えてくれた。


 「ええと・・・、あのマンション、生前分与って、建物丸ごとの話だったんですか?」

 「ええ。僕達兄弟にそれぞれ平等に、土地と建物を」


 承さんがサラリと答える。

 予想外過ぎて反応しにくい。

 不況不況とテレビで聞かされてきたけれど、あるところにはあるらしい。

 困惑する僕の肩に松田さんがポンと手を置いた。


 「大丈夫。そんな『落ち人』ばかりじゃないから。俺なんか定年までずっとサラリーマン人生だったんだから」


 そうだよね。

 そうだと信じたい。

 松田さんに悪気がないのはわかっている。

 多分、承さんが飛びぬけてお金持ちだから自覚がないのだろうけれど、僕から見れば松田さんも充分にお金持ちだと思う。

 昨夜泊まったホテル、子供2人を宿泊させるためだけに選ぶ庶民はいない。

 僕が日本にいない間に地球の常識が極端に変わるような大事件でもおこっていない限り、あのホテルは庶民は選択しない。

 そう、僕の父親だとすれば、ビジネスホテル、頑張って朝食付き1万円くらいのホテルを選んだと思う。

 昨夜のホテルはそんな価格帯じゃなかった。


 「松田さんが言っても真実味が薄いですよ」


 そんな僕の言葉を代弁するようなセリフを言ったのは木戸さんだった。


 「ええ?」


 抗議の声をあげる松田さんに紫雲さんが追い討ちをかける。


 「平均的サラリーマンの年収の倍は余裕で稼いでたろ?」

 「いや、ウチの会社じゃあ、俺は平均的な方だったよ?っていうか、現場に拘って支店長とか断ってたから少し少ないくらいで」

 「だから、そもそも、その会社の基準がおかしいだろ。中小企業と同じ感覚で扱うなよ」

 「そういわれてもなあ」


 松田さんが困ったように後頭部に手をやる。

 話の流れから、松田さんがかなり大きな企業に勤めていたらしいとわかった。

 平均的サラリーマンの年収というものが働いたことがない僕にはわからないけれど、おそらく自分の父親よりは稼いでいたのだけは間違いないだろうと思う。

 我が家は、平均的な収入だった、と思う。

 僕の特異体質のせいで無駄に医療費がかさんでしまって母親も働いていた。

 家族でホテルに泊まったこともレストランの個室を予約したこともない。

 ファミレスなら、特異体質が悪化するまでは何度か行ったことがある。

 中学に入る頃には、店内の空調でもかなり苦しく感じるようになって自ずと我が家は外食しないようになったな、と懐かしく思い出す。

 今は、僕がいないから2人でレストランでデートをしたりしているのだろうか。

 両親が少しでも人生を楽しく過ごせていればいいな、と思う。


 電車に乗って木戸さんの家の近くについた頃には夜の9時を少し過ぎていた。

 閑静な住宅街は人の通りがないけれど街灯はしっかりと等間隔に配置されていて一人歩きしても物音に怯えるような暗がりは見当たらなかった。


 「じゃあ、我々は外から確認だけして今夜は帰るね。詳細は紫雲くんにメールしてもらうから」


 松田さんがそう言うと木戸さんはペコリと頭を下げた。


 「ありがとうございます。妻に話すかどうか、よく考えてみようと思います」

 「うん、家族のことだからね。伝えても奥さんがあちらに一緒にいけるわけではないから、正直に話すことが正解とは限らないのが辛いね」


 松田さんの言うことは最もだと思った。

 木戸さんもそのことは重々承知しているのだろう、少しだけ頭を下げて家へと向かっていった。

 その背中を見送り玄関が閉まったことを確認した後で、僕はサニヤに向かって問いかけた。


 「冬の巫女姫は、木戸さんの娘さんで間違いない?」


 サニヤは無言で頷く。


 「娘さんの封印は、解除出来そう?」


 サニヤは暫く僕を見つめてから、


 「私には無理ね。神か、その眷属の気配を感じるわ」


 と、言った。

 神か、その眷属、という存在がよく理解出来なかったけれど、それを聞いた松田さんの表情を見ただけで面倒なことになりそうだな、と思った。

 けれど、僕は別のことも気になった。

 今、サニヤは『無理』と明言しなかった。

 『私には』と、言った。

 それはつまり、僕にならば可能だという意味かもしれない。

 しかし、ここで追及するのはやめておこう。

 後でサニヤと2人きりになれる時間をみつけて確認することにする。


 「まあ、冬の巫女姫が見つかっただけでも今日は良しとしよう。あとは、真王陛下に連絡して木戸君の結論を待つしかないかな」


 松田さんがそう言うと自然と皆が駅の方向に向かって歩き始めた。


 「笈川くんも、今夜はこっちに泊まっていくよね?行きたい場所があるなら明日行ってもいいよ?」

 「あ、はい。お世話になります。行きたい場所は、ちょっとすぐには思い浮かばないです」


 東京の有名なお店はテレビで何度か取り上げられているのを見たことがあったけれど、絶対に行きたい!というような場所はすぐには思い浮かばなかった。


 「松田さーん、遊びに行くんなら、俺も一緒に連れてって」


 紫雲さんが松田さんにおねだりをするのを、承さんが、


 「兄さん、仕事はいいんですか?」


 と若干冷たい口調で問う。


 「1日くらい休んでもヘーキヘーキ」


 紫雲さんは気にする風もなくヘラヘラと笑う。

 承さんは困ったように肩を竦めて小さくため息をついた。

 どうやら紫雲さんは見た目通りの軽いタイプの人のようだ。

 思いつきで会社を休んだら良くないのではないか、と思って効いてみると、


 「急に休んだら会社の人に怒られませんか?」

 「ダイジョーブ。俺、割と時間に自由が効く仕事だから」


 という返事だった。

 見た目から想像するに、フリーランスの芸術関係の職業が思い浮かんだ。

 少なくとも、平凡な事務員ではないのは間違いがないだろうな。

 


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