東京 2
「まあ、結局、相手とは友人のままで進展はしなかったけどね」
松田さんがそう言って話題を終わらせた。
まあ、最初から過去形で話しているのだから当然の話の流れともいえる。
チラリと今はどうはどうなのだろうか?という思いが過ぎったが、同級生に聞くような気軽なノリで聞くには松田さんは年が離れすぎているし、すぐ傍に甥である承さんもいるので自重した。
ファミレスを出て、僕達は電車に乗って承さんの家へ向かう。
地元よりも複雑な路線で自分がどこ線のどこ行きへ向かっているのか理解できぬままに着いて行く。
車窓から見える景色はどこを見ても都会で、やはりあちらとは違うな、と思った。
そういえば、あちらでは電車を見たことがない。
瞬間移動を使えない人は、役所の転送陣を利用するから必要がないということだろうか。
しかし、馬車や車はある。
「向こうって、電車ないですよね?」
「そうだね。遊園地や好事家が個人で所有しているものはあるけれど、公共の乗り物としてはないね」
松田さんの答えに、遊園地はともかく、個人で所有とはよほどの電車マニアなのか、と驚く。
しかし、杉浦さんのように個人的趣味に突っ走る人がいても不思議ではない。
日本にだってミニSLを庭に走らせる人がいるくらいだ。
「どうしてでしょう?」
「うーん。大人数で決められた時間、一箇所に押し込めれるのが好きじゃないんじゃないかな?あっちは個人主義が強いし」
松田さんの答えに、なるほどな、と納得する。
何事もなく電車は駅に付き、承さんの家まで徒歩5分程で到着した。
承さんの東京の家は、マンションだった。
7階建ての中層マンションで、最上階。
「広いですね」
玄関からはいって幾つかの扉のある廊下を抜けてリビングに案内されて口から出たのはそれだけだった。
12畳くらいは、おそらくある。
日本の中の大都会東京で、これだけの広さのリビングのあるマンションというものの価格帯が僕にはわからないけれど、僕の実家よりは確実に高いのだろうということはわかった。
暮さんも会社の社長さんだっていう話だし、『落ち人』ってお金持ちが多いのだろうか?
「ここは父からの生前分与で貰ったマンションなんで、僕自身は資産家と名乗れるほどではないですよ」
僕があまりに驚いていたからか、承さんがそんなことを言った。
いや、もう、生前分与って単語がすでに一般人から外れている気がするんだけど?
それとも僕が子供だから身近ではないだけで、一般的なのだろうか?
生前分与が一般的かどうかはおいても、その対象がこんな立派なマンションであることが僕とは違う世界に生きているな、と思った。
承さんは一度、リビングを出て、5分もしないうちに何枚かの地図とチョコレートの入った箱を持って戻ってきた。
チョコレートは当然のようにサニヤに手渡された。
テーブルの上に地図を広げて、承さんが現在地を指差す。
東京都がすべて載っている広域地図だ。
「この家は、ここですね。方角があわせて広げました。サニヤさん、お願いします」
サニヤは、早速、チョコレートを1つ掴みながら、地図を見る。
「ここ」
サニヤが指差したのは、僕達の現在地からは南の方角だった。
「品川ですね」
承さんがそういって地図を品川だけが載っているものに変更する。
それをサニヤがみて、
「ここ」
と、再び指を刺した。
見ると住宅街の一角だった。
「ここ、ですか?」
承さんが困惑したような表情をする。
「ん?ここって確か・・・」
松田さんも何かを思い出すような仕種をしている。
「お知り合いがいる場所ですか?」
2人の雰囲気からそう問いかけてみると、
「恐らく。確か、兄の友人宅の住所がそちらだったと記憶していますが、ちょっと確かめてきます」
と、承さんはリビングを出て行った。
「俺もそう思うけど、これはちょっと、駄目かもしれないなあ」
松田さんは困ったように頭に手をやっている。
「何か不都合が?」
「うーん。そこで間違いないんなら、そこに住んでいる女性は、2人。1人は『落ち人』の奥さんで一般女性。もう1人は娘さんだけど、確か今年小学1年生なんだよね。家主以外は、こちらのことを何にも知らないから、どちらが巫女姫だとしても説明が難しいよ」
松田さんの言葉に僕も、うーんと唸る。
確かに、何も知らない女性にいきなり違う世界がー、とか四季の巫女姫がーと説明するのは難しい。
本人に自覚がないなら尚更だ。
家主さんである『落ち人』さんが、奥さんに何も教えてないのは、奥さんから能力を感じないと判断したからだろうし、娘さんは小学生。
家主さんの遺伝で娘さんに能力持ちとして産まれたという可能性のほうが高いのだろうけれど、何も知らない小学生に重責を背負わせるのは確かに難しい。
しばらくすると、承さんが葉書を片手に戻ってきた。
地図と葉書を見比べて、
「やはり、この住所で間違っていませんね」
と、ため息をついた。
「うーん。本人にいきなり突撃は無理だね。まずは木戸くんに話をしよう」
「そうですね。兄に木戸さんに連絡を取ってもらって、今夜時間を作っていただきましょうか」
「そうだね。承くん、お願いできる」
「ええ。電話してきますね」
「よろしくー」
松田さんと承さんが話を進めていく。
承さんは、お兄さんと連絡を取るべくリビングを出て行った。
どうやら家主である『落ち人』さんは木戸さんというらしい。
承さんのお兄さんの友人。
さすがに、お兄さんを飛ばして連絡するには話の内容が重い。
元々、冬の巫女姫が見つかったとしても、本人に拒絶される可能性を考えていたことがあったお陰か、気持ちは落ち着いている。
連さんとの会話で、祭事自体は、人前でなくとも可能だということもわかっている今なら、僕が出来るのならばやってもいいとさえ思っている。
しかし、巫女姫、という名称である以上は、それは最終手段だろう。
出来る限りの手をつくしてから考えよう。
そんなことを考えていると、承さんがリビングへ戻ってきた。
「どうだった?」
「連絡がつきました。木戸さんの仕事が終わった後、合流することになります。少し込み入った話になると思うので夕食は個室のあるレストランで予約しましょうか?」
「そうだね。お願い」
今夜、木戸さんに家庭を乱すような話題をしなければならないのだと思うと少しだけ胸が痛んだ。
しかし、見ぬ振りをして、もし冬の巫女姫である女性が、僕のように知らぬ間に能力によって体調を崩すようなことになるよりは、正面から話し合いをして対策を立てておいたほうが良いだろう。
逃げても事実が消えるわけではないのだから。