特定人物を対象とした瞬間移動
翌日の午後、昼食も食べて体調も整っていることを確認した後、僕はサニヤに声をかける。
「僕、これからアルクスアまで買い物に行って来るけど、サニヤはどうする?」
戦争用地域と女帝の国。
どちらに行くことにしても護身用の武器が1つは欲しい。
勿論、補助アイテムと良さんに貰った刀【雪花】のことは忘れていない。
ゲーム内のように能力が使用不可の状態でも使える保険としても必要だと思う。
「勿論。私もいくわ」
予想通り、サニヤも一緒に来るようだ。
ついでにサニヤに私服も買ってあげたい。
いつもメイド服なのはどうかと思う。
「僕が瞬間移動のにくっついてくる?自力で行く?」
自分1人なら問題なく瞬間移動自信があるけれど、人を同行するのは未挑戦なので若干自信がない。
「自分で行けるわ。ふぶきを追いかけて行けばいいの?」
「あ、そうだね。アルクスアも広いもんね。サニヤは、僕の現在地を選んで移動できるの?」
そう聞くとサニヤはコクリと頷いた。
凄いな、原始種族。
「凄いね。それって練習したら僕にも出来るかな?」
「出来るわ。試しに、誰かを思い浮かべて傍に行きたいって思ってみたら?」
「おー。じゃあ、やってみるかなー」
誰がいいかなあ。
そういえば、戦争用地域を選んだ場合、甲斐さんか松田さんが同行者になるって言ってたなぁ。
いくら土の王とはいえ、日本人の松田さんをそんな場所に連れて行っていいのかなぁ。
本人の意思も確認しておきたいなぁ。
そんな軽い気持ちで松田さんの顔を思い浮かべると、いつも瞬間移動する時のような浮遊感を感じて王城の自分の部屋から景色が変わった。
どうやら屋外で、よくある小さな公園のようだ。
王城は午後1時過ぎくらいだったのに、こちらは夕方のようで日が暮れ始めている。
夏だということを考慮して午後6時~7時くらいだろうか。
目前には数人の子供達と遊ぶ松田さんがいる。
公園という場所だからなのか、ポロシャツとデニムというラフな服装だ。
「おにぃちゃん、どうしてお靴履いてないの?」
ふいに下から声を掛けられて驚いて視線を向けると4歳くらいの幼女がこちらを見ていた。
「えーと、靴。家に忘れてきちゃった」
「えー!忘れん坊さんなのー?」
「そーみたいだねー」
自分の部屋の中だったから靴を履いていなかったのに瞬間移動したのは失敗だった。
しかし、瞬間移動してきた事を誰も気が付いていなくてよかった、とホッとする。
他人の現在地を狙って移動するとこういう突拍子もない場所に出る危険があることを失念していた。
しかし、今更人目を避けてから王城に戻るのももったいないので松田さんに挨拶してからにしよう、と声をかける。
「松田さん!こんにちは」
松田さんは、子供達を両腕にぶら下げて(子供達が自発的にぶら下がってるというべきか)こちらを向いた。
「あれ、笈川くん、お久しぶり。・・・もしかしてウッカリ?」
松田さんが僕の足元を見て苦笑する。
「ええ。つい。思いつきで行動したもんで」
「あー。さすがにそのままってわけにも行かないから、一旦、俺の家に行こうか。皆、おじさん今日はもうおうち帰るねー。また、今度遊ぼうねー」
松田さんが子供達に声を掛けると、意外に素直に子供達は、
「ばいばーい」
「またなー」
と、行儀良く挨拶して少し離れたベンチで集まって世間話をしていると思しき母親集団のほうへ掛けていく。
松田さんは、母親達に軽く手を振って、
「さ、行こうか」
と、公園の出口に向かって歩き出した。
僕も、靴下のままその後について行く。
いくら特異体質が改善して人並みになったとはいえど、夏の地面が熱いことにはかわりがない。
公園を出ればアスファルトなのでより熱いだろこととは容易に想像できた。
松田さんは、ちょうど出口の辺りで立ち止まって、一瞬懐を探るような動作をした後、
「はい、大きいと思うけどないよりはいいかな」
と、ビーチサンダルを手渡してきた。
どう考えても懐に入る大きさではない。
恐らく、周囲の目があった場合の言い訳としての動作で、本当は空間収納から取り出したのだろう。
僕も、念の為に一足入れておけばよかったと後悔する。
後で、着替えなども含めて緊急用に入れて置くようにしよう。
「ありがとうございます」
受け取ったビーチサンダルは宣言通り少し大きかったけれど、窮屈なよりは良い。
汚れた靴下を脱いで履いてみる。
「じゃあ、行こうか」
「はい」
松田さんについてペタペタと歩く。
王城に居た時刻との時差といい、ありふれた懐かしい違和感のない風景といい、
「もしかして、ここって日本?」
ポツリと呟くと、松田さんが盛大に吹き出した。
「あははっ。え、そこからなの?日本に飛んだらたまたま俺が居たんじゃないのか」
「あ、松田さんに会いたいなーって思ったら飛んだ・・・感じです」
「あははー。それでか。うん、そうだよ。日本だよ。おかえり?笈川くん」
「あ、ただ、いま、なのかな?」
「日本も君の世界には違いないからね」
そう、日本が、僕の世界だった。
今は、あちらにも馴染み始めている。
自分の住んでる世界が、自分の世界なら、僕にとっては日本もあちらも自分の世界なのか。
「変な感じですね」
「慣れるまではね。まあ、笈川くんは関西出身じゃないみたいだから、ここも充分異世界かもしれないね」
「あ、やっぱり、ここは大阪ですか?」
「そうだよー」
松田さんの肯定の言葉を聞いた後、再度、周囲を見ると、なるほど、確かに日本で大阪だ。
止まっている車のナンバーも大阪だ。
『たこ焼き』
ふと、頭に過ぎってフルフルと頭を振る。
昼食を食べたばかりだというのに、食べ物のことを考えるとは、僕もサニヤに似てきたのだろうか。
『お好み焼き、食べたい』
あ、駄目だ。
サニヤの声で聞こえ始めた。
どうしたんだろう、僕。
松田さんがこっちを振り向いて怪訝そうな顔をしてるよ。
「サニヤさん、ついてきちゃったんだ」
「え?」
松田さんの言葉に驚いて後ろを確認すると、メイド姿のサニヤがいた。
「ふぶき、出掛けた後、ついていくって言ったわ?」
サニヤは不思議そうに首を傾げた。
「あっ!あー、言ってた・・・ね」
でも、それはアルクスアの話で、きちんと話してなかった僕のミスだ。
夏の夕暮れの住宅街の一角に、メイド服を着た緑色の髪の毛をした美少女はもの凄く違和感しか感じなかった。