真王の世代
戦争用地域か、好戦的な女帝の国か。
なんとも微妙な選択肢を迫られてしまった。
良さんは、2、3日で答えを決めてねと明るく言って部屋を出て行った。
「すまないね。どうにもあの方は言い出したら聞いて下さらなくて」
甲斐さんが申し訳なさそうにしている。
「やー、いずれは行かなきゃいけないなら仕方ないですよ」
黒の領地、白の領地と続いて空振りだったのだ。
この世界の人々が探していても見つかっていない。
灰の領地にもいないような気がしている。
そうなってくると必然的に、危険な場所しか残らない。
「甲斐さんは、戦争用地域に行くことになっても大丈夫なんですか?」
普段穏やかな甲斐さんがそんな殺伐とした場所に行くのは上司命令とはいえ嫌なんじゃないだろうか。
しかし、僕の心配は杞憂だったようで、
「私は爵位を継いでいるから王都にいることが多いけれど、本来の職業は軍人だからね」
と、笑った。
僕はほんの少しばかり驚いたけれど、初めて甲斐さんに出会った時の事を思い出してすぐに納得した。
普段、穏やかな口調だからすっかり失念していた。
「貴族が職業ってわけじゃないんですね」
「うーん、まあ、領地運営のこともあるから職業といえなくはないけどね。それだけを生業にしている人もいれば私のように兼業の人もいるんだよ」
「へー」
確かに、貴族の家に生まれた訳じゃなく勲功で新たに貴族になる人もいるだろうから、完全な貴族である必要なないのかもしれない。
「甲斐さんはどうして軍人になろうとおもったんですか?」
普段の甲斐さんは穏やかでとても好んで戦うような性格には思えなかった。
「似合わないって思ってるんだね?まあ、だから、かな。実は、子供の頃はよくいじめられてね。少しでも強くなりたいなと思って軍に入ったんだ。まあ、多少、腕に自信がついても元々の性格が変わったわけじゃないから今でも周囲に振り回されることもあるけどね」
「え、この世界でもそういうのあるんですか?」
良さんみたいな人が頂点に立っている国の、甲斐さんは公爵だ。
上級貴族である甲斐さんをいじめるような人が存在するものだろうか。
「うーん。今の世代ではほぼないだろうね。時代の問題だね」
「時代?」
「私の世代、真王陛下の世代はね、少し荒れていたんだ。当時の魔王陛下の直系の子孫は真王陛下だけで、もしも、があれば上級貴族の家から次代の魔王という可能性があったからね」
「あー」
甲斐さんの話を聞いて、その昔、平島さんが暗殺しようとしてきたと良さんが軽く話題に出していたことを思い出した。
「爵位こそは公爵だけれど、私はこんな風だからね。他の貴族の子供達からはきつくあたられたもんだよ」
「それって、良さんは何も言わなかったんですか?」
僕にだってあれこれと世話を焼いてくれる良さんが貴族の子供達の諍いを放置していたとは到底思えなかった。
「うーん。わかってもらえないかもしれないけれど。昔の真王陛下はね、どこからみても完璧な王子だったよ。物静かで、口数の少ない、勉学に黙々と努力をされるような」
「ええ!?」
あの良さんは、物静かで?口数が少ない?
僕が驚いた顔をしたのを見て甲斐さんが困ったように微笑んだ。
「あの方なりに、王子らしくあろうと装っていらっしゃったのだろうね。だからね、くだらないことを始める者がそれなりにいたわけだ」
くだらないこと、というのは、王位を狙うということだろうか。
「はぁ。結局、良さんが王位についたから平和になったってことですか?」
ただ、王位についただけで早易々と悪意を持つ人の意思がそがれるとは思えない。
そう思っていると。
「正確には、即位する一年くらい前かな。唐突に家出されてね。戻ってこられた時には妃候補も連れていたから大変な騒ぎになったよ。その辺りからかな、今のように振舞われるようになったのは」
良さんの奥さんは『落ち人』だったはずだ。
普通に貴族の女性を連れて帰るよりも問題は大きかったのだろうな。
「周囲が真王陛下の変化に戸惑っている間に、気が付けば色々なことが変わったし、終わったね」
甲斐さんが昔を思い出したのか複雑な面持ちでため息をついた。
「甲斐さんは、良さんが変わらなかったほうがよかったですか?」
今みたいな自由気ままな良さんじゃなくて、どこからみても王族らしい良さんなんて想像も出来なかったけれど、振り回されている甲斐さんは辛い思いをしているのだろうか。
「そんなことはないよ。まあ、困らされることもあるけれど、これでいいんだろうと思うよ。この今の平和は真王陛下が努力して築き上げたものなのは間違いないからね」
甲斐さんは、そう言って微笑んだ。
話の断片から想像するに、良さんが王になる前後辺りは、この世界も色々と物騒だったようだ。
国のトップに立つ者次第で世界は容易に戦乱に飲み込まれる。
良さんは、王になる前に、何かを掴んだのだろうか。
それこそ、完璧な王子の枠を破って今のような振る舞いをするのはかなりの勇気と自信が必要だっただろう。
僕は、ふと思いついて聞いてみた。
「良さんが、今みたいになったのって何歳くらいの頃なんですか?」
「うーん、確か王位継承の儀が行われたのが16の時だから、15歳くらいだったと思うよ」
「16!?」
「ああ、間違いないね」
正直、もう少し大人になってからの話だと思っていたので驚いた。
僕とそう変わらない年で、家出して、奥さんみつけてきて、周囲も説得した上で、今みたいな風に振舞うなんて、自分には出来そうもないなと思った。
周囲の大人たちをやり過ごしながら、でも、自分の思うように国を運営していく。
それは、並大抵のことではないだろう。
僕は、少しは成長しているのだろうか。
肉体的には、多少は鍛えられてきたと思う。
能力に関しては、知識不足で持ち腐れ状態だ。
精神的には、それなりに頑張ってると自負している。
まだ、冬の巫女姫も見つかっていないし、良さんの庇護下から抜け出して自活できる自信はないけれど、日本でひきこもっていた時よりは確実に自分で物事を考えるようになったと思う。
自分のペースでやっていくしかない。
「こちらと『落ち人』では成人の認識も違うから、年齢に関しては気にしないほうがいいよ。行き先も、笈川君が良いと思うほうを選ぶといいよ」
「あ、はい。よく考えてみます」
話が脱線して本題を忘れかけていた。
戦争用地域と女帝の国。
どちらを選んでも物騒には違いない。
どうしようかなあ。