森の頂上での出会い
「あーっ疲れたぁー」
僕は、思い切り伸びをする。両手を真上に上げて背筋を伸ばすと、座りっぱなしで縮こまっていた身体が開放されて喜んでいるのがわかる。
「若いのにだらしないぞ。フブキ」
「やー、学校の補修授業でも、こんなにハードスケジュールじゃないよ」
隣にいるマキちゃんは、背中に昼食の入ったピクニックバスケットを背負っている。
僕達は、王都の外れにある小高い森の中を歩いている。
王城で、模擬戦後の夕食会で、僕が、自分の結論を伝えたら、良さん指揮の下、冬の巫女姫捜索と今後の生活知識の為という名目で、各分野の専門家による特別授業を連日受けさせられていた。その中休みとして気分転換に、とマキちゃんと一緒に森へ散歩にきたのだった。
授業そのものは、難しくて理解できない分野もたくさんあったが、良さん曰く『数こなせば、一つくらい興味や得意分野が見つかるだろう。そのキッカケとして一応聞いておくように』とのことなので、テストで良い点をとらないといけないというプレッシャーもない分、気楽といえば気楽だ。
勉強のほかに、これは覚えておくべき常識として甲斐さんに聞いた話をまとめるとこうだ。
この世界は、正式な国名は数多あるが、大まかに3つの勢力に分かれていること。
人間にわかりやすく、黒・灰・白とわけられる。
黒は、魔王の治める魔族が多く住む魔王領とその周辺小国。
灰は、この世界の誕生から存在するという長寿血族が祭られている、主に魔力を持たない民族が住む国。
白は、魔族とは違い、聖なる魔力を持つ民族の国。議会制民主主義。
長い歴史の中で、各種族で争ったこともあるが、近年は大きな戦乱もなく、安定した行き来がある。
そもそも、世界そのものの天候を操る巫女姫が、いつどこの国に生まれるかもわからないので、争っていて自国だけ不利益になるようなことは避けたいというのが大きな理由だろう。四季の巫女姫に限らず、厄災をもたらす属性の巫女姫を戦争に使われては、世界そのものの存在が危うくなってしまうからだ。
その結果、各国妥協と協力の下、平等な生活基準が確保された平和な世界が出来上がった。
ただし、どこの国にも一定数、平和を好まない派閥があるので、知らない人が親し気に近付いてきたら、警戒するように、と甲斐さんから注意された。
「フブキ、頂上に弁当を食べれる公園がある。早く行くのだ」
マキちゃんは、尻尾を振り振りご機嫌だ。
僕も、久々の休みに少し浮かれているし、補助アイテムのお陰で体調も万全だ。ただし、外さなければ、だ。この世界で始めてお風呂に入ろうとした時に、腕時計みたいに外すものだと思って指輪になった補助アイテムを外したら、その場で昏倒してしまった。完全に自分の意思で能力を制御できるまでは外すまいと心に誓った。
「じゃあ、頂上まで走るぞー!」
「オー」
一人と一匹で駆け出す。
春の近い森は、新芽が芽吹き始めた木々に午後の柔らかな日差しがあたって心洗われるようだ。
10分程で、頂上に着いた。
王都を見渡せる展望スポットになっているようで、数人の人々(人型だけではないが省略する)がいた。僕達も、少しばかり街を見下ろしてからベンチへ向かう。小さい山なのでテーブルのあるベンチが少ない。そのほとんどは家族連れらしい人々で埋まっていた。その中に一つ、四人掛けくらいの広さの場所に、陽射し避けなのか薄いショールを頭に被った少女が座っていた。近所の住民なのか、可愛らしいレースのついたシャツに、ふんわりとした膝下くらいのスカートで、特に荷物もなさそうなので相席させてもらおうと近付いた。
「あの、ここでお昼食べさせてもらってもよいですか?」
声をかけると、少女はビクッと身体を揺らした。
急に声をかけて驚かせてしまっただろうか?
「急に話しかけてごめんなさい。驚かせちゃいました?」
「いえ・・・あの・・・貴方は・・・男性ですか?」
「え、そうですけど」
間違えられるような容姿はしていない。どうして、そんな勘違いをしたのだろう?と首をひねっていると、
「わたしこそ、失礼なことを申し上げました。わたし・・・目が不自由なので・・・」
「あ、それは・・・仕方ないですよね。気にしないでください。それなら、尚更、急に話し掛けたから驚かせたでしょう。こちらこそ、ごめんなさい」
「いえっ、気配は感じていましたので、それで驚いたわけではないのですっ」
少女は、慌てて弁解している。身振りへ手振りが愛らしい。ショールのせいで顔は見えないが、小動物のようで庇護欲を誘われた。
「あの・・・あなたの能力が、余りに先代の冬のお姉様に似ていたので・・・。つい女性だとばかり」
「あー・・・・」
それは、先日、タテノさんにも言われていたことだ。『氷の姫のものだ』と。
「その件に関しましては、真王陛下から春の祭典で告知されますので、今はスルーしてください」
もし、城下で能力視の鋭い人物に問われたらそう答えるようにとの指示通りに僕は答える。何度か遭遇したが、真王の名前を出せば、誰もそれ以上は問いかけてこなかった。
「そうですか。では、あなたも、陛下とご一緒に祭典に来られますの?」
「ええ、その予定です」
そこで、冬の姫巫女捜索隊長として全世界に紹介される予定になっている。
「でしたら、そのお話はここまでに致しましょう。ええと、昼食でしたっけ?どうぞ、遠慮なくおくつろぎになってください」
「ありがとうございます。あ、良ければご一緒にどうですか?サンドイッチですけど」
僕は、マキちゃんの背中から取り外したバスケットをテーブルに置く。マキちゃんは、トンッとベンチに飛び乗ってテーブルに出されるのを待っている。中身は、マキちゃん家で食べたものとは違う女子力重視の可愛らしいサンドイッチではなく、コッペパンに切れ目をいれてハムやサラダを挟んであるタイプだった。本日の料理人は、良さんの娘さんらしい。つまり、現魔王の兄妹だ。こちらは、見た目よりも、量に力を入れているようだ。
僕は、遠慮している少女を、驚かせたお詫びに是非、と説得して一つ、ペーパーナフキンで包んで差し出した。
「ありがとうございます」
彼女は、受け取って、食べにくいと思ったのか、頭のショールをスルリと外した。
薄桃色の髪が、陽射しに溶けて輝く。
「あ・・・」
僕は、目の前の少女に見覚えがあった。映像だけだが、間違いはないだろう。
春の巫女姫その人だった。