夏季休暇 17
皆が踊りつかれるまで僕はぼんやりと見学をしていた。
実は、礼儀作法の講義で一通りは踊れるようになっている。
しかし、舞踏会に参加したことはまだない。
参加したいわけでは絶対にない。
知らない女性と踊るなんて緊張するし、たくさんの貴族に囲まれたらどうしていいのかわからないだろう。誘われないのをいいことにのんびりしているけれど、いつかは出席せざると得ない時が来るのかもしれない。
その場合、僕がエスコートするのはサニヤになるのだろうか?
ポンッといつものメイド服姿のサニヤが浮かんだ。
それはない。
さすがに、その時はドレスを着てもらおう。
ラズリィーは当然、蒼記さんと踊るんだろうな。
蒼銀の髪の女性よりも美しい蒼記さんと、薄桃色の髪の可愛いラズリィーが踊るとそれはとても絵になる光景だな、と思った。
不思議に嫉妬は感じない。
そんな光景が見られたら幸せになれそうだな、と微笑ましい感情の方が強かった。
「さすがに、疲れた!」
アディが、踊りつかれて僕の方へ戻ってきた。
マーカスはまだ1人でステップの練習をしている。
案外、マーカスの持久力は凄いな、と感心した。
「お疲れさま。慣れないと足にクルでしょ?」
「おう。これ、ゲームじゃなきゃ、明日筋肉痛だったわ」
「あはは。でも、現実でもたまに練習しないと忘れるよ」
「そうだなー。あー、ラッテ、ウットリしちゃってるなー」
アディが良さんとラッテの方を見て呟いた。
僕も視線を向けると、確かにラッテが頬を染めて良さんを見つめながら踊っていた。
「こうやって客観的に見ると、やっぱり違うよな。肩とか腰とか、大人の男って感じ」
「うーん、それは確かに」
アディの言葉に僕も賛同する。
しかし、こちらはまだ成長期。
これからのはずだ。
肉体的な大人らしさはいずれ追いつくだろうけれど、人目を引く力、所謂カリスマというものは努力で何とかなるものだろうか?
普段、王族としてありえないくらいに明るい良さんだけれど、こうやって離れた所で踊っている姿を見るとその一挙一動が洗練されていて美しい。
身分のことを抜いてもラッテがウットリしてしまうのも理解出来た。
貴族の気品みたいなものは無理でも、第一印象で好印象を持ってもらえるような努力はしていきたい。
そこまで考えて、はた、と
僕、貪欲だな。
と思った。
ほんの半年程前までは、人並みに生活出来るようになることが望みだった。
しかし、今は、やりたいこと、知りたいこと、なりたい自分。
色んな欲求に満ち溢れている。
無気力に生きているよりは良いのかもしれないけれど、強欲も過ぎれば毒だ。
自分の欲求のために人に迷惑をかけてしまうことのないように時々は自分を客観的に判断したほうがよいのかもしれないな、と思った。
ラッテが踊り飽きるまで待った後、僕達は謁見の間へ行った。
謁見の間は、映画や漫画で見たのと同じようなつくりになっていた。
今、僕が立っている場所の真正面に城の主が座るべき王座がある。
明らかに高級そうな素材で構成されたその椅子は、誰も座っていないのに近寄りがたい印象だ。
それは僕だけではないらしく、他の皆も壇上の椅子を眺めているだけで近寄ろうとはしなかった。
1人だけ、良さんだけは普通に歩いていってこちらを見た。
しかし、椅子には座ろうとはしなかった。
それは、今は息子さんの場所だからなのか、単純に座る気分ではないからなのかは判断出来なかった。
ここを見たいといったアディはキラキラした瞳で周囲を観察している。
本当に謁見するのであれば周囲を見ている余裕もないだろうから今回は良い思い出になるだろうなとノンビリ考えていると、シュンと小さなノイズが聞こえた。
何だろう?と音のした方、王座の奥の方を見ると人が現れた。
直接会ったことは一度もない、黒髪の、良さんに良く似た青年。
現魔王陛下。
僕がそう気付いたのと、他の皆が気付いたのはほぼ同時だったようで一瞬の緊張の後、アディとナーラが跪き、遅れてラッテもそれに倣う。
僕も、そうするべきだろうと考えて僕も皆と同様に跪く。
確か、許可もないのに顔を上げるのは無礼とか漫画では見たな、と思って視線も床に向ける。
足元のゴミ1つない絨毯を見つめながら、今まで良さん相手に畏まったことがないのに息子さん相手に態度を変えるのは何か違うような気もしたけれど、悲しいかな、僕は日本人だ。
周囲に合わせる。
今後も一緒にゲームする仲間への同調を優先した。
「父上」
良さんよりは少し低めの落ち着いた声が響く。
「あっれー。何してんの?」
良さんのお気楽な様子に魔王陛下が小さなため息をつくのが聞こえた。
「時間が出来たので書庫へ行こうかと。父上こそ、子供を連れ込んで何をしてるんですか」
「うん?城内見学だよー。お前が来たから皆が緊張して固まっちゃったじゃないか」
「それは・・・申し訳ないことをしましたね。父上の客人の皆さん、どうか立ち上がって普通にしてください」
「そうだよー。今は現実の謁見なわけじゃないから、さー立った立った!」
何だか呆れているような声音で魔王陛下がこちらに声をかけてくる。
それに会わせて良さんも立ち上がるように促してくるけれど皆は硬直したままだった。
しかし、僕は良さんとはそれなりに長い付き合いなので、このままジッとしていても強制的に立ち上がらされることがわかっているので素直に従った。
けれど、一応最低限の礼儀は払っておこうと挨拶した。
「お初にお目にかかります、魔王陛下。笈川 吹雪です」
礼儀作法で習った最上級の礼が頭から零れ落ちたので、日本式に深く礼をして顔を上げると魔王陛下と視線が合った。
「ああ、始めまして。同じ城内にいるのに会う機会がつくれなくて申し訳なかったね。つい父上にまかせきりになってしまって」
「良ちゃんと吹雪君は仲良しなんだから心配いらないよ」
「・・・色々、言いたいことはありますが、私が居ては他の皆さんが気疲れするでしょうからもう行きますね。笈川さん、またいずれお会いしましょう」
「あ、はい。よろしくおねがいします」
僕の返事を聞いて魔王陛下は謁見の間から出て行った。
同時に、隣で皆が床に前のめりに倒れこむ。
「どうしたの?」
声をかけると、アディが搾り出すような声で、
「緊張した・・・驚きすぎて頭真っ白になった
と、言うと、
「まさか魔王陛下に会うなんて」
「心臓止まるかと思った」
ラッテとマーカスも力なく呟く。
「そんな大げさなー。ウチの子は皆大人しいから噛み付いたりしないよー」
良さんが笑い飛ばす。
「そういえば、書庫に行くって言ってたね」
ふと思い出して呟いた。
書庫には今、本に齧りついているナーラが一人で居るはずだ。
「「「あ!」」」
全員がそのことに思い至ったのだろう、声をあげる。
1人で魔王陛下に遭遇して驚くだろうナーラが容易に想像できた。
「とりあえず、僕らも行こうか?」
僕の提案に皆はすぐに立ち上がった。
良さんだけは、僕達の焦りが伝わっていないようでのんびりとしていた。