夏季休暇 15
書庫でナーラと別れた後、庭に出た。
謁見の間と舞踏会が行われる場所は、僕も入ったことがない城のど真ん中辺りにあるらしくて、城内でも端の方に位置していた書庫から向かうには庭が一番近かったようだ。
庭部分は、僕もたまに散歩したりしていたけれど広すぎてすべてを把握しているわけではない。
「庭は、庭師にお任せにしているから良ちゃんはよくわからないけど、一応一周する?」
「お願いします!あの・・・この全体を何人で維持しているのですか?」
マーカスが緊張した面持ちで訪ねる。
「んー。今は3人かな。専属庭師の一族だけでやってるからね。子沢山だと6人くらいいた時代もあったと思うよ」
「3人で!凄いですね!さすが王族専属庭師・・・」
マーカスが賞賛のため息をもらす。
僕も少しばかり驚く。
巨大な城内の庭のすべてを3人で維持するのはかなり重労働ではないだろうか。
しかし、この世界は地球よりも発達した科学技術と能力があることを思えばやれないことはないのだろう。
「今度、現実で来る機会があるなら庭師に紹介してあげるけど?」
「いいのですか!」
「いいよー。良ちゃんは忙しくて会えないかもしれないから、吹雪君に案内お願いすることになるけど?」
良さんに視線を向けられて僕は頷く。
「僕は大丈夫ですよ。でも、先に庭師さん紹介しといてくださいね」
案内役の僕が面識がないのでは案内のしようがない。
「あはは。忘れないようにしとくよ。ちょうど庭師の娘さんが君等と同じくらいの年だから、いっそ婿養子に来てもいいよ?」
良さんが軽い調子でとんでもないことを言い出す。
マーカスは、ハッとした表情をして何かを考え込みだした。
「マーカスん家、どうせ兄貴が後継ぐんだから丁度いいかもな」
アディがボソリと呟いた。
「何言ってるの!会ったこともないのに!向こうにだって選ぶ権利はあるんだからね!」
ラッテさんが女子として庭師の娘さんの方の味方をする。
「こればっかりは会ってみないとわからないよねー。マーカス君の好みのタイプかはわからないけど、明るくて良い娘さんだよ」
良さんがカラカラと笑う。
「あ、そうだ。あっちの温室はその娘さんが1人で担当している場所だよ。見てみる?」
良さんが庭の奥を指差す。
透明なガラスで囲われた温室は、僕の部屋から見える位置にあるもので、何度か入ったことのある場所だ。
僕の中で温室といえば、絶対に近寄りたくない場所トップ5にランクインしていた場所だった。
しかし、こちらに来てからは補助アイテムのお陰で入れるようになった場所でもある。
そこまで考えて、
「あ!」
と、思わず声をあげた。
「吹雪君、どうかした?」
「あ、いや。ゲーム内も現実と同じで夏なのに平気だな、って思って」
補助アイテムが起動していないのに、今、僕は平気で歩いている。
確かに補助アイテムなしでも体温管理が出来るようになってきてはいたけれど、それは能力の1つであって自然な状態ではない。
良さんは、僕の頭の上に手を置いて撫でながら、
「サニヤさんにバランス調整してもらったからだと思うよ?」
と、言った。
そういえば、水中神殿でサニヤが僕の突出していた氷の能力を調整してくれた。
あの異常なまでの暑さに弱い状態が、不自然な氷の能力によるものだったのならば、日常生活が送れるようになっていても不思議ではない。
「ああ!今まで気付いてませんでした」
「あはは。吹雪君は鈍感さんだねー」
僕達の会話に入ってくれないアディとナーラは不思議そうな顔をしている。
冬の巫女姫が無事に見つかって機会があれば、僕がどうしてこの世界に来たのか話してあげようと思う。今は、どこまで一般に話していいのはわからないので保留にするしかない。
マーカスは、僕達のことはすでに意識からないようで見えてくる温室に向かって黙々と歩いている。
「さー、ついた」
温室前に付くと良さんがその入り口を開ける。
夏なのに、温室の中からムワリとした空気が流れてくる。
中の方が湿度が高いようだ。
「わー!綺麗」
温室の中に入ると、中の鮮やかな南国の花々にラッテが感嘆の声をあげる。
マーカスは、1つ1つの樹木や施設装備を丁寧に観察している。
庭師にしかわからない何かがあるのだろう。
アディと僕は、大きな木の上に実っている椰子の実のような丸い実に興味津々だ。
「あれ、食べれるのかな?」
「堅そうだね」
「そもそも、どうやって採ればいいんだろ」
「やっぱり専用の道具があるんじゃない?」
そんなことを言っていたら、良さんが収獲した実の入ってる籠から1つ取り出して、
「食べてみる?」
と聞いてきた。
「食べれるんですか?」
「うん。これは殻が固いけど、中身はメロンみたいに甘くて柔らかいよ」
「へー!・・・じゃなくて、ゲーム内で食事って出来るのかなって思ったんですよ」
僕が自分の疑問を正確に伝えると、
「ああ、そっちか。うん。食べられるよ。ただ、現実と違うからお腹も膨れないし栄養も摂れないけどね。味見には丁度いいかもね」
と、良さんが答えてくれた。
「ゲームですもんね。味見してみたいかも!」
「俺も!」
アディも賛同してくる。
「オッケー。じゃあ、割ってみようか」
「楽しみだな」
「あ、私も食べてみたいー!」
皆でわいわいと良さんの元に集まる。
良さんが、どこからか斧を取り出してきて温室の隅にあった作業台に置いて割ると中から程よくオレンジ色に果肉が現れる。ついで、濃厚な甘い匂いが周囲に漂う。
適当な大きさに切り分けて皆でかぶりつくことになった。
本当はスプーンがあればよかったけれど、温室にあるわけがないので仕方がない。
ラッテは女の子なのでやはり戸惑いがあるのか、僕達に背を向けて静かに食べ始めた。
僕も甘い匂いに誘われてかぶりつく。
柔らかな果肉が口の中でじわりと水分を滲ませる。
メロンだ。
若干水分が多いもののスイカほどサッパリした食感ではなく、濃厚なトロリとした甘味を感じる。
くり抜いて他のフルーツと一緒に炭酸飲料に沈めたら夏らしいフルーツポンチが出来そうだな、と思った。機会があれば作ってみよう。
そんなことを考えていたら1人で周囲を見学していたマーカスがフラリとこちらにやってきた。
「マーカス君も食べるかい?」
良さんが木の実を差し出す。
マーカスは、首を横に振り良さんを見つめた。
暫しの沈黙の後、こう言った。
「真王陛下、先程のお話、前向きに検討したいと思います。庭師のお嬢さんとの面会の場を設けていただけないでしょうか」
新年、あけましておめでとうございます。