夏季休暇 13
翌日、約束通りの時間に迷宮前に集合した僕達は順調に4階まで進んだ。
しかし、やはり4階層のモンスターが群れで現れると昨日よりは確実に苦戦を強いられた。
何気ない感じで行われていた連さんのモンスターの引き付けはやはり必要な戦略なのだと思い知らされた。
少し休憩を取りながら話し合う。
「引くならマーカスかナーラかな?」
「うーん。足の速いモンスターに追いつかれないように引きつけるのは大変そうだよね」
これが日本のMMORPGなら魔法職か弓職の仕事だろう。
ゲームによっては壁役の剣士が敵の意識を自分に向けされるスキルなどもあったりするが、能力なしの現状、弓で一撃入れて注意を引く方が簡単そうではあるが、足の速さだけでいくならばマーカスよりもナーラの方が速い。
「群れの種類でどっちがやるか臨機応変に対応するしかないかな」
「そうね」
「それしかないか」
話し合いで決めることも大切だが、実際にやってみなければわからないこともある。
何度か状況に応じてマーカスとナーラに挑戦してもらった結果、どちらでもそう大差がないことがわかった。それは、どちらでも充分に役割を果たせるという意味ではなく、どちらがやっても引いているモンスターに追いつかれるという結果になったという意味だ。
足の速いモンスターから順に倒していきたいが、いつでも思い通りにいかないもので何度か作戦も何もあったものじゃないような乱戦になった。
なんとか勝利し、5階層まで降りた所で一旦、帰還して入り口周辺で休憩することにした。
「うーん、やっぱり総帥は只者じゃなかったんだなー」
「昨日、あれだけの数を引きながら余裕でこっちに指示だししてたもんなあ」
マーカスとナーラが疲れた顔をしてそんなことを話している。
「総帥?」
話の流れから連さんのことだろうと予測はついたけれど不思議に思ったので聞いてみた。
すると、逆に全員から「え!?」という驚愕の表情を向けられた。
「連様のことだよ?神魔族総帥・・・って知らないで昨日一緒に居たのか?」
アディが皆を代表する形で教えてくれる。
「神魔族なのは知ってるけど。水川伯爵が一番偉いんじゃないの?」
「魔族としては、お父上が伯爵位だけど、神魔族の総帥は連様だよ?」
ラッテが不思議なものを見るような眼差しを向けてくる。
「いや・・・それは聞いてなかったわー・・・。良さ・・・真王陛下からは何も言われてなかったし」
「「「「真王陛下!?」」」」
全員が悲鳴のような声で叫んだ。
お陰で迷宮入り口付近にいた他のパーティからも視線を向けられる。
「『落ち人』は国賓扱いって本当なんだ」
「え?吹雪って思ってるよりずっと偉い人!?」
何だか予想以上に驚かれていることに僕も困惑する。
「あの、期待されても困るからね?僕は普通にこの世界のことをよくわかってないだけだから」
実際、僕はこの世界ではかなりの世間知らずなはずだ。
皆の驚きの理由も『真王陛下と知り合い』ってことはやはり凄いことなんだなー、くらいで実感に乏しい。どうしたものかと考えていたら、ナーラが、
「そのわりには言葉が流暢だよね?かなり勉強したの?」
と、言った。
「え?いや、これは補助アイテムの翻訳機能だから」
と、僕は左手の人差し指に嵌めている補助アイテムを見せる。
「いやいやいや!」
「おかしいわよ?それ?」
「うん、おかしい」
「俺もおかしいと思う」
一斉に全員から否定の声が上がる。
「え?」
キョトンとしていると、
「ここ、ゲームの中だよ?補助アイテムの翻訳機能も起動しないはずだぜ?」
と、ナーラに指摘されて、
「あ!」
僕も思わず大きな声を出してしまった。
確かに、能力が使えないゲーム内では補助アイテムは使えない。
「本当だ・・・!僕、何で皆の言葉がわかるんだろ!?え?ずっと日本語で話してたんだけど・・・」
「いや、普通にここの言葉で話してるぞ?」
マーカスにそう言われて唖然とする。
いつから、僕はこちらの言葉を理解して話していたのだろう?
まったく自覚がない。
このゲームにログインした時から普通に連さんとも会話が出来ていたことを思い出す。
「吹雪、自分で気付いてなかったの?」
「うん。まったく・・・」
驚きすぎて思考が纏まらない。
「無意識で言葉を覚えるなんて『落ち人』って凄いんだね!」
ラッテが大きな瞳をキラキラさせてこちらを見てくる。
「いや、本当に自分でも何が何だかわからないだけだから」
余り過剰に『落ち人』を過大評価されても困るのでしっかり否定しておく。
しかし、皆は余り納得していないようだった。
当然、僕自身も習った覚えもないのに聞いて話せているのか全くわかっていないので皆を納得させるような話は出来なかった。
「ねえ!」
ラッテが再びキラキラした瞳で僕を見た。
「何?」
「吹雪って、もしかして魔王城入ったことあるの!?」
「うん?今は夏休みで水川伯爵の家にお世話になっているけれど、普段は王城に住んでるよ?」
彼女の質問の意図がわからないけれど素直に答える。
すると、
「マジで!」
「すげー!」
男子組から興奮した声が上がる。
確かに、魔王様の住む城で生活しているのは自分でも凄いと思う。
ラッテは、しばらくモジモジと手を動かしていたけれど、僕と視線が合うと、
「あの、あのね。無理だったら仕方ないんだけど。いや、無理だと思うけど・・・その、見学させてもらえたりしないかなー?なんて」
と、頬を染めて可愛くおねだりしてきた。
「ラッテ!」
「だって!一度くらいはお城へ行ってみたいじゃない!」
「それはそうだけど・・・」
アディとラッテが何やら言い争いを始めたので止めるべく口を開く。
「ゲーム内なら誰もいないし行ってみればいいんじゃないの?」
僕の言葉に、ナーラがボサボサの前髪に手を突っ込みながら、
「本当に、吹雪は世間知らずなんだなー。ゲーム内の建造物は、迷宮内以外は、自分が入ったことのある場所しか入れなくなってるんだぜ。じゃないと、犯罪者が下見し放題になるだろ」
と、言った。
「あー、なるほど。それもそうか」
「だから!吹雪が一緒なら中に入れるの!お願いっ!」
ラッテが目前で手を合わせて拝むような仕種をする。
しかし、そういう仕様ならば、僕が勝手に判断するわけにもいかないだろう。
「じゃあ、今日、夜にでも真王陛下に入れていいか聞いてみるよ。駄目だったらゴメンね?」
「やった!」
キャーッと叫ぶように飛び跳ねてラッテが手を握ってきた。
少しドキッとしたのは、恋愛感情ではなく、異性に手を握られたからだと思う。
なんとなく、ラズリィーの手を握った時とは感覚が違うな、と思った。