夏季休暇 11
連さんは腕を組んで空を見上げて何かを思い出すような仕種を暫くしていた。
僕は、彼が話し始めるまで黙って待つ。
無遠慮に亡くなった家族の話を聞きだそうとしているのだ。
急かして必要以上に傷つけたくはない。
時間が許す限り待つつもりだ。
それでも、連さんが口を開くのは思いのほか早かった。
「本当に、母に良く似ていましたね。負けず嫌いというか、変な所で意地を張って人に甘えない子でした。私に甘えたことは一度もなかったですね」
僕は、夢の中で見た霙さんを思い出す。
何か悲しそうなのに無理をして笑っているような彼女の姿。
一体、何が彼女をあんなに悲しませていたのだろう。
「吹雪さんは、妹が何故死んだのか聞いていますか?」
「いいえ。3年前に亡くなったとしか・・・」
そして、僕もその3年前に死んでいたらしい。
後、それよりも3年前、つまり6年以上前に冬の巫女姫と接触したのは間違いないはずだ。
「私もそう聞いています」
「?」
どこか他人事のようなセリフに戸惑っていると、その言葉の意味をすぐに教えてくれた。
「いつどこで、どういう風に亡くなったのはわからないのです。わかっているのは、冬の巫女姫が死んだという事実だけ」
「どうして亡くなったと・・・?」
「普通の巫女姫の場合と違って、四季の巫女姫が亡くなると異常気象が起きます。季節を支える者が失われた代償として季節の安定が崩れるのですぐにわかります。妹の時は、夏なのに3日続けて吹雪きました。その時点で所在がわからなかった巫女姫は妹だけだった」
3年前の夏。
それはつまり、もしかしたら、僕が死んだ日と同じ日なのではないだろうか。
「妹は、亡くなる数年前から消息不明で、祭典にも欠席していました」
え?
僕は非常に驚いてしまった。
世界のバランスを崩しかねない大切な四季の祭典を欠席するなんてことが通常ありえるのだろうか。
この数年、冬を飛ばして秋から春になっているのは知っていた。
けれど、それは3年前からだとばかり思っていた。
どうして誰も言ってくれなかったのだろう。
それほど長い冬のない期間は、この世界だけではなく地球にも影響を与えているに違いない。
杉浦さんの家でシノハラさんが話したことを思い出す。
『地球とこの世界は限りなく近いんだよ。地球の別次元の空間がこの世界だと思えばいい。だから落ち人が発生しやすいし、銀河系の太陽が爆発したらこの世界も消し飛ぶだろうし、この世界の季節が極端に狂えば地球も異常気象になりやすい。だから、冬の巫女姫不在は、ぶっちゃけこの世界の住人だけじゃなく地球にも影響が出ている』
きっと、この世界の人には知っていて当たり前の常識。
それなのに冬の巫女姫が、季節変更の神事である祭典に出席しないなんてことは考えられない。
僕の表情が強張ったのに気付いたのか、連さんが苦笑しながら、
「祭典に欠席はしていましたが、亡くなるまでは間違いなく季節の変遷は行われていましたよ。あくまで一般に告知するための祭典ですから、本当は人前でなくても出来るんですよ」
「あ、そうなんですね」
「ええ。だから、3年前の夏までは間違いなく生きていたと思います」
異常気象が起こり、そしてその冬、季節の変遷が行われなかったことによって誰もが霙さんの死を確認したのだろう。
「ただ、何故、妹が姿を消したのか、それだけは誰もわからないんです」
淡々と告げられる連さんの言葉は、悲しんでいるのか怒っているのか感情が読み取れなかった。
「そうですか。話しにくいことなのに話してくださってありがとうございます」
僕は深く頭を下げた。
「いいえ。次の冬の巫女姫が見つからない今、少しでも捜索の道筋になることを願っていますよ。さあ、そろそろ戻りましょうか。お菓子と羽については家に戻ってからゆっくりと話しましょう」
「あ、はい。ありがとうございます」
ベンチから立ち上がった連さんにゲーム終了のコツを教わる。
特別難しくはない。
ただ、心の中で『ゲーム終了』と強く思えば良いだけだった。
一瞬だけ視界が暗くなって、わっと思って目を閉じたけれど、目を開けた時にはゲームセンターに戻って来ていた。
座っていた椅子から降りると、ずっと座っていたはずなのに軽い疲労感を感じた。
現実時間では30分程度なのに、あちらでは半日ほど迷宮へ行って戦っていたりしたのだから多少の疲労感があるのは当然かもしれない。
連さんと一緒にサニヤとマキちゃんを探して下の階へ降りると、まだ1階でお菓子のクレーンゲームをやっていた。
横には戦利品の入ったビニール袋が置かれている。
放っておくと渡したお小遣いを全部使い切りそうな勢いだったので声を掛けてゲーム終了を促す。
「サニヤ、そろそろ帰るよ。お昼ごはん食べるでしょ?」
「お昼ご飯!食べるわ!」
「マキもー!」
単純な1人と1匹で非常に助かる。
僕も、ゲーム内で暴れたせいか思ったよりも空腹感を感じている。
「では、戻って昼食にしましょうか。その後、デザートを一緒に作りますか?」
「いいですね!」
連さんの提案を快諾して水川伯爵邸への道を歩く。
歩きながら、先代冬の巫女姫のことを考える。
僕が夢で見たのは3年よりもずっと前のことだと思う。
その頃から霙さんは何か悲し気だった。
きっと、皆の前から姿を消した理由はずっと以前から根深くあるものなのだ。
誰にも伝えず1人で、一体どこへ行き、どこで亡くなったのか。
探せば彼女の死を間近で見守った人物がいるのではないだろうか。
僕自身が死んだと言われている3年前の夏の日。
一体、何があったのか。
良さんは間違いなく、同じ日に霙さんが亡くなったことにも気付いたはずなのにどうして僕に何も言わなかったのか。
単純に、女性のプライバシーに触れるような真似をしたくないだけなのか。
僕に伝えると不都合な真実があるのか。
今までのことを思うと、良さんが僕に悪意を持っているとは思えないけれど、それでも、何も教えてもらえないのも辛い。
少し、良さんとも腹を割って話をする必要があるのかもしれない。
次々と色んな感情が渦巻いて押し流されそうになる。
僕は誰にも気付かれないように小さくため息をついた。
考え過ぎて悪い方向へ思考がいくのはよくない。
明日も皆と迷宮で待ち合わせをしている。
動いて気持ちを切り替えると見えてくるものもあるかもしれない。
今は、夏季休暇を楽しもう。