夏季休暇 9
なんとか複数のモンスターを倒し、際どい部分もあったが難敵である白虎を倒したことに僕が安堵していると、パンッと空気に響くような音がした。
音の方に視線を向けると、ラッテさんが頬を手で押さえている。
どうやらアディさんが平手打ちしたようだ。
「ラッテ!どうして最後1人で勝手に突っ込んでいったんだ!いつも冷静になれっていってるだろ!」
最後の最後で、ラッテさんが突っ込んでいった事を責めているようだ。
確かに、僕も冷や汗を掻いた。
ラッテさんは、大きな瞳にじわりと涙を浮かべた。
「うん。ごめん」
「誤るのは俺にじゃないだろ!吹雪にだろ!吹雪が剣を投げてくれなかったらお前は爪に引き裂かせてたんだぞ!」
アディさんの怒りは中々納まらない。
唖然と見守っている僕の後ろでマーカスさんとナーラさんが、
「まーたラッテが怒られてる」
「まー、仕方ない。今回は俺たちだけじゃないしなー」
「だよなー」
などと感想を呟いている。
どうも、ラッテさんは時々、先程のような無茶な特攻をやらかしてはアディさんに怒られているようだ。余程、付き合いの長い友人なのだろう、遠慮ない物言いにも愛情を感じる。
「お前はいつもいつも!」
何も言えずポロポロと涙を零すラッテさんが可哀想になってきて仲裁に入ろうとしたら、
「アディ、ヒートアップし過ぎ。吹雪さんのこと呼び捨てにしちゃ駄目だろ」
と、マーカスさんが先に割って入った。
「あっ!」
マーカスさんに指摘されてアディさんが咄嗟に僕を呼び捨てにしたことに気付く。
「ごめん。ついカッとなって。俺もラッテのこと言えないな」
しょんぼりと肩を落とす。
「別に呼び捨てでもいいよ。一緒に戦ってる仲間じゃないか!ラッテさんも、なんとか無事だったんだから泣かないで。次は、慎重にやろうよ?ね?」
「うん・・・。ごめんなさい。ありがとう」
ラッテさんが涙を手の甲で拭う。
頭上のポニーテールがピョコピョコと揺れる。
「本当に、ごめんな。その、勘違いだったらゴメンだけど、吹雪さんって貴族じゃないの?」
言い難そうに後頭部に手をやりながらアディさんが聞いてくる。
このメンバーのリーダーはアディさんで、暴れん坊のラッテさんと2人のやりとりをのんびり見ているマーカスさんとナーラさんという人間関係がうっすらを見えてきた。
「うん?違うよ。えーと・・・」
僕は言ってもいいものか、と少し離れた所で静観している連さんに視線を向けた。
連さんは、優しく微笑んで僕へ近付き両肩へ手を置いた。
「皆さんは私の顔をご存知だったのですね?」
連さんの言葉に皆は無言で頷く。
不思議な話ではない。
元魔王である良さんから紹介される人物はどの人も世間で名が通っている人物ばかりだ。
連さんだけが例外ということはないだろう。
しかし、この世界の人は若年層でも政治への感心が高いのだろうか。
現在の水川伯爵は連さんの父親である柾士さんだ。まだ継いでいない息子のことまで知っているものだろうか。
あ、もしかしたらお菓子作りの腕前で有名なのかも!?
そう思い至って自己完結していると、
「この方は、笈川 吹雪さん。『落ち人』です。今は夏休みなので我が家に遊びに来ているんですよ」
と、連さんが言葉を続けた。
「あっ、あー。なるほど」
「確か、水川伯爵夫人も『落ち人』だったからそれで・・」
「向こうに『夏休み』があるって本当だったんだ」
「『落ち人』が強いって本当だったんだ!」
それぞれが思い思いの感想を呟いている。
『落ち人』が強いって、マーカスさん、それどこの噂なのかな?
多分、それ極一部の人だけで、中には僕みたいに理由もわからず転げ落ちてきた残念な人もいると思うよ?
色々、つっこみたいのを押さえて、
「うん。だから、僕は貴族じゃないし、年も同じくらいだし呼び捨てにしてもいいよ?」
と言った。
彼等は顔を見合わせてしばらくお互いの様子を見た後、アディさんが口を開いた。
「よかったら、今日だけじゃなくて今後も一緒にゲームして欲しい。駄目かな?」
名前を呼ぶ話が何故か今後のゲームの話になって首を傾げた。
「今は夏休み中だから大丈夫だけど、それが終わったら時々しか遊べないと思う。それでもいいなら」
今日の4階のモンスターの猛攻を考えれば能力なしの状態で1人で戦い続けるのは厳しいのでこちらとしても非常に嬉しいお誘いだ。
1人で25階層までたどり着くのに気が遠くなるような時間がかかる気がする。
「もちろんだよ!時間が合えばで充分だよ!よろしくな!吹雪!」
そう言って笑顔で差し出されたアディの右手を僕も笑顔で掴んだ。
「俺らのことも呼び捨てでいいし!よろしくな!」
「おう!俺のこともマーカスでいいぜ!間違ってもマー君って呼ぶなよ!」
「あはは。自分から教えたら駄目じゃない。マーカスね、家でお母さんにマー君って呼ばれてるのよ」
「あっ!ばらすなよっ」
先程まで涙をためていた瞳でラッテさん、いや、ラッテがマー君こと、マーカスをからかう。
「こちらこそ、よろしくね。アディ、マーカス、ナーラ、ラッテ」
僕は全員の顔を見ながら名前を呼んだ。
「「「「よろしく!」」」」
僕達はお互いを見て笑いあった。
この世界に来て色々な人と出会ってきた。
最初は大人ばかりで、しかも男性ばかりで神様に苦情を訴えたかったこともあったけれど、白の領地でのカルスとの出会いといい、ゲーム世界の中でのアディ、マーカス、ナーラ、ラッテとのこの出会い。
やっと、『落ち人』だとか『異端』だとか、失われた3年間の空白のこと。
そういうことに関係がない友人というものが出来て本当の意味で地に足がついたというか、この世界で生きているんだなという感覚がした。
胸の辺りがほんわりと暖かくなるのを感じて干渉にふけっていたら連さんから声がかかった。
「さあ、もう5階層は目の前ですよ。良い時間ですからそろそろ移動しましょう」
「あ。本当だ!」
「戦ってると時間ってあっという間に過ぎるよねー」
ワイワイと雑談をしながらも隊列を組んで慎重に5階層へ降りる階段まで進む。
幸いにも小さな群れには出会ったが大型モンスターの乱入もなく5階層へたどり着いた。
これで全員が次回から5階層からスタートすることが出来る。
転送ゲートで迷宮入り口へ戻って明日から集合時間を相談して別れた。
「後はゲームをログアウトするだけですが・・・。一旦、ここを離れましょう」
「わかりました」
連さんの提案に頷く。
初めてのゲーム終了作業をするには迷宮前は人が多すぎて落ち着かないから僕としても助かる。
2人で迷宮入り口から城下町へ向かって歩き出した。