夏季休暇 6
王都外れにある迷宮の入り口には今まで見たことがなかった光景が広がっていた。
それは、人、だ。
僕がいつも午後から迷宮へ入る時は人を見たことがなかった。
けれど、今日は違う。
武装した人が何人も賑やかにしている。
ある程度グループで固まっているところを見るとRPGでお馴染みのパーティを組んでいるのかもしれない。
「僕、ここが賑わっているの初めてみました」
正直な感想を漏らすと連さんは微笑んで、
「現実の迷宮は危険ですからね。娯楽と自己修練にはこちらの方が適しているのでしょうね」
「はー。まあ、命は大事ですよね」
初めて迷宮へ入った時に看板を見たことを思い出す。
あの看板は、現実のためではなく、このゲームで入る初心者のためだったのかもしれない。
「そういえば、僕達がいたゲームセンターは誰もプレイしてませんでしたね」
ふと思いついたことを聞いてみた。
連さんはああ、と小さく呟いた後で、
「一族の者は水辺にいる時は基本的に戦闘欲が薄いですから」
と、言った。
水辺じゃなければ好戦的になるのだろうか?
「とりあえず入りましょうか」
「そうですね」
いつまでも入り口にいても仕方がないので転送ゲートへ向かう。
周囲のプレイヤーたちから何度か視線を感じた。
彼等の服装から察するに僕らが全くの普段着、つまり軽装だからだと思う。
皆の装備は本当のゲームのように鎧だったり篭手だったりを装備していて厳しい。
しかし、今更、装備を気にしても仕方がないのでそのまま1階へ移動する。
、『危険:モンスターが出ます!』
目前に懐かしい看板があった。
1階は特別怖くなかったスライムっぽいモンスターだ。
気負うことなく進む。
しばらく進むと最初の1体目に遭遇した。
「僕が」
と、連さんに軽く手を上げてからスライムに剣を振るう。
きちんと刃の部分が当たるように意識して叩くが、ポヨンとした弾力で弾かれるだけで倒せない。
槍だと一突きなのにな、と試しに剣を刺してみると簡単に倒せた。
「ソレは打撃抵抗値が高いので最後にやったように刺突がラクですよ」
「そうだったんだ。前来た時は槍だったから・・・」
「ああ、武器を変えると勝手が違って戸惑うこともありますよね。槍では何階層まで到達されてますか?」
「今、25階層の階層主で手詰まりです」
「ああ。それでしたら剣の熟練度をあげておく方が良いかもしれませんね」
連さんはにっこりと頷いた。
どうやら彼は25階層を突破しているようだ。
「連さんは何階層まで?」
「私ですか?もう長い間潜ってませんから今もいけるかわかりませんけれど、40階層ですね。あそこのモンスターが可愛くて」
「可愛い?」
「ええ。とても」
連さんは力強く頷いた。
可愛い系モンスターといえば3階で見かけたリスを思い出す。
一般的に可愛いと表現されるモンスターと思い浮かべてみる。
やっぱりモフモフ系?
兎とか鳥ってこともありえるのかな?
そんなことを考えている間に2階へと到着した。
静かだった1階と違って他のパーティーが火から逃げ回っているのか賑やかな声が響いてくる。
前は、槍を伸ばして距離を取ったりしたけれど、今日は剣だ。
いかに火を避けつつ懐に飛び込めるかが勝敗を分ける。
しばらく進んでいるとファイアーフラワーの姿が見えてきた。
「次は私が先攻します」
連さんがそう言って僕が頷くのを確認して走り出す。
シュッンと風を切るような音がしたと思うとファイアーフラワー茎を折られて枯れ始めていた。
速い!
僕は連さんの俊敏な動きに圧倒される。
今まで一緒に模擬戦や迷宮で戦った人達の中でも断トツの速さではないだろうか。
マキちゃんとどちらが速いだろう?と今までのマキちゃんの動きを思い浮かべてみたけれど、そもそも四足歩行の猫型であるマキちゃんと比べれるということが凄いことだと気付く。
模擬戦をしたとして、最初の一撃を回避出来なければ圧倒的に不利になるのは間違いない。
「凄いですね!」
「いや、久しぶりなので緊張しました」
僕の賞賛に照れたように微笑む。
今までの同行者と違って穏やかな空気をもの凄く感じる。
迷宮という危険地域にいるとは思えない、まるで部屋でのんびりお茶を楽しんでいるような感覚だ。
何がそう思わせるのだろう?
他の魔族とは違って聖力を持っているから?
聖力といえば白の民族。
ラズリィーと杉浦さんのことを思い浮かべてる。
うん、少し似ているのかもしれない。
そんなことを思いつつも僕達は進む。
僕も連さんに倣ってファイアーフラワーが火を吐くよりも早くに先制攻撃を出来るように出来るだけ速く動くことを意識する。
特に難もなく前進する。
一番の難所だろうと思っていた群生地帯は先行したパーティーが倒したようでほとんどが枯れていたので余裕で突破して螺旋階段をグルグル回って3階へ降りる。
明るい大森林へ降り立つと懐かしい看板を見に行く。
『注意
左:獣系モンスターが多くでます
真ん中:最短距離、ただし危険
右:植物系モンスターが多く出ます』
この看板を見て右へ進んで属性獣である柴犬たちに出会ったんだよね。
まだ一年も経っていないのに懐かしくて思わず見入ってしまう。
連さんも僕の隣に立って見ている。
「どうしますか?」
「そうですね・・・」
腕時計で時間の進みをチェックする。
王城から徒歩で来た分の時間経過を入れても現実では10分も経っていない。
残りの時間でじっくりとこのフロアを復習するのか、それとも行けるところまで最短で進むのか。
夏季休暇は始まったばかりだ。
毎日1時間程度、ここでゲームをしたとしても現実の迷宮への良い訓練になるだろう。
さすがに連さんに毎日付き合ってもらうわけにはいかないので今日の間にこの低層のモンスターについての復習と剣の訓練にあてることにする。
「今日はお試しで。急がずにじっくりやろうと思います。前は右へ進んだんだけど、連さんはどっちがオススメですか?」
「そうですね。笈川さんはいつもはお1人で潜ってるんですか?」
「はい。最近は、サニヤも一緒にくることもあるけど、原始種族は戦わないらしいので」
「そうですか。では、真ん中に進みましょう。一般的なパーティの連携を見学しながら進むと良いと思います」
連さんが一番難易度の高いコースを薦めてきた。
確かに普段見ることが出来ない多数での迷宮での戦い方を良い機会なのかもしれない。
「わかりました。えーと、苦戦しているパーティがいたとして助太刀しても大丈夫なのかな?」
日本でのオンラインゲームでは、救援依頼のない場合の戦闘へ参加は迷惑行為として嫌われていたことを思い出したので聞いてみる。
「そうですね。相手からの救援依頼があれば大丈夫です。人によっては自分達だけで達成しようとしているパーティもありますから確認はしておいた方がトラブルにならないと思いますよ」
やはり、この世界でも一応確認は必要なようだ。
当然か。
現実の命がかかった迷宮ではなくゲームなのだから。
「わかりました」
僕は頷いて真ん中の道へと足を踏み出した。