夏季休暇 5
僕は椅子に座って連さんに教わった通りに端末に触れた。
一瞬、意識が暗くなって何もない空間に放り出された。
上下左右何もない真っ白は空間に浮いている。
『聞こえますか?』
どこからか連さんの声が聞こえてきた。
「聞こえます」
『では、そうですね。王城に瞬間移動するようなイメージを思い浮かべてください』
僕は言われるがまま、王城の自分の部屋を思い浮かべる。
すると一瞬で何もなかった空間が王城の自分の部屋へと変化する。
こちらに出掛ける日の朝、最後に見たままの風景だ。しかし、そこにいるはずの柴犬たちはいない。
部屋の外に出てみても普段なら誰かしら侍女さんが歩いていたりするのに誰もいない。
まるでリアルな夢を見ているようだ。
『どうですか?』
「あ、はい。ちゃんと王城にいます」
『しっかりリンクできているようですね。ただ、私は王城の笈川さんの部屋の場所を知らないので出来れば運動場の方まで来ていただけると助かるのですが』
「はい。向かいます」
僕は返事をしてすぐに運動場へ向かう。
その道中にもやはり人は誰もいない。
人のいない王城なんていつもより広さを感じて寂しい。
いつもなら出来ないが走ってしまおうと決めて廊下を走りぬける。
運動場の扉を開くと中で連さんが待っていた。
「おまたせしました」
「いいえ。それで、どうしますか?試しに私と模擬戦をしてみますか?それとも迷宮へ潜ってみますか?」
連さんの提案に暫し考える。
能力が使えない状態での模擬戦は初めてだ。
しかし、自分以外の人は普段使わないで模擬戦てるみたいだ。それはやはり殺傷性が高いことと回避された場合の損害を考えてのことだろうと思う。
目の前に立っている連さんを改めてみると、蒼記さんほどではないけれど、かなりの細身だ。身長が高いことで足がかなり長くみえる。きっと女性にはモテルだろう。男性らしさというよりは絵本に出てくる王子様みたいな感じで。
思考が脱線しそうになったので元に戻す。
見た目では判断出来ないことはもう何度も学習してきた。
自分から言い出すのだから模擬戦もある程度の自信。
僕のような子供に負けないくらいの余裕があるのだろう。
胸を借りて教えを請うのもいいだろう。
もう1つの提案については、少しばかり疑問があるので質問してみる。
「迷宮へ行ってもモンスターはいないのでは?」
王城に誰もいないように、ゲームに接続していない人物はいないのならば行っても意味はなさそうだ。
あえていうならマッピングがしやすい?
でも、下の階層は階層主を倒さないと下りられないのだからいけても25階止まりになる。
「これはゲームですから、現実でのモンスターデータを利用してモンスターは再現配置されてます。ただし、属性結晶は落とさないし倒せば消滅して時間を置いて復活しますけど」
「え!えっと何階層くらいまで?」
もしも、最大到達階層まで再現されているのなら、これ以上はない安全な練習場所だ。
連さんはしばらく思い出すような仕種をして、
「確か200階層までだったと思います。到達者からのデータ提供で公開されていたかと。しかし、ゲームの中での到達はかなり厳しいでしょうね。能力なしの物理戦ですから」
「あー、そうですね」
連さんの言葉に僕は頷く。
ふと思い出したことがあったので聞いてみる。
「もしかして、その到達者って暮さん?」
「ええ。そうですよ。お知り合いでしたか」
「前に迷宮で会って夕食をご馳走になったことがあります」
「そうですか」
僕は連さんの答えに満足して小さく頷く。
シノハラさんと違って絶対に能力は使わない主義の暮さんがデータとして公開するのだから、そこまでは確実に能力を使わなくても到達できるということだ。
ならば、ここで連さんと模擬戦をするよりも、一緒に迷宮へ行って戦ってみるほうがいいかもしれない。自分と戦ってもらうよりもモンスターと戦っているところを客観的に観察するほうが勉強にもなるだろう。
そう決めた。
「迷宮へ行ってみたいと思います。ただ能力なしでは一度も挑戦したことがないので1階からゆっくりで。それで大丈夫ですか?」
「ええ。問題ないですよ。武器は、どうしましょうか」
「あ。補助アイテムは」
「使えませんね。それは魔力を通さないと変化しませんから」
そうだったのか。
今更ながらに少し驚く。
能力発動の補助のためのアイテムだと思っていた。
無意識に魔力(?)を通していたらしい。
「ああ。聖力を通しても変化しますよ。どちらにしても、ソレは子供が能力発動を学ぶための練習用なのでゲーム中は使えません」
なるほどなー、と感心する。
まずは変化させる練習をすることによってスムーズな能力発動への道筋をつけているわけだ。幼児教育にも力を入れているのだろうか。
「それと同じで空間収納も使えません。ここでは必要ないですからね」
「うーん、じゃあ運動場の模擬剣でも借りて行きます。もし壊れても現実では大丈夫なんですよね?」
「大丈夫ですよ。試しに何か壊してみます?」
「いやー。さすがに罪悪感が・・・」
「では、武器を選んだら行きましょうか。余り長時間プレイしているとサニヤさんが心配されるでしょう」
「あっそうですね」
僕は思わず腕時計で時間を確認する。
ここにきたのは何時頃だっただろうか。
昼食のことも考えると迷宮でゆっくりしている時間はなさそうだ。
しかし、何か違和感を感じる。
秒針が動くのが遅い?
時計が壊れかけなのだろうか。
その答えは連さんがくれた。
「失礼。言い忘れてましたが、こちらでの1日が現実の1時間程度になります。サニヤさんとマキさんの様子からして30分程は余裕があるでしょうから、ゲーム内時間で半日くらいの猶予はありますよ」
半日もあればそれなりに迷宮を進むことが出来る。
この辺りのシステムは、ゲームだからなのだろうか?
元々が要人が会議する用であったことを思えば、忙しい政務の合間に心置きなく長時間の会議をするために開発されたのかもしれない。
どちらにしても久々に異世界の技術に驚いた。
出来れば個人用に1つ欲しいくらいだ。
そんなことを考えながらも運動場の隅に置いてある修練用の模擬武器(刃を削って切れ味をおとしてある)を選びに行く。
僕は、一番慣れている槍と迷ったが、今後のために剣を選んだ。
連さんは、短剣とレイピアを手に取った。
「では、参りましょう」
「はい!」
僕達は迷宮へ向かって誰もいない王城を後にした。