夏季休暇 2
連さんに貰った地図を見てみると、水川伯爵邸のあるこの島は徒歩で外周を一周するのに4時間程度の広さであるにも係わらず一般住居や商店の記載が少なかった。
湖の中の島で一番大きい島らしいこの場所に住んでいるのは水川伯爵家の親族か使用人家族だけのようだ。それでも人口は小さな村よりは多いようで娯楽施設は幾つか点在していた。
周囲が湖だから何箇所かの釣り場と、島で一番小高くなっている場所に展望台。
映画館とゲームセンター。
詳しく見れば他にも色々あるのかも知れないけれど、パッと目に止まったのはそのくらいだ。
映画館は、テレビがあるから存在してもそんなに不思議なことはない。
しかし、ゲームセンター。
これに非常に心惹かれる。
王都の店も中まで入って確かめたわけじゃないので、もしかしたら今まで見逃していたのかもしれない。八百屋さんみたいに外見ですぐにわかる店ばかりに目がいっていた。
これは是非、確かめにいかなければいけない。
実は、日本でもゲームセンターで遊んだことはほとんどない。
何故って、人口密度と機械の熱気に負けるからさ。
僕のゲーム履歴書はほとんど家庭用ゲームだ。
異世界の、しかも日本よりも明らかに科学技術の発達している場所のゲームセンター。
これに心躍らないはずがなかった。
しかし、時間を確認すると午後3時過ぎていた。
今日は、屋敷周辺の散策だけで終わらせることに決めた。
この世界で目覚めてから半年ほど過ぎたけれど、知らない間に予定を立てて行動する癖が付き始めていることに気が付いて苦笑する。
分刻みというほど綿密には決めていないけれど、完全な行き当たりばったりというのは確実に減っている。
良い習慣なのかな?
部屋から出て改めて外を歩くと甲斐さんが言っていた通り気温が低いことに気が付いた。
勿論、夏だから寒いという程ではないけれど、冷え性の人なら半袖だと厳しいかもしれない。
湖の中の島だから?
日本なら避暑地として人気の観光地になったかもしれない。
散歩しながらマキちゃんにそのことを聞いてみたけれど、この周辺にはやはり神魔族しか住んでいないようだ。森ではなく湖だけれど、ファンタジー小説の中のエルフみたいに閉鎖的な種族なのかもしれない。
時々、すれ違う人も事前連絡が充分に行き渡っているのだろう、一瞬だけ僕の方をみて納得したような表情をして去っていく。
マキちゃんとサニヤは夕食と食後のデザートのことで頭が一杯のようで特別見に行きたい場所はないらしい。
一緒なのがラズリィーだったらなー。
一緒に映画を見たり展望台で夕焼けを見たりして・・・。
あっ、これじゃまるでデートみたい・・・。
自分の妄想で少し耳の後ろが熱くなった。
そういえば、蒼記さんがラズリィーのことで話をするって言っていたな、と思い出す。
なんだろう?
やっぱり、自分の婚約者と親しくしすぎって怒られるのかな?
ラズリィー曰く、名義上の仮初の婚約者。
しかし、世間一般には2人は婚約者として扱われているわけで。
その女性と僕が親しくしているのが余り良くないことくらいはわかる。
なんだかもどかしい。
どうして蒼記さんは恋人がいるのにラズリィーを婚約者に選んだのだろう。
今は会えない状態だと聞いてはいるけれど、それでも、恋人以外の人と婚約する理由にはならない。恋人だって知ったら良い気持ちにはならないだろう。
身分違いという理由なら、蒼記さんとラズリィーの方が身分違いだし、そもそも、この世界の人は地球人ほど身分に拘っていないようだ。
「どうしてだろうなー」
「ナニが?」
少し前を歩いていたマキちゃんが振り返った。
どうやら口に出していたらしい。
「うーん。ちょっとした疑問なんだけど、蒼記さんには恋人がいるんだよね?」
「そうだな」
「じゃあさ・・・、なんでラズさんと婚約してるのかなって・・・」
「順番が違う」
「順番?」
「婚約が先。恋人と付き合い始めたのが後」
「あー」
なるほど。
それならわからなくはない。
恋人と付き合い始めてたはいいけれど、何かのトラブルで会えない状態になっていて、婚約解消を先送りにしてるのかな?
恋人が傍にいない状態で婚約解消すると場合によったら新たに婚約を迫られるのかもしれない。
その辺りは本人に聞いてみないと詳しいことはわからないだろう。
「フブキがその辺りが気になるのはわかる。けど、蒼記に彼女をよこせと言ってもいいけど、恋人の話題には触れるな」
「っ!そんなこと言わないよ」
ラズリィーはモノじゃないんだから、そんなことは言えない。
婚約は・・・解消して欲しいかな?
あれ?
もしかして僕、ラズリィーのことが好き、なのかな?
自分でも自分の気持ちがよくわからない。
嫌いではない。
それは間違いない。
けれど、それが恋愛感情なのかと問われると自信がない。
恥ずかしながら今まで恋をしたことがない。
一般的によく言われることを考えてみる。
ラズリィーを可愛いと思うか?勿論、可愛い。間違いない。
ラズリィーと付き合いたいと思うか?付き合うってどういう状態のことだろう?
頻繁に会ったり一緒にでかけたり?
その場面を思い浮かべてみる。
悪くない。きっと楽しいだろう。
後は、手を繋いで歩いたり?キスやハグをしたり?
ボッと顔が熱くなるのを感じた。
イヤではない。むしろ歓迎したい。でも、それが恋愛か性的なことに対する好奇心かの区別は出来なかった。
「フブキ!」
マキちゃんの声を聞いて自分の思考を中断する。
「フブキ!あそこに駄菓子屋がある!」
マキちゃんが尻尾をブンブン振っている。
駄菓子。
それは魅惑的な言葉だった。
いつも王城で用意されているオヤツは駄菓子ではなく、立派なお菓子ばかりで、子供がお小遣いを握り締めて買いにいくようなチープなジャンクフードの類は全く出ない。
この世界での駄菓子というものにも興味がある。
「マキ、欲しい。フブキ!あそこ行こう!」
「うん。そうだね。でも、夕食食べれない程は食べないでね?」
僕がそう言うとマキちゃんは誇らしげに尻尾をピンと立てた。
「大丈夫だ!おい!サニヤ、サニヤも行くぞ!」
急に名前を呼ばれてサニヤがキョトンとしている。
お菓子の話題なのに反応が薄いことを考えると、もしかすると駄菓子という言葉の意味がわかっていないのかもしれない。そう思ってサニヤに声をかける。
「サニヤ、お菓子屋さんに行くよ」
「お菓子!行く!」
僕の想像は当たっていたようだ。
サニヤが眠る前には駄菓子というものが存在していなかったのかもしれないな。
そんなことを思いながら駄菓子屋で向かっていくマキちゃんの後を追って歩き始めた。