夏季休暇 1
王都から馬車で揺られること3日目の午後。
慌てず急がずゆっくりとやってきました、水川伯爵領。
御者のおじさんに到着を告げられて馬車から降りて目にしたのは巨大な湖と船着場だった。
湖だと聞いていたのと潮の香りがしないので確かに湖なのだろうけれど、予備知識がなければ海だと勘違いしただろう程の巨大さだ。向こう側の岸が見えない。変わりに湖の中に小さな島が幾つかあって建物が建っているのがわかる。フォロワーツ神殿と似たようなギリシャの建築物を彷彿とさせる白い建物が幾つも見える。
あれも神代建築物だろうか?
そんな事を考えていると馬車からマキちゃんがピョンッと飛び降りてきた。
マキちゃんは黙って船着場の方へと歩いていく。
御者さんにお礼を言ってから僕とサニヤもその後を追う。
「水川伯爵の家ってどこら辺なの?」
周囲を見渡すけれど貴族の屋敷と思われるような建築物はない。
小さな民家が立ち並ぶ集落のようだ。
マキちゃんは、船着場の前で足を止めて振り返る。
「あそこ。あの湖の真ん中辺りだ」
「え?あっちなの」
「そうだぞ。水川一族は、水の能力に特化した一族で、水辺に好んで住むってカイが言ってた!」
「へー」
ふと、先代冬の巫女姫、立野 霙さんの名前を思い出す。
冬の象徴のような存在なのに、霙って少し変だなって思ってたんだよね。
僕の名前、吹雪とか、女の子なら、小雪とかならわかるけど、霙って少し意味合いが違うから。
そんなことを考えつつ、マキちゃんの後について乗船手続きをする。
良さんから連絡が入っていたらしく、スーツ姿の金髪のお兄さんがすぐに乗る船へ案内してくれた。
僕達を案内する為だけに用意しされていた船らしく乗船するとすぐに出発した。
どんどん近付いてくる建物を見ていると海外旅行に来たような錯覚を覚える。
王都にしても白の領地にしても、どこか近代文明に近い部分があったけれど、この湖の中に聳え立つ建物は観光のパンフレットで見るような光景に近かった。
ギリシャ、ローマ、イタリアなどの観光案内を見ているような気分だ。
実際には海外どころか異世界なわけだけど。
湖の中でも一際大きな建物のある島に着岸して船を降りると1人の青年が立っていた。
ストレートの長い金髪の髪ので肌が抜けるように白い青い瞳をしていた。
服装は至って普通にスーツの上着のない状態。
やはり、魔族は美しい人が多い。
だからこそ、魔性と称されるのかもしれない。
この世界の魔族の定義が残虐性ではないことだけは間違いない。
「ようこそ。笈川さん。サニヤさん。マキさんもお久しぶりです」
青年がよく透る声で声を掛けてきた。
僕は軽く目礼をして挨拶をする。
「はじめまして。笈川 吹雪です。こっちがサニヤです。よろしくです」
「よ!マキ、きた」
マキちゃんは尻尾を全開に振っている。
サニヤはいつものようにメイド服でお辞儀をした。
折角の旅行なのだから可愛い服を着ればいいのに、と思う。
勿論、メイド服も似合ってはいるけれど。
「私は、水川 連と申します。伯爵である父、柾士の名代として皆さんをお迎えにあがりました」
どうやら彼が先代冬の巫女姫のお兄さんのようだ。
つまり、魔力と神聖の両方を併せ持つ神魔族ということだ。
残念ながらキラキラの妖精羽は隠されているらしく見ることは出来なかった。
お願いすれば見せてもらえるだろうか。
スラリとした長身の彼の背中に妖精羽が生えているところを想像してみる。
違和感なく似合う。
「長旅でお疲れでしょう。昼食はおすみですか?」
そう言われて朝食を食べた後、馬車の中でオヤツにパンを少し食べただけだったことを思い出す。しかし、僕が言い出すよりも早くマキちゃんが空腹を訴えた。
「マキ、空腹!サニヤも空腹!」
ちょっと、僕のことはいいの?
不思議とマキちゃんとサニヤの相性は良いみたいで、中院公爵領でもそうだったけれど、案外仲良くやっている。
連さんは、マキちゃんのそんな調子に慣れているのか、
「では、先に食事を。ご案内しますね」
と歩き出した。
さり気なく僕の持って来た荷物を持っていかれた。
やはり、この世界の貴族は貴族らしくない。
案内された建物の内部は意外と普通だった。
王城の食堂と同じくらい広い食堂で使用人さんたちが配膳しているのを見ながら水川伯爵にご挨拶をしたいことを告げると外出中だと言われた。どうやら会えるのは夕食の時のようだ。
しかし、建物の広さといい、使用人の数といい、水川伯爵邸の方が王城よりも人口密度が高い気がする。
しかし、獣人系の人がいない。それどころか、なんとなく全員の雰囲気が似ているところを思うと、もしかしたら血族なのかも知れない。
昼食は、フランス料理に近かった。
食べ終わる頃に新しい皿が目の前に出される。
良さんから聞いていたのか、サニヤの分だけは一皿の量が多めだった。
最後に出てきたデザートまでとても美味しくいただいた。
食後に僕達が泊まる部屋へ案内される。
窓の外から湖がよく見渡せる眺めのいい部屋で、広さも一人で使うには申し訳ない程だったのだけれど、ベッドに天蓋が付いていたのに若干引いた。
ファンタジー漫画で時々見かけるけれど、実際に自分が眠ることになると落ち着かないだろうな、と思っていると連さんが島内の地図を持ってきてくれた。
「若い方が楽しめるような娯楽施設はありませんが、どうぞご自由に島内を見学してください。一族の者にも通達はしてあります」
僕は地図を受け取ってお礼を伝える。
「ありがとうございます。あの、連さんはお菓子を作ったりされてますよね?」
「ええ。趣味程度ですが」
趣味程度に収めておくには惜しい程の腕前だと思うのに本人は至ってノンビリとしている。
「僕、最近、料理に興味があって。後で時間がある時に何か簡単なもので構わないので教えてもらえませんか?」
「ええ、いいですよ。笈川さんの滞在中は私も公務は入れてませんから、いつでもお声をおかけ下さい」
連さんは、そう言って部屋を出て行った。
平島さんの時といい、さり気なく良さんが僕のために人を手配していることに驚かされる。
とにかく、約束は取り付けたのでお菓子作りを教えてもらっている時にでも妹さんについて聞いてみようと思う。
肝心のお菓子は、何を教えて貰うのがいいのか思案処だ。
出来るだけ短時間で出来上がってサニヤが満足感を得られるモノがいいな。
後は、ラズリィーに次会う時のお土産に渡せるようなモノかな。
そんなことを考えながら貰った島内の地図を広げた。