空白の時間
「今年の冬は、もう終わるから、次の祭事までに結論を出してくれればいいよ」
「死ぬのは、回避したいので。1か2で・・・お願いしたいです」
祭事が、僕に出来るのかという問題もある。長い呪文唱えたり、舞い踊るのだったら、練習だけでもゾッとするけれど、命には代えられない。
「僕に、代わりが勤まるのか自信がないんですけど」
「大丈夫、ちゃんと制御出来るようになれば、そう難しいことはないよ」
「がんばります」
良さんと会話していると、シノハラさんが、床で眠ったままだった甲斐さんをつまみあげた。
小さなフワフワの白い子猫は、全く目覚める様子がない。
「こいつ、どういう仕組みでここまで小さくなるんだろうなぁ?」
シノハラさんが、呟く。
僕も、全く同感だ。マキちゃんみたいに人間の大きさなら、まだわかる。成人男性が、両手の平にスッポリと入る大きさになるのは、まさにファンタジーな出来事だ。
「シノハラの魔力無効で、呪い解除とか出来ないの?」
良さんの問いに、シノハラさんは、甲斐さんを目の前でユラユラさせて、
「出来るような気がするが、このままの方が面白いから解除たくないな。どうしても試したいなら、息子に頼んでみたら?同じスキル持ちだし、いけるだろ」
「うーん、甲斐がどうしても解きたいって言うんじゃなきゃ、俺も面白いから別にいいかなー」
公爵家の呪いを面白いで片付ける二人に、唖然とする。
この世界の人は、総じてお気楽な感じだ。
今までにわかっている状況からみても、季節がひとつ抜けるような大災害なら、普通の異世界物語なら、皇女様や聖女様に『このままでは、世界の均衡が崩れてしまいます。どうか勇者様の力でお助けください』っていう物語なりそうなのに。いや、まあ、勇者の役を押し付けられても困るわけだけれど。
「そういえば、この世界って今、冬なんですね。僕の居た場所は、初夏だったんですよ」
僕が、何気なく言うと、二人が困惑の表情を浮かべた。
「まあ、地球上でも場所で季節は色々なんで、当たり前ですよねー。あ、僕が居たのは日本なんですけど」
「お前の住んでた所・・・・、西暦何年の何月だった・・・?」
シノハラさんに聞かれて、僕は答えた。シノハラさんは、甲斐さんを手近なテーブルの上に寝かせて、僕の両手を握ってジッと視線を合わせてくる。
数分間は、そうしていただろうか。
シノハラさんが、手を離して良さんの方を見る。
「これ、今、言っちゃっていい?役所の報告待つ?」
「あー、そういえば、基礎データ採取したんなら、そろそろ報告がくるか」
二人で、困ったような顔をしている。
「あの・・・何か変だったでしょうか?」
「うーん、まあ、パニック起こしたら、シノハラに殴られると思って冷静に聞いてくれる?それとも、ちょっと時間空ける?」
殴られるのは嫌だけれど、時間を空けられると怖い想像が際限なく溢れてきそうなので、思い切って今聞くことにした。
「吹雪君が、最後に覚えてる時間から、3年経ってる」
は?
「えと、甲斐さんに巫女姫が亡くなったのも3年程前だって聞いてて・・・僕が、体質が辛くなったのも3年前だから、時系列が・・・それだと6年前って事に・・・」
もはや、自分でも、何を言ってるのか理解はしていない。
「そうだねー。だから、多分だけど、6年前に、彼女が、君に力を移した、もしくはもっと前からかもしれないね。とりあえず、間違いないのは、君に空白の3年があるってことだよ」
「そんなこと言われても・・・起きたらマキちゃん家の庭だったくらいしか・・・」
僕の記憶にない3年の間、僕はどうなってたんだろう?
「記憶喪失とかはないですよ。だって、来てた服もそのままだったし、身長も伸びてない感じがするしっ」
「それは、疑ってないよ。むしろ、ここからが問題だよ」
「あっ、僕、失踪扱いになってるんじゃっ」
3年も音信不通状態になってるってことだ。今更、戻ったとして言い訳が大変だ。
「それは、役所が調べてくれると思うけど。シノハラ、これ、どうなの?時間止まって眠ってた感じ?」
良さんの問いかけに、シノハラさんが、
「いや、こいつ、一度死んでるわ。3年かけて、この世界に肉体を再生構築したんだろう。もう、地球では、すべて終わった後だろう」
は?
「いや、あの・・・僕は、死んだ覚えは・・・」
「現実だから、受け止めろ。もう、お前は純粋な人間じゃない。こっち側の生き物だ」
「え、じゃあ、家に帰れないんですか?」
家族は、学校は・・・
僕のこれからの生活は、どうすれば・・
「どーしても、帰りたい?」
どうしても、と聞かれると答えられない。戻れないと言われれば戻りたい気がする。
「こっちの常識とか、全然わかってないし、やっぱり、ずっと生活してたから愛着とか・・」
「たまに観光名目で帰省は出来るよ?知り合いに会わないことが前提だけど。死んだ人が帰って来たらホラーだからねー」
良さんが、何でもないことのように言った。
「俺も、たまに行くしね!友達がメロンパン好きでさー。時々、買いに行ってるよ」
「え・・・メロンパンですか?」
「そーなんだよ。だから、行き来だけなら、大丈夫だよ?だいじょーぶ!」
そういえば、行き来は頻繁にあるんだった。それは、つまり、僕が人間じゃなくても、地球に戻るだけなら容易なことだということだ。
ただ、笈川 吹雪として、家族に、友人に、住んでいた町には戻れない。
「世を儚んで自殺とかはやめとけ、恐らく、お前は死ねない。塵と消えても数年で再生するだろうよ」
シノハラさんが、怖いことを言い出した。
「まあ、これで3の選択は消えたわけだ、よかったな」