『予知』と『先見』
王城に戻ってから数日、未だに良さんと会うことはなかった。
ラズリィーも、侍女のアマリカさん経由で「秋の祭典まで会えそうにない」というメッセージを受け取った。残念だ。
僕はというと、白の領地出発前と同じように午前中は講義、午後は自由時間なので自主鍛錬をしたり迷宮へ行ったりと代わり映えのない生活をしている。
表面上は、普通に過ごしているけれど、色々な疑問や壁にぶつかって精神衛生は余りよろしくない。
「うーん」
唸ってみたところで名案が浮かぶわけでもないけれど、ついつい声に出してしまう。
良さんに会えないから『魔剣クリスタルシュガー』を借りたままなことは、空間収納に入れているので盗難の心配はない。僕が死んだ場合は返せなくなるけれど、そんな危ないことをするつもりはないので保留にしている。
結界内への瞬間移動のことも、誰にでも聞ける話ではないので保留だ。
迷宮26階層へ行くためには水中で呼吸できるような能力を使うか、口に入れておくと10分程度水中で呼吸出来るというユワラの実を使うかという選択肢になってくるのだけれど、王城内のプールを借りて潜水の練習をしてみるも挫折。水中で呼吸出来るイメージが纏まらない。ここ最近、能力が不発することがなかったので油断というか怠惰の代償かもしれない。ユワラの実は、庭師さんに聞いてみたらあっさりと小袋一杯入ったものを貰えたけれど、それはあくまで保険としてキープしておきたい。
そして、水中呼吸の能力習得以前の問題が発生している。
25階から登場する階層主である巨大な貝のモンスターだ。
浅瀬にいるのでよく探せば遠くからでも貝の上部が水面に出ているので発見は容易だった。
しかし、堅さが尋常じゃなかった。
槍で突いても剣で叩いても、火の能力で焼いてみても貝は閉ざされたままだった。
本体は中身なのだろうから、外側を破壊することが出来ない以上はまず最初の段階で積んでいる。
何か良い打開策はないだろうか。
そう思って城下町の書店めぐりをしてモンスター図鑑や迷宮関係の書籍を探してみるのだけれど、20階くらいまでの浅い階層の本は見つかったけれど、それより深い階層の情報が載っている本がなかった。売り切れなのか、そもそも一般人は20階までで充分なのかわからないけれど、僕が必要な知識の載っている本はどこにも見当たらなかった。
勿論、食材と生態の勉強のために20階層までのモンスターの本は購入した。
お値段、日本円にして2万円くらいだった。
その値段が妥当なのかは僕にはわかりようもない。
ついでに誘惑に負けて漫画も数冊購入してしまった。お試しだったので1巻で完結しているものを選んだけれど、普通に面白かった。あと、地味に一般的に使われる能力についての勉強になった。
「うーん」
図鑑を開いて唸っているとサニヤがお茶とお菓子を持って部屋へ入ってきた。
部屋の時計で時間を確認する。
もう3時か・・・。
午後からずっと図鑑とにらめっこしていただけという事実に驚く。
「吹雪、お茶持って来たよ。休憩しよう」
「うん、ありがとう」
テーブルにお茶とお菓子をおいてソファーに座るサニヤを見る。
相変わらず表情が乏しいけれど、何となく機嫌の良し悪しを感じ取れるようになった。
王都に戻ってから様子を見てサニヤに色々質問をしてみている。
先日の蒼記さんへの宣告については『彼から敵の気配がした』の一点張りで要領を得なかったけれど、語彙は確実に増えていっている。目覚めて活動することに慣れてきたのだろうか。
「何を唸っていたの?」
「25階の貝をどうやって突破しようかなって悩んでたんだよ」
「それについての明確な解答をするべき?」
サニヤが小首を傾げてくる。
僕は首を横に振る。
語彙が増えた分、長命種族であるサニヤには膨大な知識があることがわかってきた。
聞けば答えをくれることはわかっているけれど、僕がサニヤにお願いして毎回答えを教えるか事前確認をしてもらうようにしてある。
どうしても直ぐに答えが欲しい訳ではないことは、自力で考えるようにしたいからだ。
シノハラさんも、暮さんもきっとそうやって自分で自分を鍛えてきたはずだ。
日常的に自分で判断する癖をつけておかないといざという時に動けなくなってしまいそうだから。
そう、あの住宅消滅も、夢で先に見ていなければ驚くばかりで初動が遅れたに違いない。
そういえば。
ふと、オフィスビルのような場所で何かを探し続ける夢はどうなったのだろう、と思い出した。
夢の感じから、同じ『先見』で予見された未来だと思っていたけれど違ったのだろうか。
「ねえ、サニヤ」
僕は、サニヤが持って来た珈琲を一口飲んでから声をかけた。
「はい」
「『先見』って外れる場合があるのかな?」
「いいえ。『予知』と違って『先見』は確定された未来だから外れることはありません」
「その2つって違いが明確にわかるの?」
「『予知』は、対象の事象に関して何かが起こりそうだという直感を感じるの。『先見』は明確な映像を伴うので明確よ」
なるほど。
『予知』は虫の知らせのように、何となく嫌な予感がする程度のもののようだ。
「じゃあ、僕の勘違いで単なる夢だったってオチかな」
他の『先見』の夢の不穏な空気のせいで『探し物』をするという夢の中で感じたプレッシャーを同一視してしまって『先見』だと思ってしまったのかもしれない。
サニヤは、僕と同じように珈琲を飲んで何かを言いかけて止めた。
「どうかした?」
「1つ、『先見』を外す方法があるよ」
「そうなの?」
「平行世界という概念はわかる?」
確か、根源は同じ世界だったけれど、それぞれ違う過程を辿った別の世界だっけ?
世界が一本の木だとすると、幹が今いる世界で、そこから枝分かれした無数の世界がある、みたいな考え方だったと思う。
「例えば、この後、僕が珈琲を飲む世界と飲まない世界で分岐している、みたいな。なんかサウンドノベルゲームみたいなヤツだよね?」
「うん。『先見』で見たことが起こりえない世界に飛べば、自分自身は回避出来る」
「えーと、それじゃあ、元いた世界では絶対に起こるのは間違いないんだ?」
「そう。それは逃れられない。その世界には確定されている未来だから」
「それじゃあ意味ないか。自分だけ逃げても仕方ないよね」
自分だけ回避出来たとしても、惨劇が目の前で起こるか起こらないかの違いでしかない。
それに、違う世界へ行くということは、どんなに良く似ていても『違う』ということだ。
1人で、今までとは違う歴史を辿ってきた場所で生きていくのは孤独だろう。
結局、それが自分を苦しめるに違いない。
「まあ、そんな能力持ってないから心配いらないか」
ため息混じりに呟くとサニヤが不思議そうな顔をした。
「それについての明確な解答をするべき?」
僕は、驚いて食べようと思って摘んだクッキーをテーブルに落っことした。