サニヤの宣告
「恋人」
蒼記さんの言葉にサニヤが反応してギュっとくっついている腕に力をいれてより密着してくる。
「ちがっ違うよっ、サニヤは恋人じゃないからね?いや、あの、大事には思ってるけど、家族っていうか、恋人っていうのとは違うからっ」
「家族?大事?」
「そうだよ。サニヤは大切な僕の家族だからね」
僕が否定の言葉を出すとサニヤの表情が沈んでいくのがわかったので必死でフォローしつつも否定する。そんな僕の様子を見て蒼記さんがクスクスと笑う。
「あはは。ゴメンゴメン。そんなにムキになって否定すると余計に怪しいよ?」
「いやいやっ違いますからね?」
蒼記さんは楽しそうに笑う。
僕をからかって遊んでいるだけだとわかっているのにそんな仕種も絵になって美しい。
完全にオモチャにされている。
蒼記さんはひとしきり笑った後で、
「原始種族のサニヤでしょ?ラズから聞いてるよ」
と再び笑った。
もう完全に弄ばれている。
サニヤとの出会い云々は一部、その場にいた者だけの秘密になっている情報があるのだけれど、ラズリィーはどこまで蒼記さんに説明したのだろう。2人の関係を考えれば全部報告していると思っておいた方が良さそうだけれど、あえてこちらから確かめる必要はない。聞かれたことにだけ無難に返事をしておこう。
「そうですよ。ほら、サニヤ。中院 蒼記さんだよ」
「サニヤです」
サニヤがスカートの裾をついっと持ち上げてお辞儀する。
それを受けて蒼記さんが胸元に左手を添え右手を後ろに回した状態でスッと軽やかに礼をした。始めてみる形式の礼だったけれど、美しい人がやると絵画のような日常から乖離した光景だった。
僕は見とれていたけれど、サニヤは別の感想を抱いたようだった。
「私は貴方に宣告します。わが主の行く手を妨げること、害なすこと、その対価。私の真名において貴方の生命の終焉とすることを」
淡々と言葉を紡ぐサニヤ。
どういうこと?
言葉の意味を思い出しながら考えてみる。
サニヤが言ったことはつまり『蒼記さんが、僕の邪魔をしたり傷つけるようなことをしたら私が殺しますよ』という意味だ。
原始種族は不干渉の制約がされてるはずなのに、どういうことなのだろう。
しかも、堂々と殺害宣言である。
僕は慌てて、
「サニヤ、蒼記さんは僕を傷つけたりしないよ。そんな風に言っては駄目だよ」
と、嗜めた。
蒼記さんは、動じる様子もなく、いつものように微笑んで、
「場合によってはあるよ?」
と爆弾を落としてきた。
ここは、そうだよ、怖くないよーと一緒にサニヤを宥めて欲しかった。
僕の苦情の視線に気付いたのか、蒼記さんは付け加えた。
「僕は、僕の邪魔をする者は容赦なく排除するよ。譲れないものは譲らない。でも、笈川君は僕の邪魔をしたりしないよね?」
「邪魔って。そもそも、何をすれば邪魔になるのかわからないよ」
蒼記さんは、そうだねえ、と夜空を見上げた。僕も釣られて上を見る。
空には月が出ていた。満月に近い月の光で星が余り見えない。
「たとえば、僕が世界征服を始めたら?」
「え?するんですか?」
「あはは。たとえば、だよ。どうする?邪魔しちゃう?」
僕は、少しだけ考えてから返事をする。
「政治の駆け引きはわからないし、一般人が平和に暮らせるのなら、僕は頭は誰でもいいかな」
自分が政治の舞台で何かをしようという野心もないし、戦争や厳しい法律で縛られて一般人が生活するのが困難になるわけではないのなら、王でも総理大臣でも、リーダーが誰でも問題がないと思った。
「あはは、日本人って、草食だよねー。でも、詩織さんのことは助けたんでしょ?その行動力がいつか、僕の邪魔になるのなら、その時は仕方ないね」
「そんな日がこないことを祈ってますよ」
詩織さんのこともすでにラズリィーから聞いて知っているようだ。
僕自身の望みなんてちっぽけなものだ。
冬の巫女姫を見つけて、自立できるように足場を固めて、サニヤと柴犬たちとささやかな暮らしをしていきたい。欲を言えばそこに恋人がいればもっといい。
「僕もそう願うね」
蒼記さんが優しく微笑んだ。
サニヤは再び僕の腕に絡みついたまま離れない。蒼記さんの何がそんなに気に障ったのか謎だ。
「そういえば、こんな時間に何してたんですか?」
蒼記さんが飛び降りて来たテラスに視線をやる。室内の明かりはついているけれど、飛び降りた蒼記さんを心配して顔を覗かせるような人はいないようだ。
「うん?秘密だよ。そういうキミこそ、何故、ここにいるのかな?」
「僕は、散歩ですよ・・・・あっ」
「あはは。今頃気が付いたの?駄目だよ?白の領地に行ってるはずの君がこんなに堂々とウロウロしちゃ」
「や、でも、落ち人は瞬間移動出来るのは普通ですよね?」
「まあ、普通はね?出来るんじゃない?でもね、杉浦さんの家はそういう外部からの出入りが出来ないように結界が張ってあるんだよ?それともキミは、こんな時間に黙ってあの屋敷を抜け出してきたのかな?敷地外まで徒歩で?」
クスクスと蒼記さんが笑う。
そういえば、平島さんが言っていた。
『結界が張ってあるから屋内は施錠していない』
あれは、瞬間移動での移動の含んだ話だったのか。
でも、僕は普通に王城まで飛んでこれた。
どういうことだろう?
「あとね、当然、王城内も同じだよ?」
「え?」
「そんなに簡単に出入り出来たらおかしいと思わない?」
「そう・・・ですね」
今まで特に考えたことがなかったけれど、言われてみると確かにそうだ。
王城から白の領地へ移動した時は、政治拠点同士の転送陣について色々考えたのに、自分が出入りすることに関しては全く考慮していなかった。
「そんなわけで、ウチから王城まで飛んでいった段階で僕は笈川君を『普通の落ち人』だとは思ってなかったよ?だから、多少は警戒するのは仕方がないと思わない?僕の可愛いラズとも仲良くしてるみたいだし?」
蒼記さんが意味ありげにラズリィーの名前を強調した。
まさか、湖のボートの上でのことを知られていたりするのだろうか。
仮初の婚約者とはいえ、さすがにそれは不愉快かもしれない。
どう言い訳をしようかと思案していると、
「お人良しさんだね。まあ、ラズとのことはいずれキッチリ話をさせてもらうけど、今夜はもう戻ったほうがいいんじゃないかな?平島さんにキミの能力のアレコレを知られると面倒なことになるよ?薄々気付いてるとは思うけれど、あの人は目的の為なら本当に容赦がないからね?僕なんか可愛いもんだよ?」
と蒼記さんに言われた。
やっぱり僕の平島さんに対する危険信号は気のせいじゃなかったようだ。
平島さんには僕はあくまで冬の巫女姫が捜せそうな落ち人って認識のままでいたほうがいい。
それだけは本能的に理解した。
「ありがとうございます。バレないうちに戻ります」
「うん。またね、おやすみなさい」
「はい。おやすみなさい」
僕は、蒼記さんにお礼を言って部屋へ戻った。
移動に関する忠告はありがかったけれど、出来ればしばらく再会したくない。
ラズリィーのことって何を言われるのだろうか。
「じゃあ、僕は戻るね。出来るだけ早く白の領地の捜索を終わらせて帰るから」
「うん。待ってるね」
サニヤは素直に頷いて柴犬たちの間にチョコンと座った。
今夜のサニヤの言動のアレコレについても後日、しっかりと話をしなければいけないな。
色々な疑問を残しつつ、僕は杉浦さんの家を思い浮かべた。
普通は移動できないのだと知ってしまった後だから失敗するかもしれないと少し不安になったけれど、驚く程スムーズに戻ることが出来た。