夜の散歩
カルスが平島さんへ送られて行った後、お風呂に入って自分の部屋へ戻った。
色々慌しく過ごしてきたけれど、まだ白の領地の捜索は終了していない。
あと数日はかかるだろう。
布団の上に転がって自分の体調を確認する。
昼間に戦ったり、夕食を作ったりと普段よりも活動量が多かったはずだけれど、体調は万全だと感じた。
起き上がって夕食の時に取り分けておいた料理の入った弁当箱を手に取る。
時間を確認すると夜の9時。
サニヤは起きているだろうか?
むしろ、起きている方が不思議なのかもしれない。
少しでも目を離すとウトウトしはじめるサニヤの事を思い出すと自然と微笑ましい気持ちになる。
よし。
王都の自分の部屋を思い浮かべる。
そして、今いる部屋の事もしっかり記憶に刻む。
今度は中院公爵領の時のような失敗はしない。
そう覚悟を決める。
今回は領地をまたぐ移動だ。失敗すると色んな方面に迷惑がかかる。
覚悟を決めて焦らず確実に移動しよう。
深呼吸して強くイメージする。
ふわっと身体に浮遊感を感じた。
「よしっ」
無事、王城の自分の部屋へ移動できたことを確認して思わずガッツポーズをする。
移動による疲労感もない。
「キューン?」
僕の気配に気が付いた柴犬たちが小さく鳴き声をあげる。
よしよし、お土産を食べさせてあげるからね、と電気をつけて柴犬たちの下へ行くと、5匹の中で丸くなって眠っているサニヤがいた。
見た目はメイド服少女のままだったけれど、その肌は最初に出会った時のように透明になっていた。
「サニヤ」
声を掛けてみたけれど目覚めない。
かなり深く眠っているようだ。僕はそっと手をかざして少しだけ生命力を譲渡してみる。余り膨大にあげると杉浦さんの家へ戻れなくなるかもしれないので慎重に。
しばらくすると、サニヤがパチリと瞳を開けた。
「サニヤ、おはよう」
「吹雪」
「うん、少しだけ会いに来たよ」
そう言うとサニヤは嬉しそうに目を細めた。
「とても嬉しい。サニヤは嬉しい」
僕はサニヤの頭にポンと手を置いて撫でた。
「サニヤ、少ないけどお土産があるんだ」
そう言ってサニヤを起こして持って帰った夕食の残りをテーブルの上に置く。
柴犬たち用に調味料少な目の焼いた肉も小皿に入れて、それぞれの前に置いていく。
「その肉、僕と友達で獲ったんだよ。食べてね」
そう声をかけると皆が嬉しそうに食べ始めた。
僕はソファーに座ってのんびりと食べ終わるのを待つ。
食後は、皆で王城の庭へ出て散歩をすることにした。
初夏の夜は、少しだけ生暖かい風が吹いているけれど、まだまだ過ごし易い。
「それでね、詩織さんは暮さんが保護することになったんだよ」
僕は白の領地であった出来事をサニヤに話して聞かせた。
別に深い意味はない。これからずっと一緒に居る家族だから最低限の情報の共有はしておくべきだと思ったからだ。
それまで黙って話を聞いていたサニヤがポツリと呟いた。
「その神は、風の能力を使ったのね?」
「うん。そうだと思う。ぶわって凄い圧力だった」
サニヤ何か悲しい表情をして、
「あの女はまだ錯乱しているのね」
と小さな声で言った。
「サニヤは知っているの?」
僕は少しだけ驚いて問いかける。
サニヤがシノハラさんが神だといった美女を知っていたことではない。
いつになく明確な意思で言葉を話したからだ。
「知ってる。シノハラの言う通り、どうでもいいこと。吹雪が相手にする必要はない相手よ」
完全に、明確な意味のある言葉が返ってくる。
まるで神殿で初めて目覚めたばかりの頃のように。
僕の留守中、眠っていたせいだろうか。
しかし、サニヤにまでシノハラさんの言葉を肯定されると、本当に大丈夫なのかなとモヤモヤしていた部分が解消された気がした。
「それに、次があったっても勝つのは吹雪よ」
「あはは。そうなるように頑張るよ」
サニヤの全面的な肯定は、過剰に期待されているプレッシャーと、それだけの価値を認めてもらえた誇らしさで少しくすぐったいような気持ちになる。完全無欠のご主人様にはなれなくても自分の身は自分で守れるくらいの強さは欲しい。
「吹雪は優しいから、どうしても躊躇するならば、サニヤがその神を殺します」
サニヤの言葉に僕はギョッとする。
それと同時に、サミヤさんの『我々が逆らえないのは創造神だけで、他の神であれば攻撃することが出来ます』という言葉を思い出す。
つまり、あの美女は創造神ではないのだろう。
しかし、僕はサニヤに神殺しをさせたいわけじゃない。
攻撃されなければ積極的にこちらから敵対するつもりもない。
「大丈夫。どうしても戦わなきゃいけなくなったら、僕がサニヤや柴犬たちを守るよ」
「はい。うれしい、です」
サニヤが僕の右腕にすがり付いてきた。
少しだけドキリを胸が鳴る。
同じ年くらいのメイド服の少女の身体がピッタリと腕にくっついている。
男同士でじゃれあうのとは違うフワリとした柔らかさを感じる。
え?どこがって?
違うよ。胸じゃないよ。全体的に体が柔らかいって意味だよ。
スミマセン・・・・、少しはそこにも目をやりました。
しかし、留守番させていた負い目もあって引き離すことは躊躇われて甘んじてその柔らかさと煩悩の中で戦う。
サニヤは家族になるんだ。
そもそも、サニヤは女性ではないのだからドキドキするのは間違いなんだ。
しかし、現実、今は女性を模しているわけで。
その再現率は完璧だ。
そう、ラズリィーもこんな風に柔らかかったな。
イヤイヤイヤ、駄目だ。落ち着け、落ち着こう、僕。
煩悩を振り払おうと上を見上げたら、王城内の1つの部屋のテラスに人影が見えた。
部屋の中の明かりでキラリと反射する青銀の髪に見覚えがあった。
向こうもこちらの視線に気付いたらしく手を振ってくる。
僕も振り返す。
蒼記さん、こんな夜に王城にいることがあるんだ。あそこは誰の部屋なんだろう?とノンビリと見上げていると蒼記さんがテラスから身を乗り出した。
危ないな、と一瞬焦った次の瞬間、
ストン。
軽やかな音を立てて目の前に蒼記さんが立っていた。
驚いて蒼記さんを見つめた後、元居たテラスを確認する。
どうやら4階から飛び降りてきたようだ。
「こんばんは」
「こんばんは・・・って飛び降りたら危ないですよ!?」
「そう?危なそうに見えた?」
蒼記さんは悪戯っ子のように微笑んだ。
夏だからなのか、夜だからなのか、シャツのボタンの上二つが開いていて白い胸元が少し見えている。ズボンもいつもより短めで膝から下が見えている。
先程まで煩悩と戦っていたせいか、男性だとわかってからは過剰に意識しないようにしていたのに、いつもよりも強大な破壊力を持って僕をドキドキさせた。
そんな僕の気持ちを知ってか知らずか、蒼記さんは無邪気に聞いてきた。
「隣の彼女は、笈川くんの恋人なのかな?」