白の領地 15
緊張でガッチガチに固まってしまったカルスを後部座席に押し込んでその隣に座る。
シノハラさんは助手席だ。
奇妙な静けさに包まれたまま車は杉浦さんの家へと向かって進んでいく。
学校のある地域を抜けて住宅街に入る頃に平島さんが話しかけてきた。
「学校はどうでしたか?」
「とても楽しかったです。色々勉強になりました」
「そうですか。それはよかったです」
そこで会話が途切れる。
元々、平島さんとの間に盛り上がるような話題を持っていない。
しかし、隣のカルスの緊張ぶりを見ていると僕が間に入って盛り上げていくべきだろうか、と思案していると平島さんがカルスに話しかけた。
「カルスさん」
「はいっ」
「とても緊張していらっしゃるようですが、今日は貴方は私の友人である笈川君のお客様です。それに今は公務中ではなくプライベートな時間ですから、私の職業の事は気にせず近所のオジサンくらいの気持ちで話しかけてくださって結構ですよ」
「は、はいっ」
平島さんにそう言われて心なしか緊張してない風を装うと頑張っているカルスを見た後、バックミラーに写るいつもの平島さんの微笑みを見て、やっぱりどこか胡散臭いんだよな、と思った。
大体、いつから僕は平島さんの友人になったのか。
今のこの状態は平島さんにとっては公務だと僕は思っている。
しかし、カルスの緊張をほぐす為の優しい嘘だと思えばいいのかな?
どちらかというと、油断したら食いついてくる罠のような気がするけれど。
微妙な空気の中、車は進んでいく。
そろそろ敷地を覆う木々が見えてきそうだ。
あとは、空間収納の中のビッグポールスをどこで解体するかだなあ、一般家庭の台所で捌くには大き過ぎる。
「平島さん、ビッグポールスはどこで解体すればいいですか?」
「血抜きはしてあるんですか?」
「あ、シノハラさんがしてくれました」
僕達が調理実習している間に、シノハラさんが血抜きするからと僕から受け取ってどこかへ行っていた。シノハラさんが作った小山と一緒に。
助手席で静かにしていたシノハラさんが急に思い出したように話し始めた。
「ああ、それなら吹雪を待ってる間、暇だったから解体は終わらせた」
「え?」
「受付の人に血抜きの場所貸してくれっていったら、何の血抜きをするんだって話になって見せたら是非、生徒にやらせてもらえないかって言い出して。あれよという間に全部綺麗に解体されたぞ」
「ええ~」
そんなことになってたのなら教えておいて欲しい。
帰り際に事務所の人にお礼も言えなかった。
「ビッグポールスの解体は、採集実習で手に入れないと出来ないから。きっと先生は喜んでるよ」
「そうだといいけど」
カルスはビッグポールスのことしか知らないから好意的に受け取ってるけれど、結構色々な種類のモンスターだったんだよ。いくら僕達が採集に夢中だったからといって気付かれることもなく小山を作ったシノハラさんには毎度振り回される。
これがライトノベルなら自重する気なしのチート主人公の座は間違いなくシノハラさんのモノだろう。
「それより、さ。この道の先って杉浦元代表議員の自宅だったと思うんだけど、俺の気のせいかなあ」
カルスが引きつった笑顔で聞いてくる。
「うん。間違ってないよ?杉浦さんと平島さんの御宅にお世話になってるんだ」
「ええ・・・じゃあ、夕食は杉浦元代表議員も一緒に?」
「そうだよ」
「そっか・・・」
カルスが何だか疲れたように肩を落とす。
「そんなに気にしなくても杉浦さんは優しいよ?」
「そりゃあ、公平公正の人で杉浦元代表議員の支持率は凄く高かったんだぜ?そこは心配してないけど・・・まさか自分がそんな人の家に行くようなことがあるなんて思ってなかったんだよ」
「あー、まあ、人生は色々驚きに満ちてるよね」
僕も、まさか自分が異世界で生活するようなことがあるなんて考えたこともなかった。
周囲の大人たちは上流階級の人ばかりなので驚くことにも疲れてきたけれど、カルスにとっては新鮮なのかもしれない。僕だって、日本の天皇陛下と食事するって言われたら驚くし緊張すると思う。
しかし、杉浦さんは引退したって言っていたけれど、代表議員だったのか。
平島さんは未だ現役で活動しているのに、杉浦さんだけ退任したのはどうしてなのだろう?
まあ、そこを考え出すと、元魔王の良さんだって元気一杯なのにどうして息子に王位を譲ったのだろうって疑問も湧いてきてしまう。見た目で年齢が判断できばい分、この世界の職業事情は難解なのかもしれない。
「さあ、もうすぐ到着しますよ。調理器具や調味料はある程度は揃えていますが、何か必要なものがあれば皆さんを降ろした後で買出しに行きますよ」
「基本的なモノがあれば大丈夫です。本当に台所を借りてもいいんですか?」
カルスが平島さんにお伺いを立てている。
あの家の台所の主は平島さんなのだから当然か。
平島さんはいつもの通りの穏やかな口調で、
「どうぞ。好きに使ってもらって構いませんよ。カルスさんには少し馴染みのない食材もあるでしょうから笈川君に聞いてください」
と微笑んだ。
梅干とか味噌とか、日本で購入してきたモノのことだろう。
「カルス、僕も手伝うよ」
「助かる。何人前作ればいいんだ?」
「えーと、全員で5人?かな」
「解体も終わってるなら時間もかからないかな、よし」
話題が料理のことになったせいか、カルスが少し落ち着いてきたようだ。
さすが最高峰の調理師専門学校へ通うだけはある。
僕も、カルスを手伝って作れるメニューを少しでも増やせたらいいな。
杉浦さんの家へ到着して、カルスが初日の僕と同じように家の大きさに驚いたり、シノハラさんが出してきた素材がビッグポールスだけじゃなかったことで色々誤魔化したりしている間に時間はあっという間に過ぎていった。
夕食は、メインのビッグポールスの肉を焼いたモノは、食べてみると豚の生姜焼きに近い味がした。
見た目が猪っぽかったのに豚肉の味なのに驚いた。
やはり実際に食べて味を覚えないと見た目で判断してして作ると大失敗をしてしまいそうだ。
カルスに、『モンスター事典』か『食材事典』といった資料に使える本は売っているのかと聞いてみたら普通に町の書店で売っているという答えが返ってきた。
王都に戻った時に、城下町で書店を探してみよう。
迷宮で手に入れた属性石を売却して貯めたお小遣いで買えるだろうか?
カルスは夕食後、平島さんの車で送られていった。
本人は最後まで遠慮していたが、平島さんの有無を言わさぬ微笑に負けてしまったようだ。
『次会う時は学校に入学した時』、と2人で拳をぶつけ合って別れた。
よく考えたら、この世界にきて『落ち人』や『異端』であることに関係なく親しくなれたのはカルスが初めてかもしれない。
友達。
この始まったばかりの友情が、今だけの儚い夢で終わらないように僕は僕のやるべきことを終わらせないといけないな、と新たな行動理由が出来たことを嬉しく思った。