特別講習
僕は、槍を、どう使うのが、正解なのか知らない。
漫画や、アニメで雑兵がやるように、両手で握りしめて、右脇の胸元の位置で横に持つ。
本当は、格好良く必殺技みたいにクルクル廻したりしたいけれど、上手にやれる気がしなかったので断念する。格好つけて落としたら恥ずかしいからね。
向こうも、僕が初心者なのはわかっているはずだから、軽くいなされて終わらせてしまいたい。
万が一、刺してしまったら、と反射的に目を閉じて、僕は、自分の全速力で、彼に向かって真っ直ぐに突っ込んでいく。軽い抵抗を感じて、目を開けると、槍の先端、刃の終わりの部分を、シノハラさんが左手で掴んでいた。
武器、盗られちゃうっ
頭で考えるよりも早く槍を手元に引き寄せようとするが、ピクリとも動かない。
シノハラさんは、涼しい顔で、こちらを見ている。
もう、これ、降参しても良いよね?
僕が、口を開くより先に、シノハラさんが、
「使い方を間違っている」
「え?」
槍の攻撃の仕方のことだろうか?
「それは、見た目は槍だが、元は、違うだろう」
そうですね、なんか原理のわからない輪です。
「補助アイテムらしい、ですね?」
「そうだな。そして、魔力制御が主な目的だ。そこは、わかるな?」
魔力、という自覚はないけれど、僕の特異体質をカバーしてくれること。そして、言語翻訳機であること。今までの、甲斐さんや、タテノさんの態度で、僕に魔力らしいモノがあることは推測出来ていた。
僕は、無言で頷く。
「吹雪は、戦い方を知らない」
再び、頷く。
「それなのに、あの真王は、お前にそれを渡した」
そこまで言うと、シノハラさんは、槍を自分の方へ引き寄せた。僕は、体勢を崩して前に倒れかけるが、右手で胸の辺りを圧されて尻餅をついた。槍は、僕の手を離れてしまった。
「あとは、自分で考えろ」
シノハラさんは、僕から2メートル程距離をとってから、こちらに槍を投擲してきた。足元にカランと音を立てて落ちてくる。
「一度だけ挑戦させてやる。次で、俺に当てることが出来なかったら、本気で殴る」
僕は、ゾクリとして身を竦めた。
「吹雪君、ふぁいとー!」
後ろから、良さんの声が聞こえる。助けてもらえそうにはない。
さりげなく、シノハラさんに、バカって言われたのに、周囲も咎める様子もない。
どんだけっ、どんだけユルイんだよ!この世界!
心の中で、叫ぶ。
僕は、槍を拾って立ち上がる。
そして、考える。
この槍が、何で出来ているか?
殺す気でやっていい?
良さんが、槍にして渡した意味?
街で、蹲った時に、必死で考えていたこと。
そして、今、僕が暑さを感じていないことと、言語翻訳機能。
僕は、深呼吸してから、シノハラさんを見据える。
本人も、当てていいと言っている。むしろ、当てなきゃ殴られる。
怪我させたら怖いと、怯えていては、当てられはしないだろう。
権力者が、殺す気っていいと言ったんだ。
きっと、回復の手段があるんだろう、と信じる。
絶対に、当てる。
絶対に、当たる。
僕は、構えて、ハンドボール投げの要領で投げた。
槍は、ありえないほど真っ直ぐに飛んでいく。
その終着点、僕の狙った場所で、シノハラさんが、手の平をみせるように右手を上げる。そのままいけば、手の平に槍が刺さるコースだ。
スピードは、衰えない。
避けなければ、確実に刺さるだろう、だが、シノハラさんは、動かなかった。
カラン
槍は、手の平のギリギリ直前で、落ちた。
そんな・・・いけたと思ったのに・・・!
僕は、転がった槍を愕然と見つめた。
シノハラさんが、近付いてくる。
殴られるっ
僕は、身構えてギュッと眼を閉じた。が、ポンと、肩に手を置かれた。
恐る恐る眼を開けると、シノハラさんが、微笑んで、
「残念。俺には、魔力の類は無効なんだ。他のヤツなら直撃コースだったぞ」
そのまま、頭をワシャワシャっと乱暴に撫でられる。
殴られるのは回避できたようだ。
「まあ、一度でそれだけの精度が出せるなら、何かあってもそれなりに生き延びれるだろ。自分の能力を正確に把握することから始めることだ」
「シノハラさんが、珍しく優しいー。好みのタイプ?」
いつの間にか、近付いて来ていた良さんが、シノハラさんにポカリと殴られる。
「バカが、人を検証実験に使いやがって」
「やー、シノハラさん相手だと、本気で頑張れそうじゃない?甲斐じゃあ、手加減しちゃいそうだしー。まさか、アドバイスまでしてくれるとは、予想外だったけど。やっぱり、好みだっ・・痛いっ痛いよ」
良さんが、横腹を殴られている。結構な威力がありそうだけれど、本人達にとってはじゃれ合いのつもりのようだ。
どうも、二人の会話から察するに、補助アイテムの使い方を教えてくれていたようだ。
どのくらいの、精神的集中が必要なのかわからないが、強く念じればアイテムが呼応して作動するようだ。やっぱり、飛びたいと思えば、飛べるのかな?
後で、一人になれたら実験してみよう、人がいる場所で失敗したら恥ずかしいし。
「で、どうだった?」
じゃれ合っていた良さんの声が、ふいに硬くなった。
シノハラさんは、僕を見て、
「現段階では、氷の能力が突出している。確かに、巫女姫相当だが、こいつの本質はそうじゃないな。氷が、異様に発達しているのは、巫女姫と接触があった所為だろうな」
「じゃあ、新たな巫女姫が発見されないのは・・・」
「吹雪が、先代から引き継ぐべき能力を、自分の中にキープしてしまった所為だろうな。当代は、どこかで覚醒しきれないで普通に生活してるだろうよ」
なんだか、雲行きが怪しくなってきた。
自分の預かり知らない所で、この世界にご迷惑をおかけしていたようだ?
僕自身は、特異体質で苦しんでただけだよ?
「え・・・と、僕はどうすれば・・・?」
良さんは、そうだなぁ、と少し考えて、
「まず、自分の能力を、コントロールできるようになる。コレは、基本だね。それ以外は、いくつかの選択肢があるよ」
提示された選択は、こうだ。
1.僕が、巫女姫として祭事を行う。一生涯毎年。
2.僕が、当代の巫女姫を捜して、能力を返還する。見つかるまで、祭事は、僕が代行する。
3.今すぐ死んで、能力そのものを開放する。
3番目は、絶対に回避したい。
まだまだ、死ぬには早いと思う!